第55話

 トーポシーの町で夜通し宴会が行われた翌日の朝。目を覚ました村井は起きる前に自身の両側が柔らかいものに包まれていることに気付いた。


「……?」


 首を回して両隣を見る村井。彼はカノンとソフィアに抱き枕にされていた。


(何もしてない……よな? うん。朝から邪念を抱けるくらいには色々と持て余しているから発散はしてないな)


 昨日の記憶を漁って寝落ちしたことは思い出せたので状況は理解した村井。だが、経緯が不明だ。抱きしめるというよりも最早半分覆い被さるようにしているカノンはまだ彼女が好意を抱いているが故の行動と分かるが、ソフィアはどうして村井を抱きしめているのか。ソフィアについては彼女の豊満な胸に挟まれて腕が幸せにさせられていること以外は何も分からなかった。


(……まぁ、カノンが先に起きたら朝から揉めて大変だからソフィを起こすか)


 色々と邪念を抱きはしたが、村井は冷静になるように努めて深呼吸した。


 いい匂いがする。邪念がもう少しこのままでもいいのではないかと囁いて来た。


 それでも村井は理性に従う。両隣の美少女たちは綺麗な顔で眠っているが、逆鱗に触れてしまった場合は村井でも大いに手を焼く存在だ。丁重な扱いが必須である。


(こっちの気も知らずにすやすやと……? 何かソフィの方は魔力が……何らかの術式を起動してる? 変な真似をすればただじゃおかないってことか?)


 若干悪態をついた後、状況を把握した村井は何があるか分からないので右腕に抱き着いているソフィアを右肘で突いて起こすことにする。

 しかし、軽く押す程度ではソフィアは中々起きてくれない。ソフィアの方から抱き着いて来ているとはいえ、術式云々はさておいたとしてもあまり体に触れるのも気が引ける。そうなれば起こす手法は限られてくる。


(魔術で起こすにしてもしっかり対抗魔術をかけてそうだし無理に突破しようとするとカノンが起きそうだからなぁ……)


 ソフィアと逆側にいるカノンの方を見て村井はどうしたものかと悩む。そこでふと左腕の状態に気付いた。


(いや、無防備に色々当てすぎだろ……この状況、仮に誰かに見られたら事後どころの騒ぎじゃない)


 左手で村井の左腕を抱きしめ、右手で村井の身体を抱き寄せている。上半身だけでもソフィア以上に深く、離さないと言わんばかりにカノンは身体に密着させていた。

 しかも彼女は上半身で村井と密着しているだけではなく、村井の左手を太腿で挟み込んでいた。そうなれば当然、際どい部分が当たることになる。


(これは流石に……)


 抱き締められるくらいならまだいいが、下に触るのは流石にアウトだ。そう思った村井は左手を動かしてカノンからの解放を図る。


「ん……」


 しかし、カノンはそれを許さないようだった。眠っているというのに村井に苦痛を与えないように細心の注意は払われているようだが、魔力による身体強化を行わない限りは外れそうにない力が込められている。

 しかも、離れようとしたことで何かを嫌がったのか、村井はかなりの力で更に彼女の方に引き寄せられた。


「ぅぉっ……」


 何とかその場を動かないように力を入れようとする村井。しかしその前にソフィアの方から引き寄せる力が働いた。それにより均衡は保たれ、村井は動かずに済む。


(……何となく状況は分かった。カノンが引っ張るからソフィが逆に入って何か絶妙な術を掛けてくれたのか。くっ付いてるのは寝てる間の省エネみたいなものか)


 自身が置かれている状況を理解してソフィアに感心する村井。その間カノンは若干引っ張り続けていたが、抱き枕が動かないと感じるとその端整な顔を少し顰めて自分から村井の方に近付いて寝息を立て始める。


(寝てるんだよな……?)


