第10話 王様探し 7~小さな影と四つ足










 夕方には爺さんの家へ戻って…夕飯を作って自分よりも戻りが遅いだろう爺さんの職場へ弁当にして持って行って。そのついでに爺さんの仕事を少し手伝ったりして…。


 今朝起きて、寝惚けた頭で立てた当初の予定は…夕方に消えた。


 数刻前、自分は初仕事のその日に初夜警を経験する事になったのだ。聞けば、別部署の方で人手が急に要る様になったとかで、交代する筈だった奴等は此方に来る事は出来なくなって…

 あのまま自分達が仕事を終えてしまえば、夜警に当たる人間が居なくなる。そうならないようにと、必然的に『朝からその場に居た者達が』と言う事になり、俺達は明日の朝まで此処に居る事になったらしい。

 その年の初配属者が一気に増えるそんな日に、急に人手が大勢居るようになるような事が世の中、早々起こるものだろうか?そうは思っても、何故そうなったのかの理由なんて教えて貰える筈もない。それは、此処に居る一番古株の先輩さえ分からないと言うんだから仕方のない事なんだろうけれど…


 とにかく、命令は命令。

 配属されたばかりの自分に夜警を拒む手立てなんて無いし、やるしかない。


 夕方、パンと軽いスープが支給され三人でその場で食べた。

 何時の間にか空も大地も暗くなり、空には月や星が出て風も緩やかに吹いている。

 これがハイキングの後、帰らずにキャンプへ傾れ込んだだけなら…

 焚火なんて起こして、火の周りで踊ったり酒を酌み交わしてみたり、深く話し込んでみたり?

 でも、今の状況は全く違う。


 仕事で、警備で、夜勤なんだ。


 焚火の周りに嬉しそうな顔が一つも無いと言う状態は致し方ないと言える。

 夕飯にしたって本当に味気ない物だった。

 ベーコンが入った野菜スープとパンが一切れ。

 肉片は残念ながら自分のスープには入って無くて、とろけかけた玉ねぎと人参がほんの少し確認出来た位。

 パンは、何時前に焼き上がった物だろうか…

 かなり乾燥してスープに付けて食べなくては食べ難い代物だった。


 そして夜警は、周りの風景が当たり前だが暗くなるから塀の上にある塔にも人員が増やされる。

 人の話し声が頭の上から降って来るところを見ると、塔の上の人員の方はいつも通り回されたのだろう。イレギュラーで残ったのはもしかしたら自分達だけかも?何て言葉を、本好きな先輩がボソッと呟いた。


 彼等の守る外壁の周りには明かりが灯ってはいる。ただし、門から離れてしまうと灯りは届かなくなって真っ暗な夜道が広がっていた。

 そんな夜道を誰が来るでも無いと言うのに彼等はぼんやり眺めていた。

 すると、初めて夜警を経験したラウドはある事に気が付く。月の昇った夜空は意外に明るいものなのだと言う事。そして、その空の下に延びる夜道は真っ暗とは言えない上に、今日は満月だったと言う事に。闇を照らす大きく緩い光源が、道や建物や樹木や草等地上に存在する物全てに降り注ぐ。

 その月明かりが注ぐと、人の影が大地の上で細く長く伸びる事を確認出来た。

 家路を急ぐ農夫の影、小さな動物の影も忙しそうに動きながら草原の嵩高の草の中へ姿を消していく

 そんな姿を彼等は日が暮れてから四・五時間同じ場所で何度も見ていた

 何時しか、人も動物も動いているのを見る事は無くなり、そして時刻はもう深夜。

 ラウドは朝までまだまだあるなぁ…そう思い、隣を横目で隠れ見ると、相変わらず本を片手に一心不乱に読み耽っている先輩①が居て、その向こうには焚火の横で横になり目を閉じて眠っているように見える先輩②が居た。


 人員が少なくて急に夜勤になったにしては…周りの雰囲気が長閑と言うか、暇と言うか?

 本当に何処かで忙しく働いたりしてて人員が少ないのか?

