閑話 リース
※リース視点
―――――
ああ、気持ちが悪い。
さっきオージェがデスファ侯爵様付きのメイドに連れられて部屋の外に出て行った。
もう少し側にいて欲しかった。そう思うけど、そういう訳にはいかないのも理解している。
私がオージェをここへ連れて来たのはゼペア商会の跡取りを連れて来なければと、デスファ侯爵から聞いたから。
最初は強引に連れて来る予定だった。最悪、抵抗されれば殺す可能性があると言っていたから咄嗟に私が連れて来ると宣言して、私がオージェを誘い出して連れてくることになった。
ゼペア商会については正直どうなってもいい。でも、オージェには死んでほしくなかった。
オージェの親が捕まったという話を聞いた時、母親の方が抵抗して殺されたことを知った。それを聞いて私がオージェを確保しに行ったのは間違っていなかったと思えた。オージェが抵抗するとは思えなかったけど、それは絶対じゃない。だから間違いじゃない。
オージェは私の事をちゃんと見てくれる。お父様やお母様みたいにお姉様ばかり気にして私の事を蔑ろにしない。たしかにお姉様は私よりいろいろなことが出来るし、私よりも上手く出来る。だからお父様やお母様がお姉様を注視していたのも理解している。でも年の差を考えたらそれは当たり前じゃないの? 何で同じことで比べられなきゃいけないのよ。
何かしらね。気分が悪いからかしら。嫌な事ばかり思い出すのは。
本当に気持ち悪い。
少し前からこういう日が増えて来た。何が原因なのかがわからない。
最初は緊張し続けているからと思っていたけど、そうでもなさそう。そもそも、私がデスファ侯爵様に叱られる前からこういう日があった。だから緊張していることが原因ではないと思う。
このソファを持って来てくれたことは本当に助かった。寝台の上で座っていると背もたれが欲しくなる。さっきみたいにオージェに寄りかかれる方が安心できるけど、それでも寄りかかるには少し不安定。寄りかかるだけなら椅子の方が安定するのよね。
気持ち悪いけど少しだけ眠くなってきたわ。
眠れそう。そう思えた時に部屋の中へメイドが3人ほど入って来た。
寝ていた方が楽だから寝たかったのだけど何かしらね。
そう不満に思っていると、デスファ侯爵家のメイド長がいくつか質問をして来た。さっきも質問して来たのだけど、何を知りたいのかしら。
質問に答えた後、メイド長から信じられない、いえその実、納得できるようなことを言われた。
妊娠の可能性がある? 誰が? ……私しかいない。うん。
ああでも、たしかに、たしかに。そう言われれば納得は出来る。
思い返してみればあれもここのところ来ていない。最初に質問された味覚の変化も少し前からある。気持ち悪くなるのもそうだし、いきなり眠くなるのもそうだ。
でもそうなら誰との子? ううん、決まっているオージェとの子。
私はオージェ以外とはしていないし、する気もない。
物を買ってくれないからとやけになっていたけれど、オージェの事を嫌いになった訳でもない。
……不安。
まだちゃんと産めるのかもわからないけど、親になるということが。それにオージェが受け入れてくれるのかもわからないから。
そんなことを考えている内にメイドたちは1人を残して部屋から出て行った。他の仕事があるからだろうけど、出来ればここに残っている1人も出て行って欲しかった。監視されているようで嫌だ。いえ、実際に監視も兼ねているのかもしれないわね。
しばらくしてオージェが戻って来た。それと同時に部屋に残っていたメイドが部屋の外に出て行った。これでちょっと安心できるわ。
オージェは戻って来るとすぐに私の元に来てくれた。私の体調を気にしている様子から心配してくれていたことも良くわかる。
これだけで少しだけ不安が軽くなった。
オージェが私の体調の事を聞いて来た。よくわからないけど、私が私の体調不良の原因を知っていることを把握しているみたいだ。
さっきこの部屋から出て行った時は、私と同じようにわからない感じだったのに何で? いえ、オージェが自分で気付けるとは思えないからたぶん他のメイドに私自身に聞け、とか言われたのかもしれない。
失礼だけど、はっきり言ってオージェは鈍い。本当に鈍感。些細なことはまず気付かない。私が綺麗な髪留めをしていても何も言ってこない。褒めてくれなかった。でも、ちゃんと見せれば褒めてくれるから、本当に鈍いだけだと思う。
