21回目のノックの意味

橋本洋一

どうか恐怖を味わってください

 今日もまた、信司の部屋のドアが21回叩かれる。

 意味が分からない。どうして毎日毎日21回叩かれるんだ。と腹立たしく信司は思った。

 信司にはドアを開ける権利はなかった。ドアはいつも施錠されている。

 閉じ込められているのだ、この狭い部屋に。


 風呂やトイレがユニットで付いている。

 かびたベッドと日に三回の食事、それだけしかない空間。

 外は見えない。窓がないからだ。


 信司はどうして自分がここにいるのか、まったく分からなかった。

 過去の記憶を辿っても、この部屋で倒れていたのを思い出すだけだ。


 生活環境は良いとも悪いとも言えなかった。

 暑くもなければ寒くもない。

 湿気もなければ乾いてない。

 ただひたすら同じ生活が続く。


 せめて暇潰しの何かがあればいいのだけれど、娯楽というものがまったくなかった。

 だから部屋でできること――腕立て伏せなどの筋トレや睡眠に逃げるしかなかった。


 普通の人間なら気が狂いそうな日常を過ごしても、奇妙なことに信司の精神は正常を保っていた。それは信司自身、気づいていなかったことだった。


 そして、今日も21回目のノックが部屋中に響く――



◆◇◆◇



 画期的な方法を思いついたのは、21回続くノックの途中だった。

 向こうのノックが聞こえるのなら、こちらからもノックができるはずだ。

 信司はノックの途中で、がんがんと扉を叩いた。


 21回続くノックはある程度リズムを保っていたが、信司のノックはひたすら乱雑に叩くものだった。

 さて、向こうのリアクションはどうなんだろうか?


 信司が期待して待っていると――些細な変化を望んでいた――ドアの向こうのノックがぴたりと止んだ。

 どうしたのかと信司は辛抱強く待つ――声が聞こえた。


「あなた、信司でしょ?」


 自分の名を呼ぶ女の声。


「……ああ、信司だ」


 久しぶりに声が出したので、かすれているが、向こうには伝わったようだった。


「ここを開けて」

「開けたいのは山々だけど、開け方が分からない」

「……ドアノブがあるでしょ? それを引っ張ればいいの。私が押すからきっと出られるわ」


 確かにドアノブが付いている。信司は「分かった」と応じてドアノブを握り締める。

 信司と女は呼吸を合わせて――同時に力を入れた。


 ぎぎぎと錆びついた音を立てて、ドアが開こうとする。

 信司はなんだか楽しくなってきた。これでようやく、外に出られるんだ。


 ドアが完全に開いて、信司は外の光景を見た。


 外の世界は――赤土に覆われた砂漠だった。


 草木の一本もなく、水源の一滴もなく、文献の一遍もなく、文明の一助もなく、人類の一人もいなかった。

 声をかけてきた女もいなかった。つまり自力で開けたということだった。


 そこで信司は全てを思い出した。

 この世界は既に滅んでいることに。


 全ては忘却だったのだ。

 現実逃避の何物でもない。

 21回目のノックは、こうして現実を思い出させるためのものだったのだ。


 どうして21回、ノックが聞こえるのか。

 それはこの事実に気づいたのが21回目だったからだ。


 信司はゆっくりとドアを閉めた。

 食料は幸いにも、自分が死ぬまで尽きることは無い。

 必要なのは妄想、ただそれだけだった。


 明日は信司の部屋のドアにノックが22回響く――

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21回目のノックの意味 橋本洋一 @hashimotoyoichi

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