 眠っているにしてはやたら器用な真似をするカノンに少し疑惑の目を向ける村井。だが、カノンが起きていればソフィアと揉める可能性が極めて高いため眠っているのは間違いないだろうと考えてカノンが本当に眠っていると思い直した。そしてどうにもならない現状に天井を仰ぐ。


(まぁ泥酔してたカノンの方が後で起きるだろ……)


 楽観的に考えることで村井は諦めに入った。仮にカノンが後で起きたとしても今の体勢のままでは問題になるということは棚に上げている。


(さて……今日でこの町も最終日になるが、それは夕方に接待を終えてからのことになるから昼の間はどうするかな……)


 一応、昨日の接待を受ける前までは今日の昼に海水浴などで少し遊ぶ予定だった。だが、少なくとも村井は泥酔した翌日に泳ぎ回る気分になれない。


(この二人はどうなんだろうな……? 何かクラーケンを倒した後の買い物で水着を見ては騒いでたけど)


 おすすめの水着に対して肌を露出させ過ぎではないかと訝しみ、布地が少ないのになぜこんな高価格なのかと首を傾げ、この人たちは詐欺師なのではないかと怪しんだカノンとソフィアの二人のことを思い出しつつ村井はぼんやりと時間を過ごす。


 そんな折にホテルに備え付けられた魔具がけたたましい音を鳴り響かせた。


「っ!」


 少し驚く村井だがそう言えば二日目に頼んだモーニングコールを切っていなかったことを思い出した。そして後悔する。


「うるさいですね……」


 ソフィアは眠ったままだが、カノンが起きたのだ。彼女はその美しい紫眼を開くと村井の上を通って目覚ましの魔具を止める。そして軽く髪を掻き分けると村井を見た後に固まった。そしてすぐに目からハイライトが失われる。村井は即座に彼女の精神を落ち着かせにかかった。


「カノン、取り敢えず落ち着こうか」

「……私はこの上なく落ち着いていますが?」


(目が怖い)


 無表情でソフィアを見つめるカノンの瞳に込められた圧を村井は感じ取った。


「このエルフは……私の後ろならいいとは言いましたが、何で師匠を抱っこしてるんですか……? しかも、胸を押し当てて、ねぇ? 師匠」

「多分、カノンが俺を引っ張って寝てたからだと思うぞ。それに、その、寝ていた時の体勢についてはカノンは人のこと言えないからな?」

「……?」


 今一、村井の言っていることの意味を理解出来ていないカノンに村井は先程までの状況を説明した。すると真顔で放たれていた圧力はどんどん弱くなり、そして表情にも変化が生まれ、彼女は顔に朱を差して恥じらう表情になった。


「じ、事情は分かりました。ちょっと大胆になり過ぎましたね……でっ、でも、冗談でそうしていた訳じゃないですよ? ホントに、師匠が望むなら……いつでも準備は出来ていますから」


 ドストレートに決められた言葉。当然ながら村井は反応に困る。何も考えないのであれば素直に喜ぶべき言葉だが、村井には村井なりの考えがあるのだ。そんなに期待する顔をされても困ってしまう。


「……どうしたものかなぁ」

「! い、今は多分、大丈夫です。昨日食べたいと言ってた料理作って来ますね? ソフィアさん、いつまでも師匠にくっついてないで起きてください!」

「んみゅ……?」


 風魔術でソフィアの大きな耳元にかなり大きな美声を届けるカノン。それによってびくりと身体を震わせてソフィアは目を覚ました。


「ぁ……ふぁよーございます……」

「起きましたね? 二度寝したらダメですよ。では、私は身支度して朝食作りに移るので。あ、師匠。脱衣所使います?」

「そうだな……」

「わかりました!」


 トーポシー滞在最終日。この日、カノンたちは接待を受けたりプライベートビーチと言う名の、危険過ぎて一般人が立ち寄らない区域で海水浴を楽しんだりとこの町を堪能して帝都へと戻ることになるのだった。



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剣聖の師 古人 @furukihito

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