生みの親が憎い
卯野ましろ
生みの親が憎い
今日で仕事も恋愛も、一気に終わった。そして帰宅すると、また嫌なことが私を待ち受けていた。
嘘でしょ……。
今朝、私は家の戸締まりを忘れなかった。
「おい、何ボーッとしてんだ」
それなのに大勢の人たちが、私の家にいる。そして帰ってきた私を睨んでいる。
「……きゃあーっ!」
私は急いで逃げようとした。それでもダメだった。なぜかドアが開かない。
「無理だよ。あたしが魔法を解かないと、一生開かないからね♪」
「……?」
魔法という言葉が引っ掛かり、私は後ろを振り向いた。私に楽しそうに話しかけたのは、黒いローブを着た少女だった。その子はニッコリと、不気味な笑顔を浮かべている。
ここで、私は彼らが何者なのかを理解した。私を見ている人々は、決して知らない人たちではなかった。全員、私は知っている。
「……ど、どうして……」
私の目の前にいるのは、私が作り出したキャラクターたちだ。
昔、私は作家志望者だった。ブラック企業に揉まれるまで、私は小説を創作していた。有名なコンクールに応募したり、WEB小説を書いたりと積極的に活動していた。
でも仕事が忙しくなり、人生初の彼氏ができて恋愛に夢中になったことで、いつの間にか創作活動は終了していた。
「お前、自殺するんだろ?」
「な……」
何でそれを知っているの?
「今から、一番楽な死に方を調べて死ぬんだろ! 本当に甘ったれだな! それだからエタるんだよな! 話やキャラを作るだけ作っといて、しばらくしたらほったらかし! 読者が少なかったら心が折れて、はい終了! メソメソして同じことを繰り返す! それがオレたちの生みの親だよ!」
最初に私に話しかけた、あの男子からの言葉に衝撃を受けた。私の考えていることや行動のパターンを全て知っている。
「そりゃオレは、お前から生まれたんだからな! お前の頭の中なんて分かるよ! お前の考えや思いが、嫌でも伝わるんだ!」
みんな私を恨んでいるが、その中でも彼の憎しみは突き抜けているようだ。
「自殺なんてさせねぇよ。そういうのされると、ますますムカつく。お前はオレたちの手で殺すんだからな!」
「ひっ……!」
光る手や立派な刃物、そして実現なんて不可能だと思われた武器などが私に向けられた。
もう本当におしまいだ。
でも、どうしてだろう。
あんなに死にたかったのに、いざ殺されそうになったら涙が溢れてくる。
「泣いてんじゃねーよ! 泣きてぇのはオレたちだよ! 最後まで、ふざけんなっ……!」
ああ、そっか。
彼にナイフを突き出され、やっと私は気付いた。
「嫌っ! 私まだ死にたくない! 死にたくないよぉーっ!」
そのとき、フッと急に静かになった。
「え……」
目の前にいたみんなが、何事もなかったかのように消えたからだ。私は地べたに座り込み、しばらく前をじっと見ていた。
「先輩、絶対に休んでください! ずっと頑張ってこられたのですから、しばらくは楽しいことだけしてください! 今、先輩が行くべき場所はハローワークではなくケーキバイキングです! もちろん僕と! 僕だけですよ! あっ、今度の土曜日か日曜日に行きません?」
元同僚の助言に従い、私は少し休憩することにした。ちなみに彼は私が退職する前に、連絡先の交換を懇願してきた。職場を離れた私に、いつも電話をしてくれる。
私は創作活動を再開した。中断していた長編を書いたり、新作の短編を書いたりしている。離れていた読者の方々からの「お帰りなさい」が、すごく嬉しかった。もちろん新しいファンの方々にも感謝している。
「大好きです」
「おもしろかった!」
「感動しました」
たくさんの温かい言葉を、一生私は大切にする。もちろん自分自身も。
「ステキなラブストーリーを、ありがとうございます!」
最近、私は新たな恋愛小説を書き始めた。物語の主人公は、最も私を憎んでいた少年だ。私は今でも、あの子が生まれたきっかけを覚えている。
高校時代の私は、友人たちが次々に誰かと結ばれる状況に耐えられなくなった。ある日、私は理想の彼氏がどんな人なのかについてノートにまとめた。
その結果、あの少年が生まれたのだ。しかし彼のストーリーは、なかなかできなかった。そして私に恋人ができてしまってから、しばらくの間、彼は忘れられることになってしまったのだった。
今思えば、あの子は私のことが好きだったのかもしれない。だからこそ、私の自殺が許せなかったのかな。いや……それは彼に限らず、みんなそうだった。きっと彼の場合は、私の失恋にも色々と思うことがあったはず。
あの衝撃的な出来事を、ずっと私は忘れない。殺す気なんて全くなかった、みんなのことを。わざわざ私の前に現れてくれた、みんなのことを。
必死になって自殺を止めてくれた仲間のことを。
生みの親が憎い 卯野ましろ @unm46
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