小西大樹「就職したら親戚が増えました」
永盛愛美
第1話 カフェバー『岬』へようこそ
カランカラン……と地下室のバーの扉を開けると音がする。
一階のカフェではチリンチリン……の音。
その扉を開けたならば、必ず野太い低い声を高めに作り上げた
「いらっしゃいませぇ~ 」
がお出迎え。
……そう。こちらの店長はオカマなの。昼はカフェ、夜はバーの『カフェバー 岬』へようこそ。
何の変哲もないふつうのカフェバーです。オカマバーでもゲイバーでもありません。ただのカフェバーです。
ただ、店長がオカマで、オーナーがゲイという事なのです。
そこを除けばふつうのカフェバーです。皆様、どうぞごゆるりとお寛ぎ下さいね。
「……ねえ、
今は地下室でバータイムである。客の一人がカウンター上に無造作に開いて置いてあった小冊子を指した。
「あっ、それ、は。新人会員さんの為の……」
「オンリー会員の? ねえ、それって一般客に見られたらまずいんじゃないの? はい、これ」
「あ……っ、そうだわね、有難う」
差し出された小冊子を受け取って、カウンターの下へとそっと納めた。
「発見したのが会員の僕で良かったね? 葵さんはバレバレだけど、
と、小声で囁く。
「ええ……そうよね……良かったわ……」
「葵さん? なんか今日は元気ないね。どうしたの? 」
「……え。そうかしら……? 」
「いつもよりお客が少ないから? 」
「少なくて申し訳ないですね。」
「基さん!」
オーナーの基が、厨房から小皿を数枚運んで来た。
「何ですか、これ。なんかいい香り~」
「ジャガイモです。因みにサービスです。熱いうちにどうぞ」
「え? ジャガイモ? このちっこいのが? 」
彼は店内のあと二名のお客に配りに行った。
この店は、昼はカフェ、夜はバーを営む『カフェバー
オーナーは
二人は実家がとても近かった。幼馴染みであり、従兄弟であり、同い年の腐れ縁で、趣味嗜好は異なれど、同じ同性愛者として互いに協力し合う間柄であった。
地元の高校を卒業後、修行と称して二人は一旦は東京へ出ていたが、日本中に影響した大災害を機に地元へ戻り、この町の店舗を借りて、カフェバーを開いてから五、六年経ったくらいであろうか。
普通のカフェバーを営業しながら、基は生来の勘で『もしかしから、このお客様はこちら側の
会員はオンリー会員、イベント日をオンリー日と呼んでいる。
月に一度程度のイベント活動などを行っている。早く言えば、貸し切りで普通の飲み会をゲイの皆さんでやりましょう、だ。
狭い田舎町の住宅街にある『岬』は、ある意味隠れ家の様であり、表だってゲイと名乗っていない者達が、気後れせずに寛げる空間になっていた。
「あっ熱っ!あっ……美味しい~!甘辛くて味が染みてる~!可愛いジャガイモですね! 」
カウンター席で飲んでいたのはオンリー会員で、テーブル席で飲んでいたのは一般客だ。
「あら、そうお。良かったわね」
やはりいつもとは違う店長の葵であった。覇気がない。威勢がない。
二十分くらいすると他の二人が帰ったので、客は彼一人になってしまった。
「ねえ、基さん、今日の葵さんはどうしちゃったの? なんか変ですよね? 」
「まあ、こいつは元から変ですけどね。」
「変の意味が違う様な……」
「有難うございます。ほら、葵、お客様にご心配おかけしちゃ駄目だろうが」
ぼーっと考え事をしていた葵が、カウンター越しにボソッと呟いた。
「だってお父さんが生き別れの親戚一家五人が見つかった、って言うんですもの……」
「ええ? 生き別れ? 今時そんなのあるの、葵さん! 」
「おじさんの用事はその話の件だったのか? 」
葵が午前中、急に父親から呼び出され、基が独りで奮闘していた本日のカフェタイムであった。
「そうよう。もうびっくりしちゃってアタシ……父に妹がいたなんて、今まで知らなかったわ……男三兄弟だと思ってたの。その下に妹がいたんですってよ。」
「それでなんでお前がそんなに動揺しているんだ」
既に店じまいの支度を始めた基は、地下に居ながら地上の店のドアの鍵を自動で締め、看板のライトを消した。これで地下には客は入っては来られない。
「え。僕がいるのに閉めちゃうの? 」
「今日はコイツがこんなだから、貸し切りで飲みましょう。大丈夫。お代はさっきまでのやつだけ頂きます。小一時間付き合ってやって下さい」
「有難う~基~アタシハイボールね?」
「お前に聞いてない」
「え……良いの? 部外者なのに僕が話を聞いちゃって。飲めるのは嬉しいけど……」
「オンリー会員は特別なのよねえ……なんかほっとするのよう」
隠し事をせずに素のままで居られる場所であるのだろう。
お互いがお互いに自然で居られる。
葵は誰かに話を聞いて欲しかったらしい。基はそう感じた。残り客がオンリー会員だからなのだろうか。
葵は少しずつ、昼間に父親から呼び出されたいきさつを話し始めた。
基は最初、自分には無関係だと勝手に思い込んで、話を聞いていた。が、彼にも充分関係がある話であった。
新たな物語がここから始まる……
。
カフェバー『岬』へようこそ。
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