二回目の異世界で溺愛されています

菜花

溺愛世界

 私は橋谷泉。16歳。ある日突然日本の通学路から異世界の王宮に飛ばされて――そこで溺愛されています。


「……ようこそ、お出で下さいました。聖女様」


 最初、そう言って銀髪の美青年が頭を下げた時には何かのドッキリかと思った。自分はこんなイケメンに頭を下げられるような身分では断じてない。そもそもここはどこだろう。学校からの帰り道に急に暗くなったと思ったら、何かに引きずり込まれるような感覚がして……。


「混乱されるのも無理はありません。ですが今から話すことは事実。貴方は我々の神によりこの世界に導かれ、ここで生きていく定めなのです」


 それを聞いて嬉しいと感じる程度には、私は元の世界に愛着が無かった。

 学校に行けば机中に『泉ブス!学校くんな!』 と落書きされ、家に変えれば父親も母親も浮気相手のところに入り浸りで一人ぼっちの日々。たまに帰ってきた両親は私の顔を見るなり「あんたさえいなければ離婚できるのに」 とぼやいた。ここではないどこかへ行きたいとずっと思っていた。

 けど、こんな都合の良い話がある訳ない。きっと夢だ。そう思ったから、私は二つ返事で了承した。


 ――それからはRPGみたいにどこかに旅でもするのかなと思ったけど、その日から贅沢ともいえる日々が始まった。

 朝起きたら当然のように侍女が控えていて、今まで見たことないような綺麗な服に着替えさせてくれる。そして朝食は、今までは自分で自分のお小遣いから材料を買って、毎朝目玉焼きとか卵料理作ってたのに、一流の料理人が作った豪華な料理をこれでもかと提供される。午前中は簡単な勉強をしなければいけないけど、魔法とか王家のあれこれとか中二心をくすぐられるワードが満載で、生まれて初めて勉強を楽しいと思えた。そして午後は……。


 その前に話さなければいけないことが一つ。王家には三人の王子がいた。

 この世界に来て真っ先に紹介された三人。


 長男アロイス――最初の銀髪の人だ。そして次男バディスト。三男クレマン。

 もしかして平安時代の斎宮的な役割でも持ってる人達なんだろうか。そうでなければ異世界人の少女になんて間違いがあっても困るし紹介しないよねと思っていた。けれど王はこう言った。


「この世界での貴方の役目は、出来るだけ長く生き、そして子孫を残すこと。その相手は貴方の気に入った人間で構わないが、神に選ばれし聖女が市井の者と結ばれても王家としては困る。できれば我が息子達から選んでもらいたい」


 こんな上げ膳据え膳な異世界トリップがあるだろうか。だから一か月くらいは夢を見ているんだと思っていた。

 けどひと月も続けば夢じゃないと分かる。何より……。


 今日はアロイスとのデートの日。午後は親交を深めるという目的で王家所蔵の美術館だの博物館だのあちこち二人でまわっている。まわっているといっても、全部王宮内にあるから徒歩五分もかからない。


「泉、疲れていませんか」

「いいえ全然。アロイス様こそ大丈夫ですか?」

「私は全く。……やはり、貴方は優しいですね」


 見目麗しい王子と美しさはともかく着飾って服は優美な私。まあまあ絵になる光景だと思うし、人が羨む状況……。

 なのだろうか。10分置きにこの会話してるんだよね。アロイス王子が心配性なのかと思ったけどバディスト王子もクレマン王子も。王族って心配性なの? それとも私ってそんな身体が弱そうに見えるの??

 王子様と恋愛なんてロマンチック……と思ったのも最初だけ。子作りが推奨されているんだから義務感が強い。そうなるとロマンとかよりデートしててもこの人将来大丈夫そう? って品定めする目つきになってしまう。だって産むの私だし。ぶっきらぼうよりはいいけど異常に心配性なのもどうなんだろう。

 でも何より相手の意向だよね。いくら神様の命令っていっても私と結婚って内心嫌じゃないのかな? と思う。正直私だったらある日突然宇宙人と結婚しろと言われても勘弁してよって思うし……。

 上手く隠してるのかもしれないけど、王子たちはみんな嫌そうな感じは見えない。むしろ選んでくれたら嬉しい、と全員乗り気のように思える。

 異世界人との結婚は割とよくあることらしいし、私の選んだ夫が次の王で産んだ息子が次の王太子になるというから嫌がる理由は無いのかもしれない。最も私の性格が合わないと言われたらアウトだっただろうけど。

