図書館に住む本の妖精たちのこと【KAC2021】

朝霧 陽月

妖精たちの知られざる日常

 ここは、とある場所に建つ古い図書館。

 年季ねんきの入った建物の中には、所せましと置かれた本棚に沢山の本が並んでいる。


 そしてそんな図書館に住む、私と仲間たちは……。


『ねぇねぇ、こちらにいらっしゃい〜 この本はとっても面白いのよ?』

『何言ってるの、こっちの本の方が素敵だよ……!!』

『いやいや、私の本の方が役に立つに決まってるからね!?』


 この図書館にやってくる人々に、日々自分の思い思いの本をすすめる【本の妖精】なのだ。とはいうものの、私たち妖精の姿は人間には見えないし、声も聞こえないんだけどね?


『あ、あ!?』

『あ、そっちにいくの~』

『やったー』


 それでも私たちが一生懸命本を薦めていると、その想いが伝わるのか大抵その本を手に取ってくれたりする。


 あーあー今日の私のはダメだったか……。

 ちぇー。


『ほらほら見て、今日のあの人は私が薦めた本を手に取ってくれたわよ!!』

『いいなぁ~』

『でも次は負けないからね!!』


 そんなこんなで私たちはいつも競い合うように、図書館にやってきた人へ本を薦めることを日課としていた。

 人々に様々な本を手にとってもらうこと……それが本や物語を愛する私たち、本の妖精の楽しみでもあるからだ。


 そんな本の妖精である私たちには、本を薦める以外にも好きなことがある。


『ほら、あそこの席で本を読み始めたわよ』

『今日は一体どんな反応をするかしら』

『喜んでくれるといいね~』


 それは私たちが薦めた本を読む人の、様子を観察することである。

 選ばれたのが例え自分が薦めた本じゃなくても、私は本を読む人のことが好きだ。

 それは他の仲間たちも一緒で、だから私たちはそろって読者さんの様子を眺めるのだ。


 ページをめくるのを見るたびに、ちゃんと楽しんでくれるか? 途中で飽きて本を読むのを止めてしまわないか? それが気になって気になって、読者さんの様子から目を離せずにじっと見守る。


『お、ハラハラしてるんじゃない?』

『今読んでる部分が山場だからね』

『ガンバレ、ガンバレー』


 もし読者さんが物語にのめり込んで真剣に本を読んでれば、それと一緒になってハラハラしたりドキドキしたりもする。


『おおっ最後まで読んでくれたわね』

『わぁーい』

『お疲れさま~』


 そうして最終的に読者さんが最後まで読んでくれれば、仲間と一緒に喜ぶ。

 やっぱり私たちが、いいと思った本をちゃんと読んで貰えるのはとっても嬉しいから。


 ……まぁ、そう言いつつも読んでくれるのは、別に私たちが薦めた本じゃなくても別に構わないんだけどね?


 だってこの図書館にある本は、その時に薦めなかったとしても、図書館に住む私たちにとっては一つ残らず素敵な宝物に違いないから。


 だからそんな素敵な本を読んで、ここにやってきた人が少しでも気持ちを上向かせてくれたり、役に立ってくれるようなことがあるのであれば、それは我々にとってこの上ない喜びなのだ。



 本とその本を読む人の数だけ、ここには物語が存在する。


 私たちのことが見えなくても、例え声が届かなくても……。

 私も仲間たちも彼ら読者のことが大好きだ。


 だから今日も、私と仲間たちはここで待っている。


 これからもこの場所を訪れる人たちにとって、ここで出会う物語と本が少しでも実りや救いになりますように……と、そんなことを願いながら。


 これが私と仲間たちしか知らない、ひっそりと隠された秘密のお話『私と読者と仲間たち』の物語でもある。



 いらっしゃい、愛おしい私たちの読者さん。

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図書館に住む本の妖精たちのこと【KAC2021】 朝霧 陽月 @asagiri-tuyu

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