魔術書レビュー

ちかえ

魔術書レビュー

 ラウラは図書館の閲覧室で大量の本を前に大きなため息を吐いた。


「どうしよー」


 口から自然に独り言が漏れる。ここに誰もいないから出来る事だ。

 彼女の目の前にあるのはすべて魔術書だ。それも入門者用のものから上級者用までバラエティーにとんでいる。


「どれにしたらいいんだろ」


 何度もパラパラと開いてみるが彼女の悩みは解決しない。

 もう一度ため息を吐く。


「レビューかぁー」


 気が重いなぁ。

 心の中でそう付け足す。こんな事を口に出しているのが知れたら大変だ。閲覧室に人はいないが、司書はどこかで仕事をしているはずだ。聞かれてしまう可能性もある。


 悩んでいる原因をみんなに話しても同情してはもらえないだろう。むしろこんな簡単な事で何を悩んでいるのだと叱られてしまうかもしれない。


 魔術師協会が発行している魔術雑誌に載せる『おすすめ本』のレビューの順番が来た。ただそれだけのことなのだ。


 最初はそんなに難しく考えていなかった。このレビューはいつか書かなければいけないものだし、二ヶ月という長い期間が与えられているのだから、と。


 だが、二ヶ月はあっという間だった。近いうちにやろう、今度にしよう、今日は疲れたから明日にしよう、と伸ばしに伸ばした結果、締め切りが目前に迫ってしまったのだ。


 締め切りは十日後だ。でも、ラウラの魔術の教師には、世界魔術師会議という名の魔術師の交流会の間に出す方がいいと言われている。そうすれば雑誌の編集をしている者に直接渡すことが出来るのだ。


 そして、今まさにその『会議』の期間中である。


 『会議』が終わるまであと三日しかない。まだ書き上がっていないなんて知られたら烈火のごとく叱られてしまうだろう。


 と、いうわけでラウラは自由時間を使って、こうして本を選ぶ事にしたのだ。教師には推敲をしたいと言ってある。まさかまだ本選びすらやってないなんて思ってもいないだろう。

「どうしよう」

 頭を抱えながらまたため息を吐いた。

 本さえ決まればなんとかなるはずだ。でも良い魔術書は多すぎて一冊に絞りきれない。

 このレビューが載る魔術雑誌は魔術を学び始めたばかりの者も読むという。未来の仲間が参考にするかもしれない本を適当に選ぶわけにはいかないのだ。だったら何で先延ばしにしたんだとも思うが、やってしまったことは仕方がない。今は真面目にやるしかない。


 誰かに相談できたらいいのだが、小国の庶民階級出身であるラウラにアドバイスをしてくれる者などいない。


 どうしようかと考えながら本の一つを開いた時、ラウラは楽しそうな女性達の声を拾った。


 身を固くする。ここに来るのは自分より間違いなく身分の高い貴族たちだ。庶民が閲覧室の机の一つを占領しているのを見たらどんな反応をされるか分からない。慌てて本を積み上げる。


 その音が意外と大きかったのだろう。こちらに視線が向いた。ついラウラもそちらの方を見る。そして固まった。


 一人は魔術大国と呼ばれる国——この魔術師会議の会場でもある——の姫君で、もう一人は西の果てと呼ばれる王国の王妃だった。おまけに西の果ての王妃は、この世界でも一二を争う実力を持っている大魔導師の愛弟子でもある。


 貴族どころではない。正真正銘の王族がそこにいた。それも身分だけでなく、魔術師としての位も高い人達だ。


 冷や汗が流れる。もし彼女達の機嫌を損ねたらただではすまない。


「申し訳ございません!」


 慌てて謝罪しながらその場を立ち去ろうとする。だが、二人は優しい笑顔でそれを止めた。曰く、ここは公共施設だから誰でもいていいのだそうだ。


「大体、今、この時期にここにいる外国人なんて魔術師ばかりだもの。魔術師がその仲間を邪険にするなんてありえないの」

「そうね。それに真面目に勉強をしている人を追い出すなんて人としても最低だもの」


 二人はそんな優しい事を言ってくれる。実際にはラウラは『勉強』をしていたわけではないので逆に申し訳なくなってしまう。


 そんなラウラの戸惑いに気づいたのだろう。どうしたのだと尋ねられる。ついついラウラは自分の事情を素直に話してしまった。


「ああ、あれね。面倒くさいわね」

「ちょ……」


 さらりと本音をぶっちゃける魔術大国の姫君に西の果ての王妃が苦笑している。図書館だからと防音の魔術をかけているから言える事なのだろう。


「そういうものよ。あなたはまだ順番が来てないから分からないでしょうけど」


 それで西の果ての王妃はラウラより魔術師歴が短かった事を思い出す。ただ、それで二人の立場の差が縮まるわけではない。


 そこから互いの魔術師としての話になった。今までの失敗談や苦労などはどれだけ話し手も尽きない。

 フランクに話して来る二人にラウラの緊張も少しずつほぐれて来る。それでつい小国の平民出身だと言ってしまった。魔術大国の姫君が首をかしげた事で、ラウラは自分の失敗に気づいた。


「あの国が魔術にそこまで造形が深いなんて聞いた事ないけど。今回の会議にも王族くらいしか参加していないし」


 一体、どこで魔術を知ったんだ、と聞かれる。それが何だか詰問されているようにラウラには思えた。実際にはただの純粋な疑問で責めるつもりは彼女達にはなかったのだが、そんな事はラウラは気づかなかった。


 嘘をついてもきっと気づかれてしまう。そう思ったラウラは正直に話した。家の倉庫で初心者向けの魔術書を見つけた事。そこに書かれていた『魔術とは何か』という項目を読んで興味を引かれた事。しばらくその本を使ってこっそりと独学で学んでいた事。それでもっと魔術を学びたいと考え魔術師を探した事。今の先生に会うまでの苦労もしっかりと話した。


「それでその本はこの中にあるの?」


 西の果ての王妃の質問に素直に『はい』と答え、本を見せる。


「一応自分用のも持って来てるんですけど、図書館には持ち込んじゃいけないと思って」


 二人はしばらく本を見ていたが、顔を見合わせ同時に頷いた。


「これにしなさいよ」


 そしてあっさりとそう言われる。何も迷わず結論を出してくるのでラウラの方が戸惑ってしまう。


「でも、これは入門書ですし……」

「あなたのレビューを読んで参考にするのは間違いなく基礎を学んでる魔術師見習いでしょう。入門書で何が悪いのよ。もしかしたらその人達の愛読書になるかもしれないでしょう?」

「そうね。それにこれはあなたの愛読書なんでしょう? 今も外国まで持って行くほど大事なものなのでしょう? だったら迷う事なく勧められるじゃない?」


 二人は優しい笑顔でそんな事を言ってくれる。何だか今までの人生が肯定されたようにラウラには思えた。


***


 ちなみにラウラが書いたレビューは好評だったようだが、魔術大国の姫君が『よかったよ』と手紙に書いて来たせいで、ぎりぎりまで書いていなかった事が教師にばれ、結局叱られることになってしまったのだった。

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