閑話 天国から地獄へ

 

「ふほ、ふほほ」


 人目に付かないよう木々の間を通り抜け、近くの街道を目指しながら手に持った革袋に詰められた硬貨をいじくる。


 ああ、ああ。天は私に味方してくれている。

 流行り病の所為で取引量が減った時はどうなるかと思えば、辺境伯に仕えている者からこのような申し出があるとは。


 こうもあっさりことが運ぶと笑いが止まらぬ。


 さて、この硬貨で何をしようか。私は革袋の中身を見ながら考える。


 女を買うか? 物を買うか? これだけあればどちらも行けるか?


「っ!? くっ!」


 地面に落ちていた岩に足を取られかけた。ああ、靴が汚れた。これだから外を歩くのは嫌なのだ。しかし、他の者にこれを任せれば仕事として金を払わねばならん。秘密裏に金を抜かれかねない。

 やはり他の者にこれを任せることは出来ないな。


 ああ、そうだ。靴を買おう。汚れてしまった靴を綺麗にしなくては。街道を出れば止めていた馬車がある。それで近くの町に行き靴を買おう。


 妻に渡す分は残った半分で良いい。他の者には口止めとして少し握らせればどうともなる。


 ああ、次の交渉は何時だ。毎日のように足を運んで受け取りに行くのもいいかもしれない。次はそう提案しよう。




「レセンダル伯爵。宜しいかな?」


 我が家の前、私の目の前に騎士団が居る。国を守る騎士団だ。

 何故ここに、私の前に居る? 私が何かやったか?


「今は忙しい、もう少し時間が経ったら来てくれ」


 わからん。わからんが面倒な事だな。ああ、今日は返って二度と来ないでくれ。お前たちの仕事は国を守る事だろうに。


「そうはいきません」

「何故だ」


 さっさと帰ってくれ。


「レセンダル伯爵。貴方にはナルアス辺境伯関係者との不正取引の疑いが掛かっています」

「……何だそれは」


 何故だ。何故それが……まさか、あの執事がバラしたのか!? 私を売りおったのか!?

 最近、連絡が途絶えていたと思えば、あの無能め!


「ここで話を聞くのは何ですので近くにある騎士団の詰所へ移動しましょう」

「……その必要は無かろう」


 目の前にいる騎士団にわからないよう、後ろに居る執事に私の部屋にある書類を処分するよう指示を出す。証拠が無ければ問題はない。後であの執事がこちらに罪を擦り付けたような証拠をでっち上げればいいのだから。


「ああ、それと今から屋敷の中の捜索を行いますから、変な指示を出さないようにお願いしますね」


 バレている? 指示を出した執事は後ろに居るため、見ることは出来ない。上手く行っているのか?

 そう思ったが、後ろから誰かが取り押さえられたよう音がした。

 どうする。このままではあのナルアス家の執事に罪を擦り付けられてしまうではないか。この騒ぎを知った妻がどうにかするかもしれんが、あれは自分の事しか考えておらん。無駄な期待するのは駄目か。


「先に指示されていた者は、すぐに屋敷の中を調査してきなさい」


 私と話していた騎士の後ろの方に待機していた騎士たちと、それに追従していた文官と思われる者たちが無理やり屋敷の中へ押し入っていく。


「たかが騎士が勝手に私の屋敷に入って行くな!」


 屋敷への侵入を止めようと声を出すが、騎士たちは私の言葉を無視して屋敷の中へ入って行く。まずい、このままでは書類が見つかる。


 あの執事に変な言いがかりを掛けられた際の証拠として放置していたのがこうも裏目に出るとは。これなら余計な事を考えずにさっさと処分しておけばよかった。


「騎士団は勝手に貴族の屋敷へ入る事が罪だと知らないのか!」

「ああ、それでしたらこれを」


 私が怒鳴っているというに涼しい顔をしている騎士が書類を1枚渡してきた。


「なんだ、これはっ!?」


 手渡された書類は王宮からの命令書。レセンダル伯爵家の屋敷の捜索許可と私の強制連行を許可する内容の書面。捏造が不可能な王宮印が押されている正式な書面。


「ああ、ああぁ」


 既に私は逃げることなどできなかった。これが出ているという事は既にあの執事との取引は明るみに出ていて証拠もあるのだろう。

 それを理解して私は力なく地面にへたりこんだ。


「それではレセンダル伯爵。ご同行を」


 騎士はそう言うと強引に私の腕をつかみ立たせる。


「他の一族の者もこの後移動させますので安心してください」


 安心できる訳がない。連れていかれたら逃げることも出来ないのだ。妻や子が居たところで安心できる物ではないのだ。


 そう思い絶望の中、私は騎士団が用意していた護送用の馬車に乗り騎士団の詰所へ移動した。そしてその日の内に罪人として王都への移動が決定していた。


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