 けどどうしてだろう。

『みんな何か隠してる』

 そう感じるのは。


 きっかけはバディスト王子とクレマン王子の会話をこっそり聞いてしまったことからだ。侍女達と中庭でかくれんぼしていたら、隠れた先に二人がやってきて真剣な様子で何かを話し合っていた。


「……泉様の……今度は……」

「二回目だから……神の……」

「……何も知らないままの……」

「そう、知らない……」


 自分の名前が真っ先に出たものだから出るに出れずそのまま二人が去るまで隠れていた。あと王族の会話の盗み聞きなんてばれるほうが面倒そうだし。


 鬼役の侍女の元へ向かいながら私は考えていた。

 『何も知らない』 ってなんだろう。異世界人なんだから何も知らないの当たり前じゃない。

 いやそれより……二回目って何のことだろう。異世界人の私はこの世界のことは何もかも初めてで、二回目って言われるようなことは何もない。前に異世界人が来たこと? いや、確かに私のことを言われていた。でも私のことなら尚更二回目って何なんだろう。

 色々知りたくても未来の王妃がこれっぽっちの勉強でいいの? ってくらいしか教えてくれないの王家のほうだよね?

 知らせないようにしているのに知らないことに安堵しているような。

 何を、隠しているの? 私は何を知らないっていうの? でも王宮内にいたんじゃ知ろうとしても限界が……。



 数週間後、侍女の中に最近入ってきたばかりの子がいた。名前はイネス。

 私より若い15歳で、何というか聖女の侍女にしてはきゃぴきゃぴしている。何でこんな子が入ってきたかというと、前に居た子が身体を壊してしまい急遽代わりが必要になったから。それに乗じて私が話の合う年の近い子がほしいと駄々こねたから。


「泉様って優しい! 平民出身の私が聖女の側仕えなんてこれは滅多にないことですよ!」

「イネスって平民出身なのね」

「はい! うふふ。聖女様の知らないことだっていっぱい知ってますよ? 何でも聞いてくださいね」


 元の世界じゃ私も平民だったからその辺りはあまり興味がない。私が気になっているのは……。


「イネス……こっそり王宮の外に出られないかしら?」

「え!?」

「シッ。声が大きい。……ここに来てからもう三カ月。王宮の外に出たことがないの。王宮以外知らない人間が王妃になるなんて聞いたら貴方納得できる? お願い。私はこの目でこの世界を見たいの」


 イネスは単純だった。

 この私が聖女に世間というものを教えるのだと意気込んで外に連れ出してくれた。イネスの用意した平民服に身を包み、警備の合間を縫って外に飛び出す。息を切らして走った先には王宮よりずっと生活感のある街並みがあった。


 

「どうですか? 我がユーゼル国の王都は?」

「綺麗……塵一つ落ちてないのね」


 何となく中世から近世のヨーロッパみたいだと思っていたから、そこらへんに糞とか落ちてたらどうしようと思っていたけど、思いのほか綺麗なところだった。


「まあこの辺りはまだ上流階級の住む地区ですからね。もうちょっと王都の隅とか行くとゴミゴミしたところがあるんですけど、さすがにそこまではお連れ出来ませんね」

「そうね。流石に怖いから。……ん? 何か、向こうが騒がしいわね」

 王都の中心っぽい場所。何やら人が集まって騒いでいた。

「ああ、今日は広場でイベントがあるんでした。見に行きます?」

「興味あるわ。お願いできる?」

「はーい!」


 この時の私は知らなかった。てっきり大道芸人でも来てるのかと思っていた。


「聖女を騙した稀代の悪人神官! ダミアンの公開処刑がもうすぐだよ! さあさあ良い席で見るならお早めに!」


 気のせいでなければ処刑って聞こえたような気がしたんだけど。え、処刑? 公開で?


