最終話 もしもの未来
ある日の朝、双子は泣きながら目を覚ました。
「アール、泣いているの?」
「うん……でもエルも泣いているよ」
それぞれ自分の頰を触り涙を確認すると、二人同時に口を開いた。
「「悲しい夢を見たんだ」」
「エルも?」
「アールも?」
「……シスターの夢を見たんだ」
「僕は……僕達や神父様の夢を見たよ」
最初に夢の内容を話しだしたのはアール。
「シスターが知らない人と、知らない家で暮らしていたんだ……」
夢の中のシスターは普通に物を持ち、本を読み、穏やかな顔で笑っていたらしい。
「横に男の人がいたんだけど、多分あの人ゼロって人だと思う。名前しか知らない人なんだけど、何故か夢の中だとゼロさんだって思って納得していた」
話しながらアールはまた泣き出し鼻をすすった。
「多分、あの夢はシスターがゼロさんと国へ帰っていたらっていう未来だと思う。二人共とっても幸せそうだった。シスターも見たことない嬉しそうな顔で笑っていて……でも目が覚めたらこれは夢で本当はゼロさんは死んでいて、シスターもずっと一人ぼっちで生きてきて……」
「そっか……僕の見た夢は……シスターがいない夢」
「いない?」
「うん。ほら、僕達アリスって人に捕まったでしょ。あの時はシスターが助けに来てくれたけど、夢ではシスターも神父様も誰も助けに来なくて僕達はあのまま奴隷として売られたんだ」
売られた先は何処かの金持ちの屋敷だったがそこの扱いは酷く、まともな食事はとらせてもらえず朝早くから夜遅くまでずっとこき使われ水を飲む時間すら与えられなかった。
「そういえば神父様を見たよ」
「本当!? ボスは?」
「いなかった。それに神父様も今とは全然違う見た目で多分神父様とボスのお父さんだと思う……その人と一緒だった」
屋敷の客人として訪れたのは太った偉そうな男性。
クライスはその男性に従うようについていたが体は細く、表情も一切なくひたすら父親が話しているのを黙って見ているだけでその目に光はなかった。
「ボスは名前も出てこなくて……死んでいないとは思うんだけど存在が分からなくて……」
夢はそこで終わりだったが、クライスの姿や存在が分からないクラウスはエルにとってはかなりの衝撃だったらしい。
「……僕達の見た夢って、一つの未来かも」
「え?」
「もし、ゼロさんが生きていたらっていう世界。だからエルの見た夢にはシスターもいなかったんだよ」
アールの言葉にエルは考え込むように黙り、しばらくしてからアールは話しだした。
「僕ね、今幸せだよ。シスターがいて神父様とボスもいて、美味しいご飯に暖かい部屋もある」
「うん……」
「でもシスターは? 大事な人を助けることが出来ずに死んじゃって、今も悲しんでいる。夢の中だと逆で、シスターは幸せそうで僕達は全員辛い目に合っていた。どちらかしか幸せになれないのなら、どっちが本当で正しいのかな」
ポロポロと泣き出したアールに、エルはベッドから降りると近づきあやすように頭を撫でる。
「僕達が見た夢はあくまでもしもの世界だよ。現実はゼロさんは死んで、僕達はここにいる」
「うん……」
「シスターはさ、確かにずっと一人で辛くて寂しかったと思うけど、今は僕達がいるよ。僕達だけじゃなくて、神父様やボスだっている」
「うん……」
「だから、少なくとも今は寂しくないと思うよ」
「うん……うん、そうだよねっ」
ようやく笑顔が戻りエルが安心したのもつかの間、アールはベッドから飛び降りるとドアへ駆け出した。
「アール?」
「なんか今すぐシスターに会いたくなっちゃった! 行こう! それでシスターに、シスターはもう一人じゃないですよって伝えたい! 今すぐ!」
そう言って部屋を飛び出しかけたのをすんでのところでエルが首根っこを掴み、部屋の中へと引きずり込んだ。
「伝えるのはいいけど! まだシスター寝てるし、僕達は朝の仕事あるし、何より! まずは着替え!」
「あ……」
大人しくモソモソと着替えながら、エルの説得のような説教をアールは静かに受け入れた。
「気持ちは分かるけどまずやるべき事をやらないと。あと、シスター多分神父様の部屋で寝てると思うから勝手には入れないよ」
「そうだった。……ねえねえ、神父様とシスター結婚するのかな、お似合いだと思うんだよね」
「そうだね。でも僕はボスとモニカさんの方が先に結婚しそうな気がするかな。この間ボスがモニカさんに花束渡すの見たよ」
いつの間にか説教から二人の仲の話に変わっていたが、構わず話に花が咲いていく。
これからも双子はこの街で時々騒動に巻き込まれながらも楽しく暮らし、いつかシスターがこの家を帰る場所と思い双子達の話が本当になるのはもう少し先の話。
尚、双子は話が盛り上がりすぎて時間を忘れ、この後モニカにみっちり叱られた。
イチでもゼロでもない話 秋月 @autumn_moon
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