うまいハナシには気をつけよう。
薮坂
読者も仲間もいない時はどうすれば?
「こらあかんわ」
「どうしたん、悲壮な顔して。まるで朝起きたら枕に髪の毛がめちゃくちゃ抜け落ちとったような顔してるやん。だいぶ……きてるもんな」
「うっさいわ、まだきてへんわ。ほんでなんやねんそのピンポイントな喩え。まだオレ高校生やで」
「将来のこと考えて、今できることをしていかな悲惨な未来は回避できへんのやで」
「悲惨て決めつけんなや。明るい未来が待っとるかも知れんやろ」
「まぁ、未来は明るいかもな」
「頭皮見て言うなや。それ明るいの意味ちゃうやろ。物理的な光量のハナシしてるやろ。視線がすでに上向いてんねん」
「ごめんごめん、そんなつもりはないねん」
「ほんならどんなつもりでオレの頭皮見ててん」
「いや、もっとハゲへんかなー思て」
「直接的すぎるやろ、それ火の玉ストレートやん。さすがにオブラートに包めや。いやむしろ柔らかに詩的に表現しろや」
「──朗らかな風に包まれて、春を謳歌する桜の花びらのようにならへんかなぁ」
「それ散りゆくさだめやん。一瞬、褒められたかと思わせる高等テクやん」
「で、何が『こらあかん』のよ。珍しく真剣な顔やんか。聞いてほしそうやから聞いたるわ」
「あぁ、そうそう。しょーもないハナシで忘れとったわ。とりあえずこれ見てや」
「なにこれ」
「オレが入り浸ってる小説投稿サイトのイベントでな、今、テーマに沿った短編小説を募集してんねん。で、今回のテーマは『私と読者と仲間たち』やねん」
「え、あんた小説書いてんの?」
「まぁな」
「いやまずそれが驚きやねんけど。驚きすぎてさっきのテーマ、完全に飛んでもうてんけど。あんたが小説? いやいや、冗談は顔と髪の毛だけにしといてや」
「うっさいな、顔と髪の毛は関係ないやろ」
「ほんで、あんたの髪の毛と共に飛んでったテーマはなんやったっけ」
「一緒に飛ばすな。テーマは『私と読者と仲間たち』や」
「なにそのテーマ?」
「いやオレにもわからん。わかりやすい時はわかりやすいんやけどな、わかりにくい時は本気でわからんねん」
「で、それについての短編小説書くん? あんたが?」
「書こうと思てたんやけど、テーマがコレやからなぁ。今までのテーマで間違いなく一番難しいわ。全く思い浮かばん」
「ほんまに書いてんの? 小説を? あんたが?」
「書いてるいうてるやん。しつこいな」
「いや、やっぱ信じられへんわ。日本語も怪しいあんたが小説書いてるなんて、にわかには信じられへんな」
「日本語怪しい言うなや。ちゃんとお前と会話できてるやろ」
「会話と小説はちゃうわ。全然別モンやで。まさかあんた、会話文だけで小説になると思てへんやろな」
「ならんの?」
「ならんわ!」
「いやでも会話文だけで小説を構成させるというアバンギャルドなことに挑戦してると言えんこともないかも知れんやろ」
「まわりくどいなぁ。そういうとこやで、不自由なとこって。ほんでそういう前衛的なことは基本ができてる人がやることや。型破りって言葉あるやろ?」
「あるな」
「あれはキチッと型ができてる人にしか破られへんねん。そやから型もないあんたがやっても型破りにならへんのやで」
「ほんなら型のないオレは何破りになるん」
「常識破りちゃう? あ、ごめんちゃうわ。常識外れやったわ」
「なんも破れてないやん。人の域から外れてるだけやん」
「その通りやもんな」
「うっさいわ。お前にハナシしたオレがアホやったわ」
「ほんでさぁ、どんな小説書いてるん。あんたの書く小説、ある意味めっちゃ興味あるわ。ていうか何で小説書いてるん?」
「理由は単純や。金のためや」
「金?」
「せや、金や。今回のコンテスト、テーマ別で1番になったら5000円も貰えるねん。大金やで。テーマは10個あるから、全取りしたら50000円。一年は楽に暮らせる額やろ。学校帰り、スターダックスでコーヒー片手に優雅に談笑しても余裕の懐具合やで」
「あんたの小遣い、月3000円やもんな」
「ほんで上がる見込みもないしな。ほんなら自分で稼ぐしかないやろ? でもこの高校、バイトは禁止や。必然的にオレは小説を書くことになったんや」
「どう必然なんかようわからんけどな。で、どうなん? ひとつでも一番、取れたん?」
「いやそれがな、」
「それが?」
「一番どころか、誰も読んでくれへんねん。やっぱ甘ないわ。現実逃避したなってくるレベルやで」
「現実頭皮か。自分の立ち位置を再認識したワケやな」
「そのトウヒって当ててる漢字が絶対ちゃうやろ。まぁとにかく、オレの小説は誰も読んでくれへんねん。こんなん勝負する以前のハナシやわ。物語自体には確固たる自信があんねんけどな」
「でも誰も読んでくれへんってことは、やっぱおもろないってことやんか」
「おもろないことない。自分が『おもろい!』と本気で思うハナシを書いてんねんで。それがおもろないワケないやろ。せめて自分だけは、自分の作品の味方でおらんと作品が不憫でならんわ」
