廿一
λμ
二十一回目の真実
深夜に目覚めた
コップを片付け、ふと屈み込み、ゴミ箱からを真っ二つに引き裂かれた封筒を取り上げる。いまどき珍しい達筆だ。長い手紙と旅行券が二枚、入っていた。
ユウトは手紙や旅券をテーブルに置きベッドに戻った。コヨリがどうしたのと甘い声を出しながら擦りつく。ユウトはなんでもないと目を閉じた。
翌朝。
「ちょっと! ユウト!?」
ほとんど悲鳴みたいなコヨリの声に、ユウトが後ろ頭を掻きつつ躰を起こした。
「朝からなに?」
「これなに!?」
コヨリはゴミ箱から拾い上げた手紙を握りしめている。
ああ、と生半な返事を返しつつ、ユウトがあくびを噛み殺した。
「旅券が入ってたからさ」
「旅券!?」
頓狂な声に、ユウトが苦笑する。
「見ないで捨てたの?」
「――それは……ユウトには関係ないじゃん!」
「えぇ? でも、ペアチケットだったよ?」
「――えっ!?」
コヨリは慌ててテーブルに手を伸ばした。すぐにため息と嘆きともつかない声を発し座り込む。
「……警察に行ったほうがいいのかな?」
「え?」
「これ私の……や、私のじゃないかな」
コヨリは悲しげに言い、差出人の名前を見つめる。
「お母さんの故郷からの手紙なんだよね。なんか、お祭りをやるから来てほしいんだって、しつこくって」
「いいじゃん。地方活性だ」
「そんなんじゃないんだって。ド田舎だし」
「だから人を呼ぼうって企画じゃないの?」
「違うの!」
コヨリは語気を強めて言い、すぐに両手を小さくあげた。
「……ごめん。変な声出して。でも違うの。私、本当にちっちゃな頃にお母さんと一緒に帰っただけで、あれから一度も帰ってなくて」
「だから気まずい?」
「お母さん、お父さんに絶対に行くなって言ってたの。病気になってからは、お葬式するなら村の人だけは絶対に呼ばないでって」
「……なんで?」
「知らないよ、そんなの。でも、ほとんど毎日みたいにお父さんに言ってた。絶対に村に関わらないでって。誰が来ても、何を言われても、無視しろって」
「それで見もしないで捨ててたんだ?」
「……うん。だって、やっぱりさ……」
背中を丸めるコヨリに、ユウトは優しく話しかける。
「それ、昨日ちょっと読んだんだけどさ」
「……うん」
「なんか凄かった」
とぼけた声音にコヨリはしばらく目を瞑り、吹き出すように苦笑した。
「なにが?」
「すんごい達筆」
「そりゃそうだよ。田舎のおばあちゃんだもん。遠縁だけどね」
「しかも祭りの内容が凄いの」
ユウトはベッドの上にあぐらをかいた。
「なんと、二十一年に一度ひらかれる秘祭! その二十一回目!」
「それのどこが凄いの?」
「は!? 二十一年に一度だよ!? それが二十一回目ってことは、もう四百年以上も続いてるお祭りじゃん! そんなのタダで見に行ける機会なんてないよ!?」
「……ユウトさあ、私の話ちゃんと聞いてた?」
「聞いてたけども! けども、親戚がいるんなら、お母さんのこと報告しなくちゃじゃない?」
「それは――」
「俺たちのこともさ。卒業したら結婚、俺マジだよ?」
むっとコヨリが口を噤んだ。それをいいことにユウトは言葉を重ねる。
「それに、なんか面白くない? 村の住所が
「……まだ二十回目の誕生日なんですけど?」
「数えだよ、数え。四百年以上も前のお祭りだし」
ユウトは掛け声ひとつベッドを降りると、コヨリの前で正座した。
「節約バースデイなんて男としてダサいなーとは思うんだけどさ、結婚式の費用もあるし、報告も兼ねてさ」
額を合わせ、触れるくらいのキスをした。
「どう?」
「……ユウトが行ってみたいだけじゃないの?」
「……バレた?」
はあぁぁぁぁぁ、とコヨリは深いため息をつく。
「ほんと、オカルト好きだよね。でもダメ」
「えぇ!? なんで!?」
「なんでじゃないってば! 怒るよ? お母さんは絶対にお父さんを連れてかなかったんだし、私だって同じようにするよ! なんか怖いもん」
「で、でもでも、だってさ!」
ユウトはコヨリの肩を揉みはじめた。
「知ってる? 土佐日記では十二月の二十一日だけ『しはすのはつかあまりひとひのひ』って言うんだよ!? 次の日はちゃんと二十二日なのに!」
「……はいはい。それがどうしたんですか?」
ユウトの熱っぽさに比して、コヨリの態度は冷めている。
「日本のあちこちに十をふたつ続けて書いたような『廿』を使う『廿一なんとか』って地名がいっぱいある!」
「……で?」
「凄くない? 『
反応の悪いコヨリに、ユウトは後ろから顔を覗き込むようにして頬を寄せる。
「ブラックジャックってカードゲームでも最強は二十一だし、幸運の数字スリーセブンを全部足しても二十一。それから二十一は幸運数って言われていて――」
「だ、か、ら?」
ぐいっと、引き剥がされたユウトは、とびきり情けない顔で言う。