そんなオージェだから気付くわけがないのだけど、答えないと駄目よね。
話そうと思ったら徐々に恥ずかしくなってきた。言おうとしてちょっと躊躇ったらオージェに笑われた。
その様子がすこしムカついたからオージェを叩いたけど、そんなに力が入らなかったからあまり意味が無かっただけかもしれない。
それと、恥ずかしさで熱くなっていた顔の所為なのかオージェは私の体調がまた悪くなったと思ったようで、私の額に手を当てて来た。
それから何度か言っては見たけれどオージェは聞き取れなかったみたい。さらにムカついてくる。何で私はこんなに恥ずかしい思いをしているのだろうか。
怒りのあまり勢い任せに妊娠していることを告げた。
勢い任せで声に出したせいで気持ち悪さがぶり返してきてしまったけれど、それを見てオージェはすぐに私の背中をさすってくれた。ただ、言葉の意味は呑み込めなかったのか、ほんの少しだけど呆けた表情をしていた。
そしてようやく飲み込めたのかオージェは誰の子なのかを聞いて来た。
嘘でしょう? この場には私とあなたしかいないのに他の人との子だったら、オージェに言う訳ないでしょうに。
ああでも、私が長くオージェの元に居なかったから疑われているのは理解できる。オージェからしてみれば私が居ない時、私が何をしていたかなんてわかる訳ないもの。
だから疑われるのは自業自得。……でも私ってそういう風に見えるのかしら。
貴方としかしていない。そう言っては見たけれどまだ疑われているみたい。逃げて欲しくない。そう思ってオージェの腕を掴んでいた手が震えてくる。
怖い。ここで拒絶されたら。そう思うとめまいがするし、吐き気が戻ってきている気がする。
するとオージェは私が掴んでいる腕とは反対の手で私の頭を撫でて来た。怖がっているのがわかったのかも、そう思ったけれど、どうやら違うみたい。チラッと確認してみたオージェの表情は何かを決意したのか引き締まっているように見えた。
あれから半年ほど時間が経った。
私のお腹も大きくなってそろそろ生まれそうな感じ。
あれからオージェは私の事を信じてくれた。すぐにとは言わなかったけれど、しっかり私の事を見てくれていた。たぶん時間をかけて私が言ったことが本当なのか、判断していたのだと思う。
「リース。大丈夫か?」
オージェが仕事の合間を縫って様子を見に来てくれる。
ゼペア商会はあの後、規模を縮小した。その関係で顧客の数が凄く減ったと言っていたけれど、今ではある程度安定してきているみたい。こうやって私の様子を見に来てくれるくらいには安定しているのだと思う。もしかしたら無理やり来ているだけなのかもしれないけれど、それでもこうやって心配してくれるのは純粋に嬉しい。
「お店の方は大丈夫なの?」
「ちょうど客が掃けたところだから」
「そう」
本当かしらね? 何か態度が変な気がするわ。
あの後、フィラジア子爵家とは一度も連絡を取っていない。お姉さまの方も同じく取っていない。それに取る気もない。だから私が妊娠したことは知らないだろうし、そろそろ生まれそうなことも知らないはず。
親不孝、と言えばそうだけど、何を言われようと連絡をする気はないの。
それに、おそらくあっちも気にしていないはずよ。昔から私のことなんて気にしてくれたことなんてなかったし。
ただ、これについてオージェに話した時の反応が少し気になっているのよね。まさか勝手に連絡を取り合っているのかも、って少し思ったのだけどそんな感じでもなさそう。
まあ、何でもいいわね。
とりあえず私は、私の事を信じてくれたオージェのために動くだけ。出来るだけ尽くしてあげるの。
私へ暖かな手を差し出してくれたのはオージェだけ。
だから何だってやれるし頑張れるのよ。
―――――
これにて本当に完結となります。
ここまで読んでくださった読者の皆様
本当にありがとうございました。
妹と不貞を働いた婚約者に婚約破棄を言い渡したら泣いて止めてくれと懇願された。…え? 何でもする? なら婚約破棄いたしましょう にがりの少なかった豆腐 @Tofu-with-little-bittern
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます