第9話 王様探し 6~逢魔が時











 二頭引きで背高の荷車が、街道を忙(せわ)しく駆けて行った。


 城下町や街道沿いの街中は石畳が整備され、馬にとっては荷車を曳き易い道だが…

 都から街、街から村の間を繋ぐ道は未だに全く整備されてはおらず、轍の残る砂利道で、重い荷物を曳かせながら馬に襲歩させ続ける事は容易な事ではない。

 未舗装の砂利道、轍も強く残っている様な道を馬に荷を曳かせた状態で襲歩させ続ければ荷物の中身の保証は出来ない…と言う事だ。

 それだけでは無く、車輪とガタついた道との衝撃で荷を載せた荷車や車輪自体が壊れてしまうと言った心配もあるからだ。

 大抵、そう言った道では馬に常歩なみあし程度の歩みをさせ荷車を走らせるのだが、その荷車は酷く急いで居るようで、二頭の馬は涎を垂らしながらも懸命に四本の足を前へ前へと進ませ、二頭引きの荷車を操る御者も道の事等全く関係などないとでも言う様に駆けて行ったのだった。


 その様子は余りに忙しく、街道沿いに住まう人々の目に奇妙な様子として目視され記憶された。

 幌が掛けられた背高の荷車はその国の中心へ続く道を疾走し、昼となく夜となく目的地へ向け長い道程を駆けて行った。



 そんな荷車が行き過ぎてから三日。


 街道沿いのある一つの街で、忙しい二頭立ての荷車とはまた違った奇妙さで悪目立ちをしている人物がふらりと現れたのだ。

 年の頃は十二、三歳ほどの少年で、単独で旅を続けている様な風貌だった。

 確かに、この街では大いなる夢を抱いて単身で王都へ向かう旅をしている少年は割と見かけるので、その少年だけなら…村や街の人々の記憶にもそれ程深く刻まれる事は無かった。

 では、少年の印象が何故色濃く残る事になったのか?

 それはその少年の「連れ」が問題だったからだ。


「連れ」は二・三歩ごとに声を軽く上げ、少年を呼ぶ。恐らくその「連れ」の習性であろうと思われる。

 そして、少年の方も何故かその度に受け答えをし、始終大きな声で楽しそうに話し乍ら歩いていた。


 彼の「連れ」の声は酷く通り、そして『その声』はこんな街中では中々に耳障りな声だったのだ。


 少年と「連れ」は街に滞在する事は無く、ただ歩きそして通り抜けて行くようだ。


 長旅を連想させる身形であるにもかかわらず、まるでちょっとそこまでハイキングに…そんな雰囲気さえ漂わせながら。

 しかし、この後彼等が進む旅の道中の現状はそんな生易しい物では無かった。その街を抜けると…暫くは村らしい場所や憩えるような場所も無く、水も食べる物も乏しい岩場だらけの地域に変わる。

 岩場が多いその付近一帯に暮らしている動物の中に、非常に危険な狼一族も住み着いて居る事はかなり昔からこの界隈での常識だった。

 狼一族は人を嫌い決してなつく事は無く、旅人自身の肉や背負っている荷物を得る為に群れで狩りをするとも言われ…

 この村でその岩場を駆け抜ける為の馬を借り一気に通り過ぎるか、定期的に運行している大きな幌馬車に乗せて貰わなければ旅慣れた大人の一人旅だったとしてもかなりの難所なのだった。

