お手紙ノベル

吉岡梅

ポストから手紙

 珍しく手紙が届いた。今どき手紙? 石野いしのは笑みを浮かべて封を切った。


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 やあ、久しぶり。今どき手紙って笑ってるかもしれないけど、うん。手紙なんだ。覚えてくれているかな。吉岡よしおかです。あー、違ったかな。古川? 藤ノ井? おさだ? @TANI? まあ、その辺のどれかです。あらためて、お久しぶり。


 本当に忘れられてると困るしちょっと悲しいから、昔話をしようか。君と初めて会ったきっかけを覚えてるかな。君の方から手紙を貰ったんだよ。


 あの頃の僕は三流のライターで、いろんな名前でいろんな物を所構わず書き散らしてたんだ。まあ、今も同じようなものだけど。一番まともに売れてたのがゴシップ誌に連載してた吸血鬼のロマンスの奴でさ。毎回脈絡もなく痴話喧嘩になるのが評判の酷い話だったよ。


 それで、今回はどうしようかな。産みの親の真祖様と三角関係にでもしてみようかな……なんて考えてる所に君から手紙を貰ったんだ。驚いたよ。初めてのファンレターだったんだ。ごめん。ちょっと盛ったね。ファンレターとは少し違うかもしれないけど、初めて読者から貰った手紙だったんだ。あ、本当に僕の話を読んでくれてる人っていたんだって、結構感激したんだよ。


 おまけに、当時の君はある意味スターだった。親兄弟に親戚、ついでにご近所の人まで巻き込んで大暴れした死刑囚。まさか塀の内側からラブコールを貰うなんて思ってもいなかったよ。僕の下らない話を読んで、こいつに手記を書いてもらおうなんて思いつくなんて、やっぱやべー奴だな、って思ったよ。


 思い出してくれたかな。ふふ。その節はありがとうございます。いろんな話を聞いたし、話したね。生い立ちから趣味に好きな食べ物。好きな作家が僕だってのは驚いたよ。ていうか、選択肢相当少なかったんだね。君が檻の中で回し読みしてた雑誌に無理やり連載書かされててよかった。あれ、もの悲しくて気に入ってたんだけどな。打ち切りになっちゃったよ。


 僕にとっては、君の手記の話は本当にありがたかったんだ。嘘みたいな大きな仕事になる。書けば売れるのが約束されてる仕事なんて、今までなかったからね。おっかなびっくりしながら、何度も通った事をよく覚えてるよ。ふふ、余計な事を話し過ぎて、君の弁護士によく念を押されたっけね。剱持けんもちさんだっけ。彼も元気でやってるみたいだよ。


 直接話すだけでなく、手紙のやりとりもしたね。何せ接見時間は限られてる。君が手紙を書くようになって、どんどん書く楽しみに気づいて行くのは、見ているこっちもなんだか楽しかったよ。ああ、やっぱいいんだなあ、書くのって、って。改めて思っちゃったね。


 書く事ってさ、自分の中のよくわかんないモヤっとした事を形にして、言葉にして出さなきゃいけないじゃない? 整理しなくちゃいけないっていうか、「これはなんだ?」って問いかけて、わからないなりに答えっぽいものをひねり出さなきゃ書けないっていうかね。そういうのって、いい事なんだろうね、人にとって。


 まあ、日々くだらない事ばっか書き散らしてる僕が言っても説得力ないけどね。ちなみに今はくノ一がヤクザになったゾンビと戦う話をメインに書いてるよ。昔の恋人がヤクザに因縁つけられてゾンビ化しちゃうんだ。酷いだろ?


