閑話 体調不良

 

 ※この話は章立て:あれこれの結末:閑話 打ち砕かれる の後の話になります。

 また、時系列的に前閑話の直後の話でもあります。


 ―――――


 昨日、リースの呼び出しによって捕まった後、デスファ侯爵家の屋敷に連れて来られた。

 よそ者に余計な部屋を貸したくないのか、俺はリースが一時的に使っているという部屋に通されて、そこで過ごしている。


 俺をここに来ることになった元凶であるリースは、自分が使っている寝台の縁に腰掛けて軽くうつむいたままじっとしている。そんな感じで俺がここに来てからずっと大人しい。


 俺の知っているリースじゃないみたいだ。


 何かあったのかもしれない。いや、こうもおとなしくなっているという事は何かがあったことは確実だろう。


 この家の誰かに何かされたのか。そう言えば、ここに来る前の移動中からリースの様子はおかしかった。周りにいる人たちを警戒しているようだったし、俺を追い詰めて来た時の様子から大分違う感じだった。


「リース?」


 声を掛けてみたけどこちらを見ただけで何か言葉を出すことはなかった。さっき、この屋敷の使用人を呼んだ時は普通に話していたのにどうしてなのか。


 様子を確かめるために少しだけリースに近付いてみる。

 リースは俺が近付いて来て来た音に気付いたのか、少しだけ顔を上げた。そして俺を見た瞬間少しだけ体を強張らせたように見えた。


「リース?」

「……何」


 もう一度声を掛けたら反応が返ってきた。それでもいつもならもう少しはっきりとした口調で話していたはずのリースの声ではなく、無理やり引き出して出したような声だった。

 それにさっきまでうつむいていたからわからなかったけど、リースの顔色が悪いことに気付いた。


「体調、悪いのか?」


 あまりリースを刺激しないようにゆっくりと近付く。そしてしゃがんでからリースの顔を覗き込む。


「何よ」

「やっぱり、顔色凄く悪いぞ」

「そう」


 声に覇気がない。いつもだったらこうやって近付けばもう少し反応が返ってくるはずなのにそれが一切ない。足蹴にもしてこないのは相当体調が悪いのだろう。

 今更ながら、リースの反応から体調の良し悪しを確認している俺は何なのだろうか。


「体調が悪いなら横になっていた方が良いんじゃないか?」


 寝台に腰掛けているのだから横になるのは簡単なはずだ。


「寝ると余計に気持ち悪くなるから嫌」

「……気持ち悪いのか」


 普通なら横になれば多少は楽になるはずなんだけど、悪化するならやらない方が良いか。

 しかし、気分が悪いとなれば長期間緊張していたりするとなることが有るから、その所為か? 俺がここに来てからの状況だけでも常に気を張っているような感じだったし、それが原因かもしれない。


「吐きそう」

「えっ!?」


 リースが突然そう言い出した。見るとさっきよりも顔色が悪い。本当に吐きそうなのかもしれない。

 どうしたらいいのか。周りには吐き出してしまった時に受け止められるような物はない。下手に部屋を汚すのは問題になるかもしれない。これは俺の服で受け止めた方が良いのか?


 そう考えたところ、偶然にも部屋の外からドアを叩く音が響いた。


「入ってもよろしいですか?」


 声からしてさっきリースが話をしていた使用人のようだ。俺はすぐに入室の許可を出した。


「失礼します。先ほどの件で旦那様から――」

「すいません。その前にちょっと」


 おそらくさっきリースと話していた事についてだろうけれど、それを遮って声を掛ける。


「リースの体調が優れないようで、吐きそうだと。あの、ええと、何か受け止められるような何かを先に用意してもらえませんか?」


 俺がそう言うと部屋に入ってきた使用人の女性は少しだけ疑うような視線を俺に向けた後、リースの事を確認した。


「少々お待ちください。すぐに戻ります」


 明らかにリースの体調が悪い事を理解したようで使用人の女性はすぐに部屋から出て行った。

 これで大丈夫だろう。いや、あの使用人が戻る前に吐いてしまったら意味はないか。


「リース。俺が隣に座っても大丈夫か?」


 さっきも少しだけ体を強張らせていたのだから、もしかしたら嫌がるかもしれないと思い、一応確認してみる。


 リースは少しだけ考えたのかすぐには返事をしなかったけれど、頷き了承の意を示してきた。それを確認した後、俺はリースの隣に腰掛け、少しでも楽になるようにとリースの背中をさすることにした。


 俺が背中をさすろうとした瞬間、リースの体がまた強張ったけれどすぐにそれは取れ、隣の俺の方へ少しずつ体を横たえて来た。


 背中が熱い、横たえて来たからよくわかるけど体温が高くなっているのがわかる。これなら風邪かもしれない。いや、でも横になると悪化するというから違うのか?


 そう思っている間にもリースはどんどん俺の方へ寄りかかって来る。しっかりと支えるために体勢を変える。


 よく見るとリースの額には汗がにじんでいる。タオルなどが在ればいいのだけど近くにそんなものはないので、俺の服で拭う。あれ、思ったほど額は熱くないな。

 だが息は荒い。うーん、これは気持ち悪さからきているのだろうか。


 リースは本当に体調が悪いようで力なく俺に寄りかかっている。

 見る限りの症状が風邪とは思えないから、やっぱり長期間緊張していたからの不調だろう。


 こんな状態になるまでリースの事を追い詰めたのかと、まだ見たことのないこの家の当主に対して沸々と怒りが湧いて来た。

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