 そんな場所へ向かって行く少年がまるでハイキングに行くような陽気さだったものだから…それも、街の者達の印象に残る理由だった。


 街の門番は、楽しそうに街を出て行こうとするその少年に忠告をした。


「おい坊主、こんな時間からこの門を抜けるって事は…お前、歩いてこの岩場を抜ける気か?」

 そう聞くと、少年はにこりと笑って答えたそうだ。

「うん。今から向こうにある街に居る友達に会いに行くんだ。久しぶりだから楽しみなんだ!」

 少年は言って白い歯を見せながら笑った。

 その様子はまるで近くに住む友の家へ遊びに行くかのようで…

 少年の行動に不安を抱いた門番は続けて忠告した。

「悪い事は言わない。その友達に会いに行くつもりなら、次の幌馬車を待て。

 幌馬車にはアーチャーが援護の為に就いているし、人攫いなんかに出会う危険もかなり減る。このまま歩いて行くなんて死にに行くようなもんだ。」

 そう、言ったそうだ。


 だが、少年は門番の言葉を聞きながらもこんな風に答えたそうだ。


「死ぬ?そうか…死ねるなら、一度は死んでみたいもんだなぁ…

 でもおじさん、心配してくれてありがとう。用心はしていくから大丈夫だよ!」

 少年はそんな不穏な言葉が混じった会話を残して走る訳でもなく、怯える様子もなく…ただ愉しそうに連れと一緒に岩や小石、礫が落ちた道をてくてくと歩いて行ったそうだ。


 門番は、その少年の背中が見えなくなるまで見送り…その日の夜、暫く眠ってもその様子が脳裏に映し出され悪夢を見た後のような感情を抱いていた。

 一日経ち、思う。何処までも陽気そうなあの少年は一体どうなったんだろうか…?

 あの連れの事もある、とても無事で通り抜けたとは思えない、と。彼の事を思い出す度に心が酷く冷えて行った。


 二日後、岩場を抜けて来る何時もの定期の幌馬車が見えた。


 大きな幌馬車の周りにアーチャーが6人、馬に跨り並走していた。

 それはいつも通りの姿だった。

 だが、幌馬車の御者が何故か此方に向かって手を大きく振っていた。

 何時もそんな事はせず、周りに警戒しながら幌馬車を進めている御者が手を振り、しかも大きな声を上げている様で口がパクパクと大きく開いたり閉じたりしているのだった。

 その様子を見て、大きな声を出して、狼一族の怒りに触れたら…と、門番は気が気ではなかった。


 岩場の上を強く乾いた横風が吹き、御者の声を掻き消してしまって彼が発した言葉は残念ながら門番の耳に到達する事は無かった。それを悟った援護の一人が自分の持ち場を離れ此方に向かい馬を走らせる。

 そんな事も門番が門の前に立つ様になってから初めての事だった。

 アーチャーの一人が漸く門の側に近づき…馬車から降りて門番の側へ駆けて来る

 そうして開口一番に言った。


「おい、とうとう街から討伐隊を出したのか?」

 そう言ってその彼は興奮したかのように言った。

 何の事だが分からず門番は逆に聞き返した。

「何の事だ?討伐隊って…もしかして、岩場の狼達への討伐隊の事か?」

 そう聞き返すと彼は大きく頭を上下に振る。

「そんな事…この街にそんな財源があるもんか。つい先週も人が襲われて荷物を奪われたばかりだぞ?」

 門番は先週頭に起こった事柄を答えると彼は言う。


「狼達が死んでいたんだ、岩場の辺りに。あのファミリーだと思われる狼の死体が数頭分。」

 そう、狼は群れを作り狩りをする。

 そして狼の群れは厄介だ。

 逃げても何処までも追い、相手が弱る迄走り続ける。


 そして群れを構成しているのは家族であるから、息もピッタリで…狙った獲物は必ず狩るのだ。


「狼達の死体は見る限り斬られておらずに、全て燃されていた。」

 そんな事を彼が言った。

 それに対して門番は言い切る。

「燃されてって…矢で射られたり斬られたりでは無く、燃やされたって言うのか?そんな事、討伐隊にだって出来るもんか!人が出来るのは精々、矢で射るか斬るかぐらいだろう?そんな討伐、聞いた事が無い。」

