スマホ大明神

一矢射的

走りスマホはマナー違反です


 皆さんは百鬼夜行ひゃっきやこうというものをご存知だろうか。

 毎月に定められたこよみの晩、魑魅魍魎ちみもうりょうどもが集まり群れをなして行進する。いわば妖怪の暴走族であり、人間がこれに出くわすと命を落としかねないという。


 江戸時代の妖怪絵巻物にはよくその様子が描かれており、鬼やろくろ首、一つ目小僧などといった妖怪たちが行進している絵もあれば、また古い器物きぶつが意志を持って動き出した物 ――いわゆる付喪神つくもがみたちを扱った絵もあるらしい。

 そう、百鬼夜行とは時に付喪神の行進でもあったのだ。

 付喪神たちは物を粗末に扱った人間たちに抗議の意を込めて集まったのかもしれぬ。


 しかしながら、現在は大量消費社会。

 家電製品はもちろんのこと携帯端末のスマートフォン、略してスマホですら定期的に新機種へと買い替える時代である。現代人には物を長持ちさせようという感覚がそもそもない。

 それでは思い入れなど抱きようもない……そのはずであった。


 ところが……。











 中村大介がそれに出くわしたのは高校からの帰宅途中であった。

 暗い夜道だ。こいでいる自転車を通行人にぶつけぬよう前方を警戒していると、ライトの光を反射して何やら動くものがいた。それも地面からわずか数センチの低位置だった。


「な、なんだぁ?」


 チャリのスピードを落とし、目を凝らして見れば、それはニワカに信じがたいシロモノであった。

 なんと手足の生えたスマホが道を走っていたのである。

 自転車を止め、しばし茫然ぼうぜんとしていたが大介はすぐ我に返りポケットから自分のスマホを取り出した。何はともあれ動画撮影だ。

 スマホでスマホを撮るなんて後から考えてみればふざけた構図だが、その時の大介は証拠を残そうと必死でそれに気づけなかった。


 スズメやハトが公園などで野生に相応しい機敏な動きを見せるように、その走りスマホはなかなかの速度で走り回っていた。

 動画を撮ってはみたが、片手な上に自転車の振動もあり、しかも暗がりである。せいぜい何かが動いていることぐらいしか分からないだろう。これでは何の証拠にもならない。

 

 ―― ダメだ。思い切って捕まえようか? いや何か気持ち悪いな。

 ―― せめてどこに行くのか突き止められないだろうか?


 撮影を諦めた大介の心に浮かんだ想いはそれであった。

 突き止めてどうしようというのか、問われても困る。多感な高校生にとってこの出会いはパンを咥えた美少女と曲がり角でぶつかったようなもの。一生を左右する劇的なイベントであり、決してスルーしてはならぬ……そう直感したのである。

 

「よーし、覚悟しろよ、お前」


 こちらに気付いた様子すら見せぬ走りスマホに中指を立てると、大介は自分のスマホをしまい追跡に専念した。

 一心不乱に走り続けるスマホと、高校生の自転車。はたから見れば大介もまた怪異の一部であるかのようであった。


 追いかけっこが続くうちに、やがて奇妙なことが起きた。

 なんと小道から二匹目の走りスマホが現れたのだ。

 奴らは挨拶あいさつすらせず合流し、さも当然のように肩を並べて走り出すではないか。まるでプログラム通りにしか動けないロボットのようだ。いや、スマホなんだから機械的なのは当然かもしれない。


 そうする内に、三匹目、四匹目と走りスマホは増殖していった。

 ある者は家の塀を乗り越えて。またある者は窓から飛び出てきた。

 道の側溝そっこうからよじ登ってきた奴までいた。


 いつしか走りスマホの群れは都会の歩行者天国に匹敵する人口密度と化していた。まるで妖怪のマラソン大会だ。


「うぉぉ! なんじゃこりゃ!」


 大介が思わず叫んでも振り返る者は居ない。

 ざっざっざっ、綺麗にそろった足音は大介の声よりも大きいのだ。


 追跡は三十分ほども続いただろうか。

 いつしか風景は大介の知らないものとなり、ペダルをこぐ足も重くなってくる。


 ―― もう諦めるか? こんな遠くまで来て帰り道はどうする?


 そんな不安に圧し潰されそうになりながらも、あと少し、もう少しだけ、大介はそう念じ続けながら追跡を諦めなかった。

 そして両足が疲労で痛くなってきた頃、ついに追跡劇の終焉しゅうえんがやってきたのである。


 走りスマホどもは、石造りの階段をのぼり山へと入っていったのだ。


「こ、ここにきて山かよぉ~」


 弱音を吐き、大介は一度追跡を断念する。しかし、階段の下に自転車を置き休んでいると別のスマホ集団が目の前を走り抜けて同じ階段をのぼっていくではないか。


 どうやらこの石段は通り道ではなく、ここが目的地らしい。

 ついえた希望が蘇り、大介は根性を振り絞って階段をのぼることにした。

 ここまで来たからには、奴らが何をしているのか確かめずには帰れなかった。


 つづら折りの階段は 霧がたれ込める杉林の中、山頂まで続いていた。

 そこには巨大な鳥居がそびえ立ち、奥には真っ赤な屋根のやしろが見えていた。

 神社なのだろうか? 

 白洲しらす境内けいだいは走りスマホどもで大渋滞。

 大晦日や正月の初もうでを連想させる混み具合だった。


 押し合いへし合い、大混雑の中でスマホどもは小さな腕を振りながら社に向け何事かを叫んでいた。


「スマホ大明神~」

「スマホ大明神さま~」

「お救い下せえ~、お救い下せえ~」

「俺達はもう機種が古いから役に立たないって言うんです」

「りんご社が、新しいOSを開発しやがったんです~」


 それはまさに魂の叫び。

 役目を終え、機種変とデータ引継ぎの終わったスマートフォンたちが行き場を無くし嘆いているのだった。


「うへぇ……」


 せっかくの機会ではあるが、どうにも気の毒で撮影する気にもなれなかった。


「はいはい、順番ですよ。ちゃんと並んで下さいね」


 赤いはかまの巫女さんが、スマホの流れを整理していた。

 場違いなのはわかっていたが、大介は彼女に話しかけてみた。


「あの、すいません」

「あら? 貴方は?」

「道で走るスマホを見かけたもので……ついてきちゃいました」

「ここは世俗の人間が来る場所ではありませんよ。携帯の聖域なのです」

「はぁ、すいません。これだけ訊いたら帰ります。コイツ等は、いや貴方たちは、ここで何をしているんですか?」


 巫女は少し考える仕草を見せたが、会話に応じてくれた。


「今日は百鬼夜行の晩なんです。古くは人間に恨みを抱く古い器物が命を宿し、群れをなして悪さをする慣例でした。そんな状況に心を痛めたとある神が、彼らの心を慰める為に建立こんりゅうしたのがこの神社なのです」

「な、なるほど」

「社の奥では彼らをはらい清める儀式が行われています。ですが儀式が神聖なもの、見世物ではありませんよ」

「あっはい、すいません。もう帰ります」


 しかられそうな雰囲気を察して、大介は勇気ある撤退を決意した。

 本当は祓い清められた走りスマホたちがどうなるのかを聞いてみたかったのだけれど。

 もう付