第11話 王様探し 8 上客








『珍客』はずっと機嫌が悪かった。


 起きている間、口から忙しく文句を吐き、その言葉は初めて聞く様な訛り言葉だった。腹が減れば文句を吐いたその口で大飯を喰らい、疲れたら硬い床にごろりと横になり目を閉じる。


『珍客』は、捕まえる前に岩の上で流暢に話した此方の言葉を、その場所へ収容されてからは一切話さなかった。

 辺境へ赴任する前に東国の言葉を頭に入れ、少し位は…彼方の言葉も分かるつもりだ。

 勿論、それは中央で警備している奴等に比べれば、ではあるが。


 だから、初日こそ客の口から洩れる言葉を何とか理解しようと耳を欹て聞いていたが…三日を越える頃からは、その余りに忙しい話口調に疲れ、聞き流すようになった。

 どうせ、忙しい上に訛りが強すぎて何を言っているのかえ分からない言葉…

 その口で我が国の王の名を穢すような悪口を言っているかも知れないが、聞こえなかった事にしようと心に決めた。


 そして四日目の昼過ぎ、上からの文書を運ぶ鳩が来た。


 文書には、中央へ連れて来いとのお達しがあり、そうなるであろうと見越し前々から輸送する為の檻付きの荷車は用意されていた。伝達鳩が到着したその日の夕方前には荷車を曳く馬はゆっくりその場を走り出した。


 荷車の檻の外から収容されている人物を覗かれる事の無いよう、檻の全ての窓には目隠しを。そして、街中では襲歩しゅうほで進み街道の人気の無い場所で漸く常歩なみあしにて進む事とした。

 檻の上部角から対角にハンモックのように布とロープを吊るし、収容されている人間にはそのハンモック的な物に横になって貰い床からの衝撃を何とか防ぐ。ただし、横揺れはなかなかの物であろうと予想は出来るが…その客がかなり身軽な様なので、横揺れに関しては目を瞑る事になった。

 ただの囚人であれば、その硬い床の上に置いたままで走り出す所だが、収容されているの人物はただの囚人では無い。


 彼が彼方からの『珍客』である事により、最低限の身の安全は確保せねばならないから。


 そして、漸く機嫌の悪い人物と離れられると思っていた自分は…

 何故か、一緒に中央へ赴く事になった。


 理由は、ここ暫く客人のお世話をしていた世話係であるからだと少佐は仰る。

 それに、中央の方で恐らくここ数日間の様子も聴取されるだろうから、説明が面倒臭いからお前も一緒に行くように、と反論は認められない『命令』を受けたのだった。


 軍とは、上に歯向かい難い組織。

 当然、自分の返事も『イエス』しかなく…先程、『珍客』と供に中央へ約半年ぶりの帰還を果たした所だ。


 中央に戻っては来れたのだが、家族が暮らす屋敷へ帰る事が出来る訳では無く、相変わらず自分は『珍客』の世話を城の中で行うだけ。

 そう…、自分の仕事は辺境と同じで、場所が変わっただけだ。

 しかも忙しく旅程を組んだその道行きを越え、それなのに休む間もなく自分の仕事を始めなければならない訳だ。

 場所は地下にある牢屋。

 当然、窓もなく日差しも無く、そして薄暗く寒い上に湿気の酷いこの場所で『珍客』と過ごすようにと命令が下されたところだ。



 すると。


「おーい。兄ちゃん」

 そう言って、『珍客』が檻と言う物に入れられてから始めて此方の言葉で話し、そして手招きをした。

 お前なんぞに手招きされる覚えもない上に…『珍客』の姿はどう見ても俺よりも年下の容姿。

 そう考えるとこの声掛けは余りに無礼では?そう思って無視を決めた。


「おいってば。聞こえてんだろ?其処の…《え~っとなんて言うんだっけ…

 奥様は…あ、そうだ》いけ…イケメン?」

『珍客』が途中、はっきりとした彼方の言葉で言い、そして口籠りつつも此方の言葉で俺を「イケメン」と言った。

 この『珍客』は、どうやらただの若造ではなかったようで…


 あの酷い訛り言葉も、そうでない言葉も自由に話す事が出来て…その上、此方の言葉も操る事が出来たのだ。


《お前…訛りが無い言葉も話せるのか?》

 彼方の言葉を使って聞き返す。

《え~?ちょっとだけさ。兄ちゃんもあっちの言葉上手いじゃない?それよりも此処は…『城』とやらの地下牢なのか?おいらは王様の要る場所に連れて来られたのか?此処は何て国だ?》

 若造は、此方の質問には殆ど答えず、返事の代わりにそう聞いた。

《答える義理は無い。》

 そんな風に答えると、若造は舌打ちをした。

《いやだね~、これだから…西の国の奴は、大体こんなんだからどうにもいけ好かないんだ。殆どの奴が眩しい髪の毛でさぁ…眼だって玻璃みたいで。何処見てんのかよく分かんね~よ。っけ!》


 若造は忌々しい様子で、口汚く話した。

 此方を怒らせて何かを語らせたいかの様にも思えるが…


 だが、そんな事よりももっと気になるのは…若造の口振りが、何処かで此方の者を見た事があり、しかもその事を思い出しつつ話している様に見えた事だ。


《おい、お前…。やっぱり、お前は何者だ?》

 聞き返すと、若造は此方に向けて舌を出して見せそっぽを向いた


 そして…


「何処の国のお人か知らないが、騎士隊長をしている『シルバ』って奴を連れて来いよ。そのお人にしか詳しい事は話さない。

 例え、お前がおいらに刃をちらつかせようと、例え、この国の王が何か話せって命令しても…おいらの主様の言付けの方がおいらにゃ絶対だ!後ろ髪は主様に預けてある。だから、『シルバ』ってお人を此処まで連れて来たら話せるだけは話してやるよ?」

