恋する少女は春の青さに死と恋を捧げた
@edogin
21回目
「大好きです」
「あ、あの……ごめんなさい、まずは――
一方通行の愛の逆流はまた拒否される。涙腺から垂れる愛の雫は足元に垂れて、爆発的に足の回転数を挙げさせる。春一番が校舎にぶつかって桜を太陽に献花する。
彼の横を通り過ぎる。またダメだった。最後に彼の顔を見ようとしても甘い薄膜が目を覆ってモザイクを掛ける。
失恋。失恋。失恋。失恋。失恋。失恋。失恋。失恋。失恋。失恋。失恋。失恋。失恋。失恋。失恋。失恋。失恋。失恋。失恋。20回目の失恋。
「はぁ……! はぁ……!」
窓越しに桜吹雪が舞うところを見ながら、階段を1・2・3と弾き鳴らす。
最上階。進入禁止の立て看板の隣を抜けて目指す先は屋上に待ち受ける投身自殺場への蒼扉。
「失恋が、なんぼの、もんじゃああああ!!!!」
ダイヤ型に編まれている古いフェンスを越えたらそこはグラウンドへつながる奈落。
エレジーの叫び声は青に溶け込む。青春の心傷を20か所抱えたその心を広げるように十字架のようなポーズで飛び降りる。
少女は繰り返す。残酷な失恋を。初恋を椿が落ちるように凄惨にしないため。
それともただただ愛しているからか。
この恋が叶うまで少女は何度死んでもやり直せる。それが恋の神から与えられた奇跡。
死すら恐れない愛の狂気が巻き起こす春嵐である。
ぎちゃり。トマトのように、潰れて、悲鳴が抜ける。
―――――キリトリ―――――
「絶対、諦めてやらない……! 私はッ!」
目覚めた時刻は午前6時。雀の井戸端会議がうるさくて、少女は窓から目覚まし時計を投げつけて二羽仕留める。
勉強机。ベットの下。豚の貯金箱を破壊して、なけなしの全財産をかき集める。
封筒に纏めたら制服に着替えて、花屋にすっ飛ぶ。
トーストとマーガリンを口に放り込むと、咀嚼しながら家のドアをけ破る。くの字にひしゃげた扉は向かいの家と文字通りのドアトゥドア。
全力ダッシュを決め込む少女。走る走る。ウサインボルトを抜くように、足から火が出そうな程早く。
傾斜15度の坂道20mを走り抜け、桜にも目をくれず、このタイミングで開いている花屋に駆け込む。
「薔薇を出来るだけたくさんください!」
開店前の店大砲の玉のように飛んできた少女に店を開けようとしていた老婆も、乙女のような悲鳴を小さく上げた。
乱れ髪を掻き分けて汗の滴る頬を少年のようにグイッと手の甲で拭い去ると封筒を老婆の胸にそっと置いた。
「それほどに欲しいものがあるんだね。嬢ちゃん、青春は一度きりさ。好きな花を好きなだけ持っていきな」
老婆はそう言うとシャッターを勢いよく開けて、色彩豊か鮮烈な花々を見せつけた。
薔薇もカーネーションも食虫植物もなんでもある最高の店。少女は一心不乱に薔薇を持って、最後に向日葵をその花束の中に添えた。
花言葉は『あなただけを見ています』
「ありがとう! 絶対勝ち取るわ!」
「今度はカップルできてくれな!」
少女は駆ける。一目散に、一心不乱に。振り返らない。
桜トンネルの街道を潜り抜けたら、もう7:30。
薔薇の花びらを鱗粉のように散らしながら、少女は激烈な感情をアドレナリンでバルーンのように膨らませる。
愛と恋。
少女の核融合炉の中で燃え上がり続けているのはそれだけだ。
太陽がもうじきビルの向こうから手をついて上がってくる。水色の空が一層青々しくグラデーションさせられる。
脇腹を撃たれたような痛みなどもはやどうでもいい。それさえ忘れて校舎に滑り込む。
薔薇の花束が揺れて向日葵が太陽を見上げる。
校門前に仁王立ち。
その容貌は竜を待ち構える勇者か、怨敵を呪う般若か。
重圧を感じる学校の生徒は少女の傍からなるべく離れて通り過ぎようとする。
校長先生も並々ならぬ雰囲気に当てられて猫のように卒倒してしまう。
太陽が完全に空を照らし、桜の薄桃色をすかすとき。
少女の待つ彼が登校してきた。
息をのみ、ゆっくりと少女は一歩を踏み出す。
薔薇と向日葵の花束を赤子のように抱えて、頬を薔薇のように赤く染める。
緊張する胸をなでおろせる両腕は今回は塞がっている。
「すぅ……はぁ……」
バージンロードを歩むように彼の下に行く。
彼は困惑したようにサファイアのような眼を狼狽えさせる。
今にも尻餅をついてしまいそうなほど引け腰の彼だが、少女の押しは止まらない。
「あの」
「……なに?」
言う。告白する。
20度の人生で一番怖いと、死よりも乗り越え難かった誠心誠意の言葉。
「大好きです」
少女は跪いて少年に花束をささげる。
勇猛な騎士が戦果を捧げるように。
少年はソレがなんなのかを理解できずに目を回した。
「あ、あの……ごめんなさい」
失恋。失恋。失恋。失恋。失恋。失恋。失恋。失恋。失恋。失恋。失恋。失恋。失恋。失恋。失恋。失恋。失恋。失恋。失恋。失恋。21回目の――失恋。
立ち上がってやり直すために涙を流して、走り出そう。
少女がそうしようとした時。
「でも、まずは――
――お友達からじゃ、ダメかな?」
少女は涙交じりの顔を上げて、少年の顔を茫然自失で見る。
20回。生と死を20度彼と両思いになるために繰り返した少女が、毎回聞き逃してしまっていた彼の本当の返事。
21回目にして彼女の恋は成就するかもしれない。
恋する少女は春の青さに死と恋を捧げた @edogin
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。恋する少女は春の青さに死と恋を捧げたの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます