甘い悪夢 2
「悪夢の始まりじゃないか!」
夕暮れのクラブ明晰夢。
ヒカルが荒れていた。
「とうとう『抱いて』って言われちゃったって? で、断ったの? それ、もうやばいじゃん。なんてことだよ」
「昨夜もちゃんと、夢は半分持って帰ってきましたよ? ほら、紫色の綿菓子ですよ。綺麗で美味しそうでしょう」
綿菓子は透明な袋に、丁寧に包まれている。
「のんきだな! おれの失敗談忘れたの? 女性の誘いは、
ハルキは、包み紙を乱暴にあけ、綿菓子を食べ始める。
「夢見さんに見せてないのに、食べちゃダメでしょ! 何してるんだよ」
二口ほど口に頬張った後で、綿菓子をヒカルに渡した。
「……きちんと断らないほうが、女性には残酷でしょう。できないものは、できないのです」
「きっともう、しおりさん会いに来ないよ」
「彼女が決めたことなら、仕方ないです」
「何て薄情なんだ、ハルちゃん。なんだかんだ言って、好きなのかと思ってたのに」
「薄情? 逆でしょう。最大限の誠意を示したつもりです。抱くことを、愛情表現といっているのは人間でしょう?」
「……おれたちが相手にしているのは、人間の女性なんだよ?」
夢見がクラブ明晰夢の扉を、乱暴に開けて入ってくる。
「悪夢の始まりだわ! なんてこと!」
今日はどうしたことだろう。悪夢、悪夢とみんなが口走る。不吉な予感が店内に広がる。
夢見は、店の奥の事務室に飛びこむと、ファイルを片手に出てきた。
「ああ、そうか、おかしいと思っていた。私としたことが、大失敗」
「何事ですか。夢見さん」
「
「どういうことですか? その事件が、クラブ明晰夢と、何の関係があるのですか」
「被害者は、うちの顧客。ひどく夢を食い散らかされて、ショック状態ね。最悪の場合は……。これ以上は恐ろしすぎて言えない」
夢見は片手で頭を抱えながら、ファイルをめくり、ハルキたちに見せる。
「……
違和感のあるページ。紙の質感も、色さえも違っている。付け足されたようなページに映るのは、鋭い視線を向ける男。
「あの日、マネージャーがいなかったから、気づかなかった。面接などしていない。どうやってここに、入ってきたのか。こいつの事なんて誰も、知らなかったのよ」
夢見は力強く爪を立てた、最後のページ。そこには金髪のハーフ顔の男性が、写っている。青い瞳に魅惑な光をもつ、クラブ明晰夢『ジョシュ』。
「こいつは多分、海の向こうから来た悪魔ね。私たちとは似ているようで全然違う。
「とにかく早く、ジョシュくんを探し出さないと……」
焦りと絶望が、クラブ明晰夢に充満しはじめていた。
***
黒い魔物が夕暮れ時に、ビルの上から街を見下ろしている。獲物を見定めているようだ。黒い魔物は、ビルから勢いよく飛び降りる。大きくさけた赤い口元から、あふれ出るよだれ。
そんな魔物も、人間から見れば美しい男性に見える。
「しおりさん、久しぶり。わたしのこと、覚えてますか? 今日はハルキさんは? ……そうですか、ハルキさんのこと、あきらめようと思ってるんですね。今日は時間ありますか? わたしとご飯でも行きませんか」
足元に映る影だけは、不気味な魔物を形作っていた。
会員制クラブ『明晰夢』 一清 @ichikiyo
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