閑話 デスファ侯爵

 

「旦那様」

「何だ」


 ある屋敷の執務室。主である当主に声を掛けた執事は張り詰めた雰囲気の中、短く言葉を返されたことで少し気圧されたが、意を決しさらに問う。


「あのば、いえ、あの女性はあのまま放置してもよろしいのですか?」


 執事が言い留めた言葉を理解しながらこの家の当主は大きくため息を吐く。その結果、張り詰めていた部屋の雰囲気が少しだけ和らいだ。


「あれは放っておけ。基本口うるさいだけで、こちらから言えばどうとでもなる」

「しかし、旦那様にあれほどなれなれしくするのは放置できません。他の使用人に示しが尽きませんし、デスファ家よりも下位の出の者なので監禁でもよろしいと思うのですが」


 あれ、と呼ばれた女性の事を思い出しているのか執事は少しだけ苦い表情になった。


「そうすれば余計うるさくなるだけだろう。こちらに害は出ないだろうが、地下牢に付いている者のことを考慮すれば難しい選択だ。それにあれが勝手に動いてくれていた方が付け入る隙が増えるというものだ」

「そうですか」

「まあ、既にくぎは刺している。そのような心配はいらんよ。それに加え複数監視に付けておるから問題なかろう」

「そうでしたか」


 当主はそう言うと机の上に置いてあったカップに入っている紅茶を口に含み、その後大きく息を吐いた。


「とりあえずその話は良いだろう。あれには後で話しをするとしてナルアス辺境伯の方へ手紙はしっかり送ったか?」

「はい。あの家の執事の方へ直接手渡しいたしました」

「ならよい」

「……指示通りあの家の執事に中身の確認をして良いと伝えましたが、本当に良かったのですか?」


 少しだけ腑に落ちないといった表情をしている執事が当主に問う。それを鼻で笑うかのように当主は息を吐いた。


「構わん。そもそもこちらの計画は関係している辺境伯であるナルアス家にも伝える必要がある。あの現当主が1人で行えるものではない以上、その執事も遠からず知ることになるだろう。許可したところで順序が変わるだけだ。読むことになるのが前の執事長だったらさすがに許可は出さんが」

「それは良かったです」


 あの情報を読むことを執事であれば誰だろうと構わない。そう当主が思っていないことを理解して執事は安堵した。


 ナルアス家に渡した情報は国の機密情報を含んでいるのだ。それをナルアス辺境伯はデスファ家の家名を見ればすぐにわかるだろうが、他の者が見ればそうは思わないだろう。下手な者に渡し、その中身を勝手に確認されてしてしまえば情報が漏れる危険性が格段に上がる。執事はそれを危惧していたのだ。


「今あの家は仕えている者が少ない。辺境伯家が弱るのは良くないが、ある意味あれを渡すのに好都合な状態だ」

「……そうでしたね」


 たしかに関わる人数が減ればそれだけ情報が漏れる危険性は減る。

 先代に使えていた執事長が更迭されたのは割と有名な話だ。ナルアス辺境伯家からすれば漏らしたくない情報だっただろうが、新しく入れた執事長は貴族院から派遣された者だ。愚鈍な貴族でなければ把握は出来るだろう。それに伴い多くの使用人も減ったのだが、その情報を知っている者はそう多くはないが。


「デスファ家の役割が漏れる可能性が低いのはいい事です」

「安易に漏らしてしまえば私の首が飛ぶ。さすがにその辺りは慎重にやっておるわ」


 国民や他の貴族からデスファ家の印象が悪いことはこの家に仕えている者の大半は理解している。しかし、本当の意味でデスファ侯爵家が存在する意味を理解している者は仕えている者どころか、国の中でも少数だ。


 この執事もそのことを重々承知しているため当主の言葉を冗談ではなくしっかりと受け止めている。


「ん?」


 執務室の呼び鈴がなったことで当主は視線を執務室の扉へ向け、呼び鈴を鳴らした者に入ってよいと伝えるベルを鳴らした。


「失礼します」

「何用だ?」

「リース様がこれからどうするのかと」


 前日、リースに指示を出してゼペア家の跡取りである息子を確保しに向かわせ、確保に成功したがその後の指示を出していない事を当主は思い出した。


 既にゼペア商会の会長は地下牢に入れてある。予定よりも少し早いが先に進めても問題はないだろう。

 そう当主は判断し言葉を出す。


「待機させておけ。後で私が向かう」

「旦那様!?」


 横で様子を伺っていた執事が驚きで声を上げる。それを当主は手で制す。


「どの道、あのゼペアの息子にはこちらから話をしなければならん。それが少しだけ早くなるだけだ」

「あなたから離す必要は無いはずです」

「いや、今後、あの小娘が暴走しないためにも私が直接脅す必要がある」

「ですが……」

「中途半端な手を打てば後の破綻に繋がる。それは我が家としても避けるべきことだ。これはそのための一手に過ぎん」

「そうですか」


 当主と件の女性を合わせたくなかった執事だったが、当主の言葉に納得したのか諦めたのか、それ以上は口を出すことはなかった。


「とりあえず、今から準備を進める。他の者にも伝えておけ」

「了解しました」


 先ほど入って来た者がいなくなると、当主は座っている椅子の背もたれに深く体を預けた。

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