苦悩する小説家志望
橋本洋一
不安定な心
信司はネットに小説を投稿している、言わば小説家志望である。
彼の作品はファンタジー系が多い。それは流行に乗っかっているとも言えた。本来、彼が書きたい小説は純文学だった。しかし、それでは拾い上げされないと思い、仕方なくネット受けしそうな作品を書いていた。
その努力――と言っていいのか分からない――が実り、彼はネット小説界において、知られる存在へとなっていた。まあ、その界隈は広いようで狭いので、広まりやすいと言えばそれまでである。
しかし信司はネット上の評価について満足していなかった。
もっと評価されてもいいと考えていたのだ。
俺の作品は素晴らしいのに、どうして『正当』な評価をもらえないのか……
純文を書きたい人間のくせに、妥協してファンタジーを書いているのだから、それなりの評価しかもらえないのは当たり前である。
しかもネット小説の研究をろくにしていない彼の評価が伸び悩んでいるのは、彼自身、ネット小説を軽んじているからである。
読者はそれを見抜く力を持っている。
同じネット小説で執筆している仲間に、信司は相談したことがある。
どうして自分の小説が評価されないのかを。
だが一様に『もう少し待てば評価される』という答えしか返ってこなかった。
それは信司の多大な自尊心を知った上での発言だった。
誰も彼もが信司に興味を持つわけではない。
他人はそれほど他人に興味を持っていないのだ。
信司は鋭敏な読者と無関心な仲間の言葉に頼り、必死になって自分の力をネット小説に注ぎ込み、多くの傷を得て疲弊していった。
もしも彼がネット小説煮こだわらず、大きな視野を持っていれば、公募に挑戦することも考えられただろう。普通、出版社の目に止まるには、そっちのほうが確実とも言えた。
だがどっぷりとネット小説の沼に浸かった彼には、それができなかった。
更新したらある程度の評価と感想をもらえる。
尊大な自尊心をほんの少しだけ満たすのがそれだった。
現実世界の彼は上司に怒られ、同僚に出世され、部下に侮られていた。
小説を書くことで己を確立させていたのだ。
それはギャンブルと一緒だった。あと少しで勝てるというときに、金を使わない者はいないのと同じだった。
結局彼はどんどん深みに嵌っていった。
読者と仲間は自分を応援していると錯覚した。
私生活を犠牲にして、ただただ小説家になることだけを夢に見ていた。
小説家にさえなれば、自分の人生が好転すると思い込んでいた。
今まで嫌なことばかりだったから、ここでなんとかなると思っていた。
愚かなことだった。そんなわけないのに。
誰もが信司の成功を祈っているわけではない。
何故ならネット小説は評価をしなくても読めるのだ。
読者や仲間は、信司の小説の評価をほとんどしない。
彼らはただ読めればいいのだ。
あるいは面白がればいいのだ。
人は他人の成功を喜ばない。
同時に失敗や破滅を望まない。
ただ無関心に見ているだけなのだ。
そんなことに気づかない信司は。
自分の書きたいものを書けずに。
今日もひたすら小説を書き続ける……
苦悩する小説家志望 橋本洋一 @hashimotoyoichi
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