 君はどんどん本を読むようになったし、書くようになったし。僕の話の感想もちょこちょこ貰ったけど、あれ、本当に嬉しかった。ずいぶんと文章もうまくなって、最後の方なんて、手記くらい自分で書けんじゃないの、って思うくらいだったよ。いやあ、変わるもんだなあ、って感心するくらいだった。


 変わった言えば、君の印象もだよ。最初は率直に言って怖かった。でも、だんだんとこう、柔らかくなってったよね。君はやっぱり死刑になっても仕方ないやべー奴だったけど、それでも、少しいい奴な所もあるな、って思ってしまうくらいだったよ。いや、今でも結構思ってる。でも、やっぱり悪いことは悪いんだけどさ。


 それでね、君の手記、無事発売に漕ぎつけたよ。無茶苦茶売れて。たぶん僕が今まで話を書いて貰ったお金の総額よりもずっと多いお金が入ってくるよ。いやあ、ありがたいんだけどさ、なんか凄いよね。世間。


 君は君の事を書き残せて満足してるかもしれないけどさ、僕は正直言って複雑だよ。書いといてなんだけどさ、君が見世物になってしまってるなあって。なんか、ショウじゃん、て。君に酷い目に遭わされた方や、君自身がもうさ、なんていうか、ああ、やめようかこの話題は。これは僕の問題だしね。


 さて、話を元に戻そう。何のために手紙を書いたかって言うとね、君の手記でお金が入るんだけど、それで新しく本を作ろうと思ってるんだ。君の手記の第二弾てわけじゃなくて、新しい雑誌っていうの? そういう奴。


 僕はいろんなところに書き散らしながらさ、いろんな作家さんを見てきたんだ。みんな大変そうで。いろんなケースで、いろんな理由で。超がんばってるのにさ。僕は幸運にも君という宝くじが当たったようなものじゃない? だからさ、それを還元しようと思うんだ。いや、還元っていうと偉そうだね。恩返し、いや、山分け? それくらいの気持ち。


 いろんな作家さんの、いろんな話を集めた雑誌を作ろうと思うんだ。その雑誌にはさ、おまけにレターセットを付けようとしてるんだよ。いいと思わない? レターセットが付いていればさ、書いてみようかなって思うじゃん。手紙。君とやり取りしててさ、ああ、やっぱいいなあって思ったんだよね。手紙。


 その手紙をさ、作家さんに出してくれたら、きっと喜ぶと思うんだよ。ううん。作家さんじゃなくてもいい。周りの誰かに、仲間に。手紙を書く自分にとっても、それっていい事なんじゃないのかな、ってさ。書くことって、そういうものだろうからね。どんどんやりとりが増えるって、素敵じゃない? そういうのってさ、ちゃんと言わないとさ、伝わらないしさ。その背中を押すっていうかね。


 どう思う? 駄目かな? ちなみに今は、手紙を出すのに84円かかります。お金かかると出したくなくなるかな。でも、レターセットに合う切手を選ぶのってのも、それはそれで楽しい事なんじゃないかなあ。でも、うーん、その辺はもうちょっと考えるよ。予算的に難しいかもだけどさ、何号かに1回は、消しゴムはんこのセットも付けられらたらいいな、とかも考えてるんだ。手紙に押すんだよ。良くない?


 ともあれ、この手紙に使ってるレターセットがさ、その試作品なんだよ。新しい雑誌の付録の。なかなかかわいいと思わない? 喜んでくれると嬉しいな。


 と、いうわけで、久しぶりに手紙を書いてみたよ。なんか実験台みたいな扱いでごめんね。元気で……っていうのは変か。そこそこやってるかい? この手紙、ちゃんと届いてるといいんだけど。


 まあ、でも、雑誌の方をもうちょっと頑張ったらさ、そのうち僕もそっちに行くよ。その時はさ、雑誌がどうなったのか話すつもりだから楽しみにしておいて。まだ全然信用なくて人集まらないかったらさ、僕がまた、何人かの名前で半分くらい書かないと駄目かもしれないんだけどね。やれやれだよ。


 それじゃあ、いずれまた。愛を込めて。 吉岡


---📨---


 懐かしい文字に相変わらずのいい加減さ。石野はくすっと笑うと、あらためて便箋と封筒を眺めてみた。だ。


 ――新しい雑誌。ここまで届けて貰えるだろうか。ちょっと頼んでみようかしらん。でも、あの獄卒じゃ無理かもなあ。


 地獄の赤黒い空を見上げ、石野はちょっとだけ嬉しそうにため息をついた。

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