「カッコええこと言うやん。そのキメ顔はほんま腹立つけどな」
「キメ顔関係ないやろ。とりあえずや。5個作品を出して、まだ誰にも読まれてへんねん。そんなオレが『私と読者と仲間たち』ってテーマで作品なんか書かれへんわ」
「読者も仲間もおらへんもんな。書けるのは『私』のことだけやん。しかも誰も共感してくれんくらいクセ強い『私』やしな」
「そんなクセ強ないわ。ほんでまるで他人事やな」
「他人事やもん、しゃーないやん。ウチ、小説は読むばっかで書いたことないからその苦労はわからんわ。でもよう書く気になったな、その残念な言語能力で。その気概だけは褒めたってもええで」
「えらい上から言うてくれるやん」
「まぁ上からにもなるわ。だってお金目当てに小説書いてんのやろ? そのいやらしさが作品に透けて見えてくるんちゃう?」
「透けて見えて、の部分でオレの頭皮見んなや。さっきも言うたけど、視線が上向いてんねん」
「そんなことより、どうするん。その『私と読者と仲間たち』ってテーマで小説書くん?」
「いや、もうようわからんようになってきた。頑張って書いても、箸にも棒にもかからへん。誰かに読んでもらわんことには小説にならへんねん」
「読んでもらう努力はしてるん?」
「そらしてるで。面白い作品を書く。これが努力やろ」
「でもおもろいってのは、人それぞれやからなぁ。ウチがおもろいと思うヤツと、あんたがそう思うヤツはちゃうやんか。そら万人受けするハナシが1番やとは思うけど、そんなん書けたらもうプロやん」
「そらそうやな。オレは所詮アマチュアやし」
「たとえばさ、めっちゃええ商品があるとするやん。誰が見ても欲しなるような商品があったとしてやで、でもそれは人里離れた山奥の小さい売店に売ってんねん。宣伝もしてないねん。ほんならそれって売れると思う?」
「そら売れへんやろ。宣伝もしてへんかったら……って、なるほど宣伝か! オレには宣伝が足りへんかったんやな。よっしゃ早速宣伝するで。オレの作品はこんなんです、って内外に宣伝しまくるわ」
「でもさぁ、それ誰に宣伝するん。あんた、読者も仲間もおらへんのやろ?」
「……ほんまや。ほんなら宣伝も意味ないやん」
「大体な、まずお金目当てってのがあかんねん。読者は聡いからな、やっぱそういうのが透けて見えてくるねん」
「そやから視線、上向いとるって。オレの頭皮にはなんもないで。いやあるわ! 髪の毛はあるわ!」
「しょーもないこと言うてんと、ハナシ聞きぃや」
「しょーもないことさせてんのはお前やからな」
「ほんでな。まずは仲間を集めることから始めるべきやねん。あんたの作品に共感してくれる仲間を探すワケよ」
「オレの作品に共感してくれる仲間、か」
「せや。ほんで仲間が出来たら、その仲間が読者になってくれるやろ。その瞬間、あんたの小説はほんまの意味で『小説』になるんやで。誰にも読んでもらえへんかった小説に、初めて読者がつくんや。素晴らしいことやん。ほんでな、読者はさらなる読者を産むねんで。そやからあんたはお金目当ての小説やなくて、まず仲間目当ての小説を書くべきやねん」
「将を射んと欲すれば、まず馬を射よってヤツか」
「まぁそうやな。そやからまずは、目先のお金への執着を捨て去らなあかんワケや」
「お前、ええこと言うなぁ。見直したわ。ほんでオレは何からやるべきなん? どうやって仲間を探したらええん?」
「簡単や。言うたやろ、お金への執着を捨て去らなあかんて。そやからまず、あんたの小遣いをウチに渡したらええねん」
「……いや意味がわからんのやけど」
「まぁ最後まで聞きぃや。ウチが3000円で、あんたの仲間になったるってことや。ウチはあんたの小説を3000円で読んだる。ウチが仲間で読者いうワケよ。コレ、一石二鳥どころのハナシとちゃうで? あんたはたった3000円で、お金への執着を捨て去り、そして読者と仲間を得ることができるねん。さらにや。それで1番になったら5000円貰えるんやろ? もうプラスやん。2000円も利益出てるやん」
「3000円が5000円に化けるってことか?」
「せや。それにあんたさっき言うてたやろ。テーマは10個あるって。そのテーマはあと何個残ってるん?」
「あと5個残ってるな」
「ほなたった3000円の投資で、25000円のリターンや。収支は22000円のプラス。これを逃す手ぇはないで。お金はさらなるお金を産む。自分のお金を使わんヤツに、新たなお金はやってこんのやで?」
「なるほど、これが投資か……!」
「理解できてるやん。センスあるやん。ウチもあんたのこと、見直したで」
「いやこっちこそ見直したわ! やっぱり持つべきものは優秀な幼なじみやな。ありがとう! ほなこれ3000円な!」
「毎度、おおきに!」
【終】
うまいハナシには気をつけよう。 薮坂 @yabusaka
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