第3話 うーん。わけわかんない。

 昨日の夜6時半。


 バスの中で、見知らぬ親子の会話を耳にしました。


 若いお母さんが、4~5歳くらいの小さな男の子に、こう言っていたんです。


「ねえ、たっくん。お母さんね、今夜いないけど、いい?」


「……」


 たっくんは無言。


 横にいる優しそうなお父さんも、その時は無言でした。


 バスにはたくさんの人が乗っていて、色んな人が聞き耳を立てており、あまりお喋りできる雰囲気ではありませんでしたから、お父さんはその時、補足説明を避けたのかも知れません。


「いい?」


 と、お母さん。


「……」


 たっくん、ますます無言。


 ここで私、勝手に想像してしまいました。


 お母さんの言葉が色々と足りなすぎるから、たっくんは戸惑っているのでは無いかなあ、と。


 いない、ってそもそも、どういう意味なのでしょう。


 家にはいないよ、って意味にも取れるし。


 極端な例えをすれば、一瞬だけこの世からいなくなるよ、っていう意味にも取れるよなあ。


 もっと、理解出来るように説明してくれないと、いいか悪いかなんて、たっくんには判断がつきません。


 そもそもこのお母さん、話しかけ方が少々乱暴なんですね。


 4〜5歳の息子に、一体何を判断させようとしているのでしょう。


「いい?」と質問しているため「あなたに主導権を渡してるんだよ。あなたが判断していいんだよ?」という風にも聞き取れますが。


 これだと「いいよ」をたっくんに、強制的に言わせようとしているとしか思えません。


 私がたっくんならきっと、こう答えることでしょう。


『ねえ、バカなの? いいわけないでしょ? こっちにもわかるように、もっときちんと説明してよ。じゃないと、いいか悪いかなんて、子供のボクに判断出来るわけないでしょ? 今夜いないって、どういう事? あなたボクの母親でしょ? 側にいてくれないと絶対、嫌なんだけど!』


 ってなります。


 納得いく説明が無いまま「いいよ」を強要するお母さんの場合、たっくんからこのような反撃をされても、仕方無いよなぁと。


 混雑したバスの中でいきなりこんな話を始めるのも、どうかしてる。


 家で一息ついてから、ゆっくり話してあげればいいのに。


 お母さんは、もう一度たっくんに声をかけました。


「夜、9時半くらいからお母さん、出かけるけど、いいかな?」


 うーん。


 まだ説明が足りなすぎる。


 お母さんが「いつ家から出ていくか」が判明しただけです。


 とりあえず『あの世』に行くわけでは、無いみたいです。


 どこ行くんだよ。


 何するんだよ。


 ボクはどうなるの?


 わけわかんない。


 たっくんの頭の中は、こんな感じになっているでしょうか。


 たっくん、ここで初めて、お母さんに聞きます。


「えー……なんでお母さん、いないのー?」


「仕事があるの。カンヤクがいないから、表参道にいかなきゃ」


 カンヤクとは、管理薬剤師の事でしょうか。


 だとすればこのお母さんは、薬局で働いている人なのかも知れません。


 たっくん、「カンヤク」とか「表参道」とか知ってるのかしら。


 こうやって大人の意味不明な言葉を聞かされながら、子どもたちは日々成長を遂げていくんですねぇ。


 会社から急に「9時半から表参道で働いて下さい」って連絡が来て、現実に嫌気がさして、このお母さんは息子に対して、雑な言い方をしてしまったのでしょうか。


「お父さんがいるよ」


 横から、お父さんがたっくんに声をかけました。


「ふーん」


 たっくん、そこで少しだけ安心した声。


 お母さん、すかさずまた、たっくんに畳みかけます!


「みーたんの面倒、ちゃんと見れる?」


「うー……」


「お兄ちゃんなんだからね、たっくんは。みーたんのこと、きちんと見てあげられるよね?」


「……」


 私はまた、たっくんの気持ちを想像しちゃいました。


「あのねお母さん。みーたんの面倒を見るのも見ないのも、ボクの自由でしょ? お母さんが夜に仕事で出かけるからと言って、変な責任感まで植え付けようとするのやめてくれるかな? ほんっと、マジでわけわかんないし、腹立つ。ボクはお兄ちゃんだけど、お母さんにあーだこーだ言われて仕方なく、みーたんの面倒を見るわけじゃない。みーたんが可愛いから、ボクはみーたんを気にかけるんだ!」


 私はこんな想像をしながら、笑いそうになっちゃいました。


 4歳〜5歳くらいの男の子がこのくらいはっきりと、お母さんに口答え出来たなら、どんなに家族って、風通しが良くなるでしょう!


 小さな子供に、理解出来ないものまで背負わせるのは、良くないなぁ。


 って、ついつい、他人のくせに、思っちゃいました。


 私がお母さんなら、たっくんに、こう声をかけたいな。


「たっくん。お母さんね、急に会社から連絡が入って、夜は仕事に行かなきゃならなくなったの。側にいてあげられなくてごめんね。今日はお父さんがいてくれるから安心してね。暇な時みーたんと遊んでくれたら、お母さん嬉しい」


 これなら自分がたっくんだったとしても、しぶしぶ納得出来ます。


 ていうか私、たっくんに感情移入し過ぎ(笑)。


 それからのたっくんは。


 あーだこーだ言ってくるお母さんの言葉をほぼ無視して、にっこりしながら全く関係の無い話題を、お父さんに振り始めました。


 さすがです。


 このお母さんにして、この子あり。


 たっくん一家にしかわからない歴史があって、この親子ならではの会話が生まれているのでしょうけれど。


 横で聞いていると何やらモヤモヤしてしまい、ついつい余計な妄想を繰り広げてしまいました。


 どう思われます?


 ご意見、お聞かせいただけたら嬉しいです。


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妄想全開・女子(?)。 とさまじふ @mcat4832

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