第2話 従兄弟は新入社員

 「お父さんたちはねえ~アタシたち兄妹きょうだいにず~っと黙ってたのよ~。従兄弟達にも知らされてないのよ~?おばさまやご家族の存在をよう~? 」

 葵はあまり酒に強くない。反対に基は父親譲りの強さがあり、酔いつぶれた事など無かった。父親はいわゆる『ワク』だ。ザルよりも酷い。網目もないワクのみ。


 「何でその一家の存在が分かったんですか? ずっと行方不明だったんですよね? 」


 ゲイオンリーの人達で作られた「M

only park」の会員である彼ら(略してオンリー会員)には、ついつい様々な面を見せてしまう。葵はそれが顕著である。


 「あっらぁ~いいトコロに気が付いたわねぇ~? 」

 葵は空のグラスに残った小さな氷を口にしようとして、手を止めた。基がそのグラスに冷たいミネラルウォーターを注ごうとしていたからである。


 「あら、ありがと」

 基は無言でただ呑み続けていた。自分には関係無いと思っているらしい。


 「それはねぇ~、コイツのお父さんに頼まれてぇ、ウチの父親が就職の面接要員で本社へ手伝いに行ったからなのよう~?」

 グラスに追加の氷を入れようとしていた基の手が止まる。



「……どういう事だ? 」

「えっ?面接官したの? 葵さんのお父さんが? 」


 二人の顔を交互に見つめて、再び基に視線を落とすと、葵は深いため息を付いた。


 「アタシ達の父親が同じ会社の社長なのは話したかしら?」

 オンリー会員は二人のバックグラウンドに関しては普通の常連客よりは詳しい。

 「あー、はい。基さんちが本社で、葵さんちが支社の社長さんなのは伺ってますね」

 「何で就職の面接が関係有るんだ。しかも健司けんじおじさんが面接官やったって?」

 基は実家の事業にはあまり関心が無い。従って、会社経営や父や兄のはじめがどのような仕事をしているかなどは全く無頓着であった。


 「それがぁ、あったのよう。関係が…… 」 

 葵はグイッとグラスの水を一気に飲み干した。そんなにいきなり入るか、と二人が同時に思ったほど、潔かった。

 

 ぷふぁー、とひと息吐いて、葵は基をじっと見つめた。

 ……こいつ酔ってないな……と基は眺めた。間の空気に僅かに緊張が走る。

 「武市たけいちおじさんがウチの父親に面接の助っ人に本社へ呼んだでしょ、その面接会場に現れたのよ……甥っ子が」

 「何で甥っ子って分かるんだよ」

 「初めは分からなかったらしいけどねえ。どうもその子が自分の母親に面影やら風情やらが似ていたらしくて……」

 つまみのカシューナッツを食べていた基が手を止める。


 「え?社長さんのお母さんに似ていたの? 就活生が?」

 三人はアルコールもどこへやら、話の流れが妙な方向へ向かって行くのを感じ取れないまま、各々が固まってしまった。

 


 「そうすると、その子はお前のお祖母さんに似ているという事か?」

 「そうよ。なんかねえ……雰囲気が同じとか何とか言ってたわねぇ。それで、父が質問したんですって。両親のどちらに似ているかを……」


 「妙な質問だな。就職に無関係だろう」

 「もう就職面接なんか頭に無かったらしいわよ」

 「ねえ、それで?」

 葵は座っていた椅子の背にもたれながら、体を傾けて小さな伸びをした。


 「そしたらねえ、その子はどちらにも似ていない、って。それで父が祖父母に似たのか再び訊いたらね? 両親とも施設出身だから、祖父母の顔を知らないって答えたのですって! 」


 「じゃ、違うんじゃないか」

 基はテーブルに片肘を付いて、残ったミネラルウォーターのボトルに直に口をつけて飲み干した。既に生ぬるくなっている。やはりグラスに氷がベストだろう。

 「だからぁ、その時にちょっと引っかかっていた父はあ、その子が内定したと分かった時点で、すぐに身辺調査をしたのよ。極秘でね。まあ、家族構成くらいだったらしいけど」


 「それで判ったのか?」

 「ええ……その子のお母様の名前が生き別れた妹と同じだったそうよ。それだけでは心許ないから、入社式に父の兄弟を呼んで映像を見せて首実検をしたって。三人一致でまず、間違いないだろうと結論付けたって」


 「そんなに似ていたのか?」


 「首実検って……うわ、そんなの刑事ドラマみたいですね。んん、ちょっと待って。基さんと葵さんは従兄弟なんですよね。じゃあ、その子も? 」


 三人ともにテーブルに両肘を付いて、それぞれの体を支えている。端から見れば、密談でもしているかの様である。


 「俺と葵は母方の従兄弟なんだ。父が二人とも入り婿で。だから同じ杉﨑なんだ」

 「んん、じゃあ、その子は葵さんのお父さんの方の親戚になるの?」

 葵は頭を抱えてテーブルに伏せる。アルコールは抜けているやら回っているやら。


 「そうね。本橋の方の従兄弟になるわね……」


 「それで?おじさんや本橋の人達はなんて言ってるんだ? 」

 

 顔を少しだけ上げて、葵は上目遣いで基を見る。

 ハア。と本日何十回目かのため息を吐いた。

 

 「入社式が終わったでしょ、今は本社、支社合同で新人研修をやっている最中でしょ、父は武市おじさんと相談して、彼には本社ではなくて支社こっちに来てもらうかもしれないって」


 「ねぇ、素朴な疑問なんですが。その子が杉﨑を受けたのは偶然なんですか?それとも、全部知ってて? んん、じゃあ両親が施設育ちとは言わないかな……?」

 「そこよ!! 」

 葵はガバッと上体を起こして、指を立てた。

 「なんだ? 財産目当てか?」

 「それよ!無きにしもあらず、でしょお? 今までずっと音信不通で生き別れ状態だったのに……今更よね? だから今は専門家に依頼して詳しく調査してもらっているんですって」


 「杉﨑はそんな財産なんか無いけどな」

 「本橋だってそうよ。」

 「そっか。葵さんのお父さんの実家も会社経営されているんですね」

  「一応ね。父の兄と弟がやっているのよ」

 

 うーん、ふうん、なるほど、と、三人が一度に腕組みをしたのを見合って、葵が吹き出した。

 

 「やだぁ、何みんなシンクロしてんのよう! 」


 

 「なんだかTVドラマみたいですねぇ?」


 「……て事は、支社ならこっちに来るという事になるのか……」


 「詳細な調査結果が出たら、こっちにも寄越すそうよ。アンタも無関係でいられないんだから」

 

 自分とは関係が無いと踏んでいた基であった。が、そうも言ってはいられなくなりそうである。


 葵と基は同時に深い息を吐き出した。

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