「わあ、処刑が見られるなんてついてますねえ。人気だからすぐ混むんですよ。さあ泉様、前のほうに行きましょう」

「え? あの、処刑? 広場で?」

「はい。死罪になるような悪人の処刑はこうやって広場で行うんですよ。聖女様の世界では悪人がいないからピンと来ませんか?」

「いや私の世界でも普通に悪人はいるけど……え、処刑を一般人が見るの?」

「はい。人気ですよ。屋台も沢山出てて、賑やかだから私好きなんですよねー。あ、泉様、屋台とか知ってます? チープな味が美味しいんですよ~」

 人が死ぬさまを見ながら食べられるのか。そう言いたいのをぐっとこらえて泉はイネスに問いただした。私は異世界人だ、この世界の常識など持っていない、だから無闇に責めないようにと必死に。


「あの……どのあたりが楽しくて処刑を見るの? しかもそんなものを大々的に行うって……」

「??? だって、処刑ですよ? 悪いことをした人ですよ? それも公開処刑になる人なんて放火か五人以上殺したか外患誘致罪クラスのことをしたかです。そんな人が誰にも知られずひっそり死ぬなんてそれこそおかしいじゃないですか。悪人は最後まで叩かれるべきなんですよ。子供にも悪いことしたらどうなるかって良い教訓になりますし。なにより悪人が死ぬところって見ててスカっとするじゃないですか。悪がこの世から一つ消えた! って。あと悪人が死に際にみっともなく喚くのってすっごく面白いですよ。皆そう思ってるからこんなに賑わってるんじゃないですか」


 狂ってる。思わず泉はそう心の中でつぶやいた。

 けどしょせん自分は異世界人だ。この世の常識となっていることに異を唱える気はない。ただ……。


「このダミアンは自分の孫娘を王妃にせんと罪無き聖女を陥れた。これは神の意思に逆らうことを意味する。議論の余地なく死刑だ!」


 泉はダミアンという男に会ったことなどない。話したこともない。この世界に来てから上流階級の仲間入りして元の世界以上の暮らしをしている。陥れたなど濡れ衣だ。冤罪と分かっていて見過ごせなかった。イネスを振り切ってまで処刑人のもとへ走る。


「待って! 私はその人に何もされていません!」


 人の波を縫って処刑人のもとにたどり着いた泉。群衆も処刑人もなんだこいつは、という目で泉を見る。

 ただ言うだけでは信じてもらえるわけがないと泉は万が一の備えて持ってきていた王家の紋章の入ったブローチを見せた。


「こ、これは王家の……誰か確認の使者を!」


 とにかく処刑は中断できた。あとは来てくれた人に事情を説明すれば……。そこでちらりと火刑になろうとして巨大な棒にくくりつけられているダミアンを見る。

 彼は既に白髪の老体で、獄中生活が酷かったのかやつれきっていた。そんな人まで処刑するなんて絶対間違っていると泉は確信する。せめて縄をほどいてあげられないかと見ると、ダミアンが口をはくはくと動かしていた。聞こえる距離まで近づこうとして、知った。舌が切り取られている。

 事故か、刑の一環なのか、自分でやったのか。分からないけどこれでは話が聞けない。そこでやっと追いついたイネスにダミアンのことを話す。


「え、舌が切り取られているんですか? 珍しいですね。普通は断末魔を庶民に聞かせるために切ったりしないんですけど。何か話したら困るようなことでも知ってたんでしょうか?」


 ぞわりと背筋が泡立つ思いをした。聖女、そんな風に呼ばれるのは私しかいない。ダミアンは私を陥れて処刑になった。けど陥れられた覚えなんか私にはない。……どういうことなの?


 やがて王家の使者がやってきて事情を説明した。ダミアンは無実であると。

 群衆には慈悲深い聖女が罪を犯した者をお許しになったと話して解散となった。大半は納得していたが、それでも処刑が楽しみだったらしい何人かがぶーたれているのは流石に私の耳にも入ったけど。



 ともかくダミアンは一旦王城の地下室に幽閉されることになった。


「大丈夫ですか? アロイスに医者を呼ぶように言いましたから、もう大丈夫ですよ」


 泉のその言葉にダミアンは泣きながら口を動かしていた。何か伝えたいことがあるのかもしれない。口が駄目なら手で、と泉は思ってイネスに紙とペンを持ってこさせる。ダミアンは鉄格子の隙間からそれを受け取ると、しばらくさらさらと何事かを書いていた。やがて書き終わるとそれを泉に渡した。

 困ったことに泉はこの世界の言葉は話せても文字は読めないのだ。勉強量を増やして覚えようと固く決意し、その場を去る。勝手に外に出たことで色んな人に迷惑をかけてしまった。ダミアンは心配だけどこれ以上の勝手は出来ないのだ。