 若造が此方の言葉でそう言って、また冷たく硬い床にごろりと横になり此方へ背を向けた。

 地下牢に響くその声は、地下牢を守る他の兵士も聞く所となり…直ぐに俺は地上の大兵省に呼び出しを喰らう事になった。










 道程、二日と半日。

 休みなく馬を走らせ、途中で馬自体を変え…

 子猿のような『珍客』は檻の中でほぼ寝たきり。


 ”付き添い”達は不眠不休で漸く中央へ辿り着いた。


「『客』を伴い、帰還致しました。」

 形式上…面倒だがそう言った。


 本当は敬礼の一つもせねばならないんだろうが…王様に拝謁ならまだしも、たかが王様の近衛である騎士隊長への面会。

 形式上言うには言うが、敬礼なんぞする義理は無い。

 目の前に居る男が、ただ王直々の近衛の隊の長であるだけの事だからだ。


 お互い、立ったままでいると…


「急ぎの帰還、ご苦労だった。」と、形式のみの何とも心の籠っていない声で相手も話す。

 近衛隊長の方としても、こんな儀礼的な挨拶よりもその『客』を見つけた時の状況を早く聞きたい様で、さっさと自分は椅子に座り、私にも椅子に座る様に手で示した。


「それで、あの『客』は暫く断崖横の深い森に一人で潜んでいたと言う事か?」

 早速の質問を受け、自分は答えた。

「恐らく、…としか。」

 あの森は深く、本当に独りだったのかどうか実は後の探索でも確証が持てなかったのだ。

 ただ、暖を取ったと思われる洞窟の焚火の周りはには一人分の足跡。

 魚や鳥を例の仕込み刀で取り、焼いて喰った形跡も一人分。


『客』はどうやら野宿や、食い物を自分で得る事に慣れていたらしく…果実の皮や木の実の殻なども焚火の周りに落ちており、あの深い森の中での食生活は非常に豊かだった様だ。


「他の場所に仲間がいる様子は?」

 騎士隊長は他の『客』が居ないかを何度も問う。


「此方も恐らく、としか言えません。辺境の断崖を、一日や二日であの場所から下層迄降りる事は不可能で、その他の確かめる術はありません。」

 そう言うと、騎士隊長は深く息を吐く。


「その『客』、此方の言葉を流暢に話したとか?」

 騎士隊長はその事にも触れた。

「確かに流暢には話したのですが…それは、捕まるまでの間のほんの短い間だけでした。その後は、話せと強く言ってみても、脅しても、口を閉ざしたままで。

 漸く何かを話し出したかと思えば、彼方の言葉である上にかなりの訛りで。

 彼方の言葉に慣れている隊員が聞き取れない程の酷い物で…何を言っているのかさえ分かっておりません。」

 此方からの報告を聞くと、益々騎士隊長の表情は険しくなる。


「ただ…『客』の持ち物や仕込み刀を検分して分かった事が幾つか。」

『客』の素性に対しての詮索がほぼ出来ていない訳ではあるが、ほんの些細な発見だけでも知らせて置かねばこの後、何を言われる事やら…。

「何か?」

「あの小僧、いえ…あの『客』は、かなりの手練れであるようです。仕込み刀の刀身は毎日手入れがされている様で刃毀れもほぼありませんし、服の中に忍ばせていた研ぎ石も使い込まれていました。刀用の油も携帯しておりました。

 それに何より、あの仕込み刀は獣を狩る為の物では元々あり得ません。

 身の熟しもなかなかです。少なくとも狩人なんかでは無く、用心棒や諜報員等では無いかと推察されます。」

 自分の見解をざっと述べると口を閉じた。


 これ以上は分からない。


『珍客』の世話係でさえ真面に話しが出来ていない以上、何か聞かれてもこれ以上は返答が出来ないからだ。

 それに、此方(中央)のやり方で口を割らせて貰った方が、私の方の手間も掛からんし楽だ。


 自分は『客』を置いて早々に持ち場に戻りたいと胸の中で祈る。


 この場所は、生まれ故郷ではあるが…色んな縛りも多く、何より街中を這う妙な配管を見るだけで息苦しい。

 あの場所の方が自分にとっては気楽で、住み心地が良いのだった


「彼方の住人である事は確かなのだな?」

 騎士隊長は続きで聞いた。

 それは…あの面構えを見て貰えば一目瞭然で彼方の者だと確証できるだろう。


「其処は間違いございません。話口調もそうですが、東方特有の面立ちです。

 一度、ご覧頂ければ分かるかと。」

 質問されれば答える。


 そう…分かる範囲で、ではあるが。


 すると、騎士隊長の執務室の扉が外から忙しく叩かれた。


「失礼致します。地下牢にて『客』が話し出したのですが…また、沈黙致しました。

 その…《騎士隊長の『シルバ』を連れて来い》と此方の言葉ではっきりと申しまして…。」

 扉の向こうで兵士が叫んだ。


 ただの『珍客』であった筈が…


『客』は騎士隊長殿を何故か御存じのようで…

 どうやら、あの小僧はかなりの「上客」だった様だ。

『上客』に名指しされた本人に問うた。

「どう、されますか?」

 金髪の、見目麗しい騎士隊長は口端を持ち上げ笑いつつ答えた。

「無論、会おう。」

 そう言って急ぎ立ち上がり、大股で騎士隊長「シルバ」は地下牢へ向かう。


 自分は早々に帰るつもりであったが、騎士隊長を知る『上客』に俄然興味が湧く。















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羊の書  shirin @shirin-nono

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