閑話 驚きと疑念
父さんが出て行ったあと、最後に何か言いたいことはあるか、と目の前の貴族に問われた。
俺はすぐに声を出せなかったけれど、いくつか質問をした。しかし、どうして俺がゼペア商会の跡を継ぐのか、という質問以外は答えてもらえなかった。まあ、言いたいことはあるか、と問われただけで質問していいとは言われていないのだから仕方がない。しかし、跡を継ぐ理由がその方が楽、という大雑把な理由だったことには力が抜けた。
質問に対する回答を貰った後、すぐに退出するよう求められた。納得は出来なかったが今後命の危険が無いことはわかったのでそれはよかった。そう思って使用人の指示で部屋から退出しようとした時にリースのことを聞かなければと、遅くなったが思い出した。
「すいません。今更で申し訳ないのですが」
退出する直前にそう声を出した俺に部屋の中に居た使用人たち全員から非難の視線を向けられた。使用人とは言え貴族の家に仕えている者たちの圧のある視線にたじろぐが、ここで聞かなければ今後聞くことは出来ないと意を決し言葉を続ける。
「あなたはリースに何をしたんですか」
そう言うとさらに使用人たちの非難の視線が強くなった気がした。いや、視線だけではなく表情に出ている使用人もいるようだ。
目の前の貴族は何も言葉を発しない。もう俺の言葉を聞くことはないという事なのか。
沈黙が続き、俺は緊張で額に脂汗が滲んでいているのがわかった。
「はぁ」
沈黙を破るように貴族が息を吐いた。
「私に質問する内容がすべて自分の事ばかりと思っていたが、そうではないようだ」
その言葉を聞いてこの貴族があの言葉から俺の人となりを確認していたことを知り、恐怖と不安で背中に汗がにじんだ。
「あれについては少しだけ私が灸をすえた。思いの外、効果があって驚いたがそれ以上のことはしていない」
「で、ですが、リースは今体調を崩すくらいに気を張っていて、それだけじゃないはず。それに俺を捕まえに行くように指示したのはあなたではないのですか」
「お前を確保しにいくと言い出したのはあれだ。私からは何も言っていない。体調の方は……まあ、自分からあれに聞け」
俺を捕まえると言い出したのはリース? それじゃあ、俺が捕まった原因はリースだったのか? それにしては部屋でのリースの様子はおかしいと思うのだが。
まだ納得できず、俺は反論しようとしたが、周囲に居る使用人の様子が剣呑な物に変わっている。これ以上すると周りにいる使用人たちが動き出しそうだ。そう判断して俺はそれ以上反論することは出来なかった。
部屋に戻るとリースの状態は少し良くなっているようだった。
ソファに深く腰掛け少しだけ顔色が良くなっているリースの様子を見て、俺は少しだけ安堵した。
しかし、この体調不良についてあの貴族はリースに聞けと言っていた。ということは、この体調不良についての原因をリースは知っているということになる。
本当に知っているのか、そう疑問に思ったけどまた体調が悪くなったら聞くのが難しいと判断し、思い切って聞いてみる。
「リース」
「なに」
「リースの体調不良の原因って何かわかるか?」
俺がそう聞くとリースの視線がすぐ横に逸れた。
言いづらい事なのか? 反応からしてわかっているようだけど、何時気付いたのだろう。俺が最初にリースの不調に気付いた時にはリースもわかっていなかったような様子だったのだけど、俺が居ない間に来た使用人に原因を調べて貰ったのだろうか。
「言いたくないならいいけど」
「え……あ……えっと」
「ふっ」
言いたくないけど、言わなければいけない、でも言いたくない。そんな感じの様子を見せたリースが少し滑稽に見えて少しだけ息が漏れてしまった。
「あいたっ。ご、ごめん」
笑われたことに腹を立てたのかリースが数回俺の事を叩いて来た。あまり痛みを感じないから本気ではないだろうけど、その様子に何時ものリースを感じて少しだけ安心した。
「笑ったのはごめん。でも体調が悪いならじっとしていた方が……」
「いい。今はもう収まってきているから」
「そうならいいけど」
見ている限りはそうだけど、まだ顔色は良いとは言えない。だから安静にして欲しいのだけど、いや今のは俺の所為か。
「本当に言いたくないなら言わなくていいんだよ?」
「…………るの」
「え? なんて?」
言わなくてもいい。そう言った直後にリースが凄く小さな声で何かを言った。最後の部分しか聞き取れなくて、もう一度言ってもらおうとするとリースの顔が真っ赤になっていることに気付いた。
今のやり取りで熱が上がってしまったのかもしれない。そう思いリースの額に手を添えてみる。
「リース。熱が上がって」
安静にしておいた方が良い。そう続けて言おうとしたところで額に伸ばしていた腕をリースが掴んで来た。
「リース?」
「……しんしているの」
「ん?」
「だから! 妊娠しているの! うっ」
なかなか聞き取らない俺に苛立ったのかリースが叫んだ。その拍子にまた吐き気が来たのか気持ち悪さからリースは呻いた。それを少しでも和らげようとリースの背中をさする。
……妊娠? 誰が? いや、他の誰かがそうなったとしてリースがいう訳がない。という事はリースが?
「え?」
脳が理解を拒んでいる。いや違うな。理解はした。リースは妊娠している。今日見た症状からしてあれは悪阻という事なのかもしれない。俺は詳しく知らないのではっきり断言することは出来ないけど、たぶんそう。
しかし、理解するそれ以上に誰の子だ? という疑問が浮かび続ける。
俺とリースは婚姻している。正式な夫婦。しかし、リースが学院を卒業してから俺のところに帰ってきたのはそう多くない。その時にしたことはあったが、他のところにいた期間が長い。それを考えると……
「誰との?」
「オージェとのに決まっているでしょう」
「いや、でも」
リースの言葉を否定するのは良くはないと思う。でも、今までのリースの行動から完全にその可能性を否定することも出来ない。
「まあ、オージェがそう思うのもわからなくはないのよ。でも、私だって好きだと思える相手以外とはしないわ。誰でもいいわけではないのよ」
「本当に?」
「ええ」
リースの言葉が本当かどうかは俺にはわからない。それが本当だったら嬉しいけど。
ああ、でもそう言えば、リースは人に触られるのはあまり好きじゃなかったな、と思い出した。最初に会った時は近付くことすら嫌がっていたな。何度か会う内にリースから近付いてくるようになったから忘れていたけれど、あまり人を信用する子ではなかったな。
それを考えればそうかもしれないと思う。ただ、完全に疑念を払拭することは出来ない。
今ここでリースの言葉を完全に信じることは出来ない。でも、信じたいとも思う。
すぐには無理でも時間をかけてゆっくり判断すればいいのだ。ゼペア商会の引継ぎでしばらくは忙しくなるけれど、その間に判断できればいい。
そう決断し俺はリースの頭を撫でた。
―――――
次話が最終話になります。最後はリース視点で終わりです
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