閑話 引継ぎと思い
使用人の女性はそう時間が経たない内に部屋に戻って来た。手には桶とタオル。
俺がリースの隣に居ることに少し嫌悪感を抱いたのか眉間に小さく皺を寄せていたが、リースの状態が先ほどよりも悪くなっていることに気付いて、眉間の皺が無くなった。しかし、それ以上に少し焦ったような
明らかに体調の悪いリースに俺と同じように横になるよう言っていたが、リースは首を横に振って拒否した。
何か変な誤解をされかねないと判断した俺は、リースが横にならない理由を伝える。それを聞いた使用人の女性は少し考えているような仕草をした後、いくつかリースに質問をしていた。
味覚の変化を聞くってことは風邪でも疑っていたのだろうか。
そして、またすぐに部屋を出て行くと今度はもう1人別の使用人、少し年を取っている女性を連れて来た。
その使用人は触診してリースの状態をいくらか確認すると最初に来た使用人に対して指示を出す。その様子からしてこの使用人は上位の存在、もしかしたらメイド長とかそんな立場の人なのかもしれない。
また使用人が部屋からいなくなりしばらくリースの様子を見守っていると、今度は大き目の椅子、それも背もたれが有るようなソファが部屋に運び込まれて来た。
どうしてこんなものを、と思ったけれどすぐにリースをこの椅子に座らせるようにと指示され、座っているなら寝台よりも背もたれのある方が良いな、と理解することが出来た。
いきなりリースに対する対応が良くなったことに少しだけ疑問をもったが、良くなる分には問題はないなと判断した。
少ししたところで何故か俺だけ別の場所に呼び出された。部屋に残るリースの事が心配だったが、俺が居ない間は使用人が残るという事だったので渋々俺は呼び出しの指示に従った。
屋敷の使用人の後について行くと何やら豪華な装飾を施されている部屋に通された。普段使いしているような場所ではなかったので応接室か客間か、少なくとも普通なら俺が通されるような場所ではない。
中に入るとそこには目つきの鋭い初老の男と何故かここ数日見ていなかった父さんが居た。
俺とは違い父さんの腕には枷が嵌められ、その表情は憔悴しきり何を見つめているのかわからなかった。
そしてその部屋の中で話された内容は、何故か俺がゼペア商会を継ぐことになる事。今まで取り込んだ商会を元の状態に戻し、ゼペア商会の規模を縮小する事だった。
今まで強引に商会を拡大していったことがこの貴族に取って目障りだったのだろうか。それならさっさと商会を潰せばいいだけなのに、何故おれに後を継がせるような事をするのか。その理由が聞きたいけど下手な事を聞けばどうなるのかはわからない。
大体の話しを聞いたところで父さんの様子を伺ってみる。
話しの通りに進めば、父さんたちは排除されることになるはずだ。それがどのような形になるかはわからない。ただ、手枷を嵌められている状態から察するにあまりいい事にはならないだろう。
再度見た父さんの状態は最初から殆ど変わっていなかった。もしかしたらこの後どうなるのかを知っているのかもしれない。
それにこの場に母さんがいないことが気になる。同時期に見なくなったことから父さんと一緒に居たはずだけど、ここに居ないという事は他の場所に居るという事なのか。
許可を取って父さんに話しかけると、母さんはもう居ない、と返された。
それを聞いて俺の背筋が凍った。
父さんの言葉からして、この場に居ない、という意味ではないだろう。だとすれば既に死んでいるということ。すこしだけ吐き気がする。
使用人や目の前の貴族の様子を窺う。直接的な言葉を使っていないけれど、人が死んだということは伝わっているはずだが、誰一人表情を変えていなかった。
それを見てさらに背筋が凍った。当たり前のように人殺しがある。それが貴族なのか?
それから、父さんからゼペア商会の会長職を受け継ぐための書類を出され、それに同意した。どうしてこの場にこのような書類だけでなく父さんと俺の印があるのだろうか。いや、最初からそうするつもりで動いていたということか。それに俺が捕まった理由もこれをするための物だったのだろう。
そして俺が同意すると同時に父さん部屋から連れていかれた。どうしてかもう会えないような気がして、俺は父さんの背中に向かってこれまで育ててくれた感謝の意を伝えた。父さんは何も言葉を発することはなかったけれど、少しだけ足を止めてこちらに顔を向けると俺の事を見て来た。
すぐに部屋から出て行ってしまったからそれ以上のことはわからなかったけれど、足を止めてくれたという事はしっかり伝わったということだと思いたい。
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