 単純に兵士が足りないだけだったりして(笑)

 ラウドはそんな事を考えながらぼんやり道を見ていたがどんなに長閑に思えてもこれは仕事で夜警だ、彼はそう思い直し視線を先輩からずらした。


 自分の目はゆっくり、草原を見てその先の森へ向かった。

 何故って…目の前の道はそちらへ繋がっているからさ。


 もし、この城に用事がある人が来るならそちらからこの門へ向かって人は来る…筈、だから。







 月は既に傾き、西の空へ沈みかけてはいるが…満月であるからか空を明るく照らした。

 時刻は既に日を跨ぎ、僅かに吹いていた風は止んで松明やランプ灯の火もその場で揺らめき立ち、ため池の水面は鏡のように傾き始めた空の月を映し出す。

 深夜に動くのが常の動物以外は皆、すっかり寝静まり、今起きているのは盗賊か旅人か…

 城壁の中であってもこの時間に起きている人と言うのはとても少ない、そんな時間。


 太陽のようにはいかぬとも、夜空を一際明るく照らしていた月。

 その月が傾き自身の躰で、空と森を繋いだ。

 月を背にした森は何時にも増して黒く映し出され、月の光が照らし出す草原をその対比によってより明るく見せた。不意に、真っ黒く見える森と黄色く輝いて見える草原の境界にぽつんと、小さな黒い影が現れた。

 門前に居た三人には…勿論、確認は出来ない。


 それもその筈、月によって作り出されたコントラストによって実際の距離よりも近く感じるその風景。

 正しく測ったなら、ただの人では森と草原の境界さえ目視は難しい程の距離なのだ。


 小柄な影を作り出している本人も森を抜ける迄はかなり緩い足並みで歩いており、まるでピクニックにでも行くようで楽し気に鼻歌でも聞こえてきそうな程の歩みだった。当然の事だが、このままの速度で歩いたなら門に辿り着くのは朝になりそうな感じであったが、その影は急に歩みを止めた。影が止まると、一緒に動いていた四つ足の影も同じ様に止まる。

 どうやら小柄な影は何かを見つけたらしく、其方の方をじっと見つめ、目を凝らした。その表情は眉間に皺が寄り、どこか遠くを見て何かを確認しようとしている様だ。

 その時、側に居た四つ足の同行者は、突如しゃがれた声で一鳴きする。

 特徴的な声を出し、自分の気持ちを表して見せる。『何故歩みを止めたのか?』とでも言いたげに。

 前を歩いていた小柄な影の持ち主は、その声に言葉を返す事は無く、まだ何かを見続けていた。視線は何かを探すように動く。

 その様子を見て四つ足の影は仕方ないとでも言う様に自分の周りの香りを楽しむ。

 周りの草原は茂り、萌え。青々とした草から立ち上る青臭い匂いは、四つ足の彼にとっては上等なディナーの香りのようで、より強い香りの草の香りを探し出す。


 小柄な影の正体は牧童のような子どもの様な人で、その腰に括り持った燭台(カンテラ)には今、火は入っていない。

 それは、満月の光だけで十分明るかった為に消されていたからなのだ。

 その小柄な人物は漸く凝らした目を戻し、大きく溜め息を吐いた

 そうして呟いた。

「見つけた、こんな所に。」

 それだけを呟いて少々、自分自身に呆れているように空を見上げて息をふっと吐き出した。

 隣りに居たしゃがれ声の持ち主はもう一鳴き、啼く。

『次はどうするのか?』とでも言いたげに。


 その声を聞いた小柄な影の主は歩き出す。

 最初はゆっくり、その内早歩きに。

 そして、早歩きだったその足も早々に小走りになり、終いには駆け足になってしまった。四つ足の同行者もその歩みに付いて行こうと必死に駆け、砂利道だった道が都に近づき石畳に変わった。

 石畳の上を軽い音と蹄の音が駆けていく。

 牧童のような子どもは大きなカバンを横掛けにして肩に掛け、火の入っていない燭台(カンテラ)は腰の辺りでカラカラと乾いた音を立てている。

 満月の月明かりを浴び、走り出して揺れるマントの影は楽し気に揺れながら石畳の上を舞った。

 恐らく門前に居る兵士達の目にもそろそろ目視で確認出来る頃だろうと思われた。






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