岩場の微笑

 青空の下、海に潜ってアワビを獲っていた三人の海女が昼休みをしようとして岩場に上がってきた。

 三人は岩場に座り込み、小さいアワビを三つ転がした。

 年長の幸江が七輪を用意して、その上に金網を乗せて火を起こした。今年二十歳(はたち)を迎えた明日美は金網に三つのアワビを置いて手拭いで鼻をかんだ。十六歳で年少の久乃はそれを眺めながら手際のよいふたりの手つきを見ているだけである。

 アワビに火が通ってきて、身がよねよねと悶え始めた。

 幸江が眼を潤ませて「開いた開いた」と言った。

 明日美が「うねうね、うねうね」と呟いて笑った。

 久乃は眼をまるくしているだけで、ふたりがどうしてニヤケ顔なのかわからない。

 やがてアワビの身の下から汁が噴き出た。

 それを見つめていた幸江が「ふふふ、出た出た」と言って、笑いながらそのアワビを箸で突いた。

「濡れたね。久乃にはわかるの?」

 明日美は涼しげな眼で久乃の顔を覗いた。

 顔の小さい久乃は何の話だかだんだん察しがついて、頬を赤くして下を向いた。

 久乃はいつか鏡で自分に具わっているものを見たことがある。そこを触ってみたり、弄くってみたこともあった。その時の様子といまの金網の上のアワビの状態とが似てなくもない。彼女もそんな年ごろだった。

 幸江は金網の上のアワビに醤油をたらす。


 女たちの上空では、先の丸い鼻を伸ばした赤天狗のお面が、怒張した顔で口をへの字に曲げて、岩場の彼女たちの許へ降りようかどいしようか迷っていた。


                 (了)

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雑話の小箱 大島ざらん @zaran_ooshima

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