 門番にそう言われはしたが、実際にその亡骸を見た御者、そしてアーチャー達、幌馬車の客達が街へ入場しても尚、その様子を話し続ける。

 余りに熱っぽく、そして余りにリアルに語るので次の日、街からその情報が本当に正しいのか確認の為、街の中での腕自慢達による小隊が急遽作られ注意深く岩場に足で入った。

 彼等の目前には、幌馬車の客達やアーチャー、御者が言った通りの光景が広がり…

 恐らく巣であった場所にも火が点けられ、人を襲う事を覚えたファミリーが根絶やしになった事が確認された。


 更に、狼を焼いた火は不思議な跡を岩の上に残していた。

 その跡はコンパスで書いたかのように黒く丸く残り、しかも岩の表面を焦がしていた。

 焦がされた岩の表面は脆くなり罅割れ…

 それもその筈、この辺りの岩場の夜は急激に空気が冷える。

 恐らく熱く焼かれた石が急激に冷やされ、割れてしまったのだろう。

 しかし、今問題なのは岩が罅割れる状況の事では無く…


 一体、誰が狼を討伐したのか。


 そして、どうやったらあのように丸く岩が焼かれるような跡が残るなんて芸当が出来るのか。

 その焼いたと思われる火力は如何程だったのか、と言う事。


 岩の表面を何の燃料等も使わずに焦がす等、とても人の成せる技とは思えず、人々は頭を捻る。

 岩場から小隊が戻り、その夜行われた集会の折、記録の為スケッチして来た絵を見て街の古老が思い出したように言った。

 昔、自分が幼い頃、親と共に遥か昔に起こった戦の古戦場を巡った折、よく似た焼け跡を見た事がある、と。

 古老曰く、

 丸い焼け跡は「火球」の跡だと言う。

 古老の父曰く…遥か昔、人がまだ魔力なんてものを持ち、人と違う者達と暮らしていた頃に使った魔術の跡では無いかと。

 古老はそうは言ったものの…

 そんな御伽噺のような本当か嘘かも分からないような話、俄かに信じられず街の皆は眉を顰める。

 確かに岩の焼け焦げ方は不思議だが、だからとそれが魔術だと言われても。

 すんなり信じる事は出来ず、結果…

 よく分からないが、何か自然現象的に出来た「火球」により狼ファミリーは滅されたと言う事になった。

 自然に火球が現れる事は全く無い事では無く、数年に一度の頻度で目撃されていたからだ。火球は急にその場に現れぼんやりとその場で燃え続け…終いにはふっと消えて行くものだ。その仕組みは、地中のガスが何らかの原因で地表から洩れ、それに静電気などで起こった火花が引火して燃えると言われている。

 その火球と、古老が話す「火球」が同じかどうかは定かでは無いが…分からない事をずっと議論し続けていてもしょうがない。

 人々は結果を見、その結果に納得する事にしたのだ。


 今回の事は、自然現象が成した事であるから王都への連絡はせず、街の記録として小さく記載する事となった。


 先の狼ファミリーは確かに消えた。

 だが、岩場の広がるあの一帯には今も別の狼の群れは居て…幾つかの大きなファミリーも確認されている。その狼達が何時また人の味を覚えるか分からないし、実はもう人の味を覚えてしまっているかも知れない。

 あのファミリーの牛耳っていた縄張りは、人を狩るのには絶好の狩場。そうなればあの縄張りは力の強い他の狼の群れの物になるだけ。


 危険な道を行く為に、この先もアーチャーを従えた幌馬車の定期便は運航され、日々は続く。


 人が丸腰では全く話にならないが…剣を携帯していれば、自身の剣で一頭の獣には何とか太刀打ちが出来るかもしれない。だが、数頭の群れには無力に近い。人とはそういう生きもの。

 そして、狼とは群れを作り、自分以外の自分よりも弱い生き物を狩り、喰らう生きものだ。だから…人は生きる為に準備をし、命を守る。


 だから、この岩場を抜けるその為の幌馬車の運航は続くのだ。

 そう、この先も。





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