第3話 連絡が来た

 四月も半ばになると、お花見も入学式シーズンも過ぎ、次のお楽しみは大型連休だという人が多いと思われる。

 新入生や新入社員にとっては、やっとひと息つけて、慣れない緊張の日々からしばし解放される瞬間ときである。


 カフェバー『岬』はそのような世間の移り変わりなどは関係なく、ただふつうにのんびりと日々が過ぎて行く。まるでこの空間だけ、あらゆるものから取り残されているかのようだ。


 が、どうやら今年は事情が違い、店長のあおいとオーナーのもといが世間一般よりも少々慌ただしくなりそうだ。


 岬のカフェタイムは、午前十時半から午後三時半まで。ラストオーダーは三時。


 流行りのカフェとは言えない素っ気ない内装にシンプルなメニューである。が、気軽にご近所さん方がふらっとコーヒーブレイクやランチに来てくれる様になり、まあまあ混むようにはなった。


 採算が取れているかは定かでない。何しろ、ご近所さん方がやる気が有るのか、よくやって行けるな、と心配するほど「店」を前面に押し出していないのである。


 ……案外が彼らの狙いかもしれないが……。

 




 「基。和兄かずにいから連絡が来たわ。調査結果が出たそうよ。父から来るかと思ってたら、営業課の和兄からだったわ」


 葵がエプロンを外しながら珍しく真剣な面持ちで調理場へやって来た。


 カフェタイムが終わり、早出の葵が自宅へ一旦帰ろうとした所へ、葵の父方の従兄弟、本橋和弥もとはしかずやから連絡が入ったのだ。


 葵は近所に一軒家を借りて、恋人と住んでいる。基は店の二階を借りて独り暮らしをしている。

 

 葵は基よりも一時間早く出勤し、カフェの準備と前日基が仕込んでおいたランチの用意の仕上げをするという、時間差出勤をしている。


 基は出勤前に、ゲイである事が唯一条件である会費制倶楽部『M only park』会員の為のネットでの作業や月に一度のイベント関連の作業を進めてから出勤し、後片付けをしながら翌日の仕込みをするというスタイルだ。


 カフェタイムが終わると、葵は会計をまとめてから一旦帰宅し、彼氏の夕食の準備や家事をこなしてから、またバータイムへとやって来る。その間に、基は片付けと仕込みを終えて、休憩を取る。



 「和弥さん? たまにウチに来てくれる本橋さんか? 今年も親の会社ところに帰らなかったのか……」



 「そうね。まだ杉崎こっちにいたわね……まあ、会社あっち市弥いちやおじさんと和三かずみおじさんが回しているからいいんじゃない……てか調査対象の本人に結果を持って来させるみたいよ」


 「調査結果って、新入社員の事か?……まさか 」

 基は洗い終わった食器類を乾燥器に入れてから、翌日の準備作業に入ろうとして手を止めた。


 「そう、そのまさか、よ。彼はアタシの従兄弟で、母親は紛れもない父の妹だったんですって……」


 葵は複雑そうな顔をしていた。


 「ん……? 健司けんじおじさんの甥っ子になると言う事は……和弥さんだって、甥っ子なんだから、本橋あっちとも従兄弟になるのか……」


 「そうなるわね。アタシと和兄の父親とその子の母親が兄妹ですものね……」


 葵の父、健司けんじは本橋家の次男で、杉崎家へ婿養子に入った後に支社長になった。同じ婿養子の基の父は、本社の社長になった。

 

 「支社こっちに来たら、おじさんが社長で、従兄弟の茂生しげおくんが専務だろ、その上本橋の従兄弟の和弥さんが営業課にいるってことか……」

 

 「そうなの。複雑でしょ。加えてこっちにはオカマの従兄弟アタシよ? 」 

 「ここに来させるってか?」


 帰り支度をしていた葵も、仕込み作業をしようとしていた基も、立ったまま動かなくなってしまった。


 「……そうなのよ。その時にアタシたちの従兄弟とか親戚やらに少しでも会わせたいから、何人かウチへ呼んでおいて、ですってよ……」

 「なんだ、そりゃ。財産目当てだったのか? 」


 「詳しい情報は和兄も知らないらしいわ。その報告書に書いてあるってよ。情報は一斉に公開するとか、お父さんの考えそうな事だわねぇ……全くもう! 」


 基がふと時計に目を向けた。

 「お前、帰らなくていいのか」

 「あら、やだもうこんな時間? 今日はセンセ早帰りなのよね。ん~!でも、ちょっと忙しいわ。今日はデリバリーでもお願いしちゃおうかな」


 葵は少し考えて、塾の講師をしている彼氏に伝えようと棚からスマホを取り出した。

 

 「なあ、その新入社員はいつこっちに来るって? 一緒に和弥さんも来るのか? 」

 「え……?あ、違うわ。その子だけよ。ゴールデンウィーク直前に寄越すって」

 「は? 二週間もないぞ? 親戚に会わせるって、誰を呼ぶんだ? 」

 「う~ん……誰を呼ぼうかしら……誰に会わせるべきかしらねえ……」


 基は大きな冷蔵庫を開いて中身を確認し、そのまま閉じた。


 「今日はバータイムは休むか? わたる 先生にはこっちに来てもらえよ。三人で飯でも食おう。俺が作る。それとも出かけるか?」


 「え……あ、そうね!そうして貰えると助かるわ。……あ……でも、アタシまだセンセに何にも話してないのよね……従兄弟の事。どうしよっかな」


 「はあ?何にも? 生き別れの親戚が見つかった事もか? 」


 「……うん……どこから話していいのかわからなかったんだもん。はっきり決まったら話そうかと思って」


 基は大きなため息をついた。コイツは先の事を考える事が昔から苦手だったな、と思い出す。


 「……じゃあ、そうだな。バータイムは休むとして、今日は早めに帰れ。今コーヒーを淹れるから、少し考えてみろよ。俺も考えるから」



 「あ、アタシが淹れるわ。基は明日の準備してて?」


 「……おう。そうするか。直ぐ終わらせる」





 そう言って、二人はそれぞれの持ち場へと戻って行った。

 

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小西大樹「就職したら親戚が増えました」 永盛愛美 @manami27100594

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