 ――その数時間後、アロイスがダミアン一人しかいない独房に医者を連れてやってきた。

 医者から渡された薬品をコップに移し、それをダミアンに渡した。


「分かっているだろう? 毒だ。飲め」


 ダミアンはほろほろと涙を流して力無く首を振った。


「聖女が庇ったからと勘違いするな。お前は間違いなく泉を裏切って殺した。――最初の人生で」


 ダミアンが項垂れた。ぶるぶると震えている。図星をつかれて苦しむ人間のように。


「先に一族郎党処刑してやったのに自分だけ生きようとするのか? 浅ましいな。ああ、そうだ。お前の孫――お前が私の正妻にするはずだった女、処刑の時には最後まで『聖女様、ごめんなさい』と謝っていたそうだ。お前のせいななのにな。それに比べて元凶のお前はどうなんだ? 恥を知るなら今すぐ命を絶て、ダミアン」


 その言葉でダミアンの最後の糸が切れたのか、彼は薬を受け取り、一気に喉に流し込み、ぱたりと倒れて二度と起き上がらなかった。

 動かないのを確認してアロイスは外へ出る。

「これでいいんだ。泉を傷つける者は全て排除するべきなんだ。もう二度と彼女を傷つけはしない……」

 そうぶつぶつと呟きながら。



 泉はその後、地下牢に行こうとしても止められ厳しい監視がつき、事の真相を知るにはダミアンが書いたこのノートの文章を解読するしかなかった。誰かに聞こうとしてもあの時一緒だったイネスはどこかに飛ばされて連絡すら出来ない。ダミアンの存在に何があるというんだろう? ノートの存在を知られないようにして必死に翻訳した。

 解読には数年かかった。その頃には王子の一人と婚約し、結婚式も間近になっていた。



 ダミアンがノートに書いた文章はこうだった。



『泉様。今の貴方は何も知らないでしょうが、この世界は二回目です。

 最初の人生で、私は貴方を嵌めました。孫娘を王妃にしたかったのです。これは言い訳のしようもなく私が愚かでした。

 この世界は定期的にマナ不足となり、異世界からマナの豊富な人間を連れてくる必要があるのです。一番御しやすいということで少女が選ばれることが多いようでした。

 少女にこの世界の王妃にする、とでも言えば、大抵の少女は拒みません。世界にはマナが増え、少女は王妃になる。双方得する行為でした。

 けれど私は納得がいきませんでした。良い待遇だけさせてればいいのに王妃になど、それは異世界人の王家乗っ取りではないかと義憤に駆られていました。

 そこで私は神官の立場を利用して嘘のお告げを言いました。次に来る少女はただの生贄だ。なるべく苦しめて殺すようにと。

 そうすれば神も次の少女などよこさないと思ったのです。そしてもっと他の方法を考えてくれるだろうと思っていました。

 前回貴方がどんな風に死んだかは、貴方が薄々感づいているように他の人達の態度で予想がつくでしょう。

 そして貴方の死と同時に、神の裁きが下された。この世界は一瞬で作物は枯れ、水が干上がりました。

 神はどうして私の遣わした子を殺したのだ、それもあんな惨い方法で、とお怒りでした。

 私は王家の尊厳のためですと神にも王家にも言いましたが、そんなもの認められるはずもございません。

 世界は一度滅んだのです。

 しかし神は時間を巻き戻しました。このままでは貴方様があまりにも哀れだと思われたのかもしれません。

 今度こそは聖女を幸せにするようにと仰せになり、全ては貴方様の来る直前に戻りました。

 ただし一回目の記憶を関係者全員に留め置かせました。罰なのでしょう。ただ貴方にだけは記憶を持ち越させませんでした。神の慈悲なのでしょう。

 二回目では全てが貴方に優しい世界となっていて、私はホッとしました。罪が無かったことになったように思えたから。

 けど実際はそうはなりません。王家の方は全員覚えているのですから。

 あれよあれよと私は投獄されひと月で処刑が決まりました。考えれば一回目では世界を滅ぼした張本人。許されるはずがありません。神に逆らいながら神に甘えきっていた私が全て悪いのです。

 これがおそらく貴方様が気になっていたことでしょう。ええ、私を見る貴方様の目はこの世界の違和感を知りたがっているようにしか思えなかった。

 泉様。どうか今回は幸せにおなりください。この爺のことなど忘れて』


 泉はパタンとノートを閉じ、侍女に命じて他の不必要な物と混ぜてそのノートを焼いてしまった。

 その後、彼女がどんな気持ちでその世界で暮らしたかは誰も知らない。

 ただ平民から見れば彼女はこれ以上ないくらい恵まれた王妃だったそうだ。

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