「――キングクリムゾンは二十一世紀のスキッツォイドマンって曲を出してる」
ぶっ、と盛大に吹きだし、コヨリは腹を抱えて笑った。乱れた息を整えながら目の端に溜まった涙を拭い、言った。
「そんなに見てみたいの?」
「見たい。だって四百年に一度の――」
「それは分かったから」
コヨリは両手を腰に、顔を伏し、やがて諦めたように笑った。
「分かった」
「やった!」
「でも、条件があるよ?」
「……なに?」
「私が帰りたくなったら帰る。怪しいと思ったら帰る。いい?」
「……はい」
拗ねたように唇を突き出すユウトに、コヨリは真剣な目をして言った。
「田舎ってのは怖いの! ちゃんと返事する!」
「はい!」
「よーし。今回だけは許可しよう」
「やった! さっすが俺のコヨリ!」
ふざけあって、抱き合って、まるで子どものようにはしゃいだ。
二つに破れた旅行券が使えなかったらどうしようと思っていたが、杞憂だった。半分以上が残っていて文字が読めるなら大丈夫とのことだ。鈍行をいくつも乗り継いで無人駅に降り、一日に二本しか走らないバスに乗り、山の中へと分け入っていく。
「……やっぱり、来るんじゃなかった」
慣れない山道に揺すぶられ、コヨリは顔を青くしていた。
「頑張って。ほら、もう着くみたいだよ」
「うん……」
声を絞り、コヨリはユウトの肩にもたれた。運転手がバックミラー越しに二人の様子を窺っていた。終点に着いた。空はすっかり赤くなっていた。バス停に降りようとすると、
「……キミ、本当にココでいいの? 帰りは明日までないよ?」
運転手が尋ねた。コヨリは振り向きざまに口を押さえる。ユウトが背中を撫でつつ言った。
「お気遣いなく」
運転手は不安げな顔のまま扉を閉め、狭いスペースで何度も切り返し、来た道を戻っていった。進むべき道は一本しかない。ふたり並んで歩き、ユウトに渡された酔い止めが遅れて効いてきた頃、村の方から一台の軽自動車がやってきた。
「よかった! よかったよう!」
助手席から手を振る老婆の顔に、コヨリは見覚えがあった。
「よかったあ! 紡木ちゃん、きてくれたんだねえ!」
「あ、はい。えーっと……お久しぶりです」
「ほんとにねえ。おっきくなってえ」
老婆は頷きながらユウトの両手を取り、撫で擦った。
「ほんとによかったあ……紡木ちゃん連れてきてくれてえ」
コヨリは笑みを強張らせ、ユウトの腕を引いた。
「あの、お祭りが終わったら、私たちすぐに帰ろうと思ってて」
「そうなのお!? でも、もうバスないよお?」
「……じゃあ、お祭りの後で送ってってもらったりとか――」
「なんでさあ! 泊まってきなってえ! お祭りは真夜中だよお!?」
老婆の大声に、コヨリはいちいち身を竦ませる。
ユウトが老婆との間に割り入った。
「とりあえず村まで連れて行ってもらえます?」
前の席なら酔いにくいからと、コヨリは助手席に座った。ユウトは後部座席で老婆と話していた。祭りの話を聞いているようだった。酔い止めのせいなのかウトウトしていると、車が停まった。星が瞬いていた。
「やっと終わるんだねえ」
そう言って、老婆が車を降りた。ユウトもそれに続き、助手席から降りるコヨリに手を貸した。
「……やっと終わる?」
「お祭りだよ」
「……え? これから始まるんじゃないの?」
「そうだけど、これで終わりなんだ」
「どういうこと?」
ユウトはコヨリと手をつなぎ、道の先を、暗闇を煌々と照らす松明を指差した。すでに多くの村人たちが集まっていた。中心に、格子状にくまれた櫓があった。
異様な気配のせいかコヨリの足が止まる。ユウトが手を引っ張った。
「ちょ、痛っ! ねえ、ちょっと――これ、どういうお祭りなの?」
「二十一年に一回、人柱を捧げるんだ」
「え」
「二十一回目なんだ」
「ユウト?」
「やっと終わるんだ」
コヨリは咄嗟に腕を引いた――いや、引こうとした。ユウトは腕を離さなかった。ほとんど引きずるようにして櫓に近づいていく。
「でも、できれば納得ずくで来てほしかったな」
「ユウト! なに言ってんの!? ねえ! 痛いってば!」
「恨むなら、先に死んじゃったお母さんを恨みな?」
「――え?」
「おかげで、俺もとばっちりだよ」
「ユウト?」
ユウトは力任せにコヨリを抱き寄せ、櫓に向かう。
「あの夫婦が人柱になれば、俺らは犠牲にならずにすんだのに」
「ね、ねえ、ユウト!」
「大学まで入って、付き合って、三年も監視させられて」
ユウトが櫓につづく階段に足をかけると、村人たちが松明片手に寄ってきた。。
「これでようやく終わりだ。誕生日おめでとう、コヨリ」
廿一 λμ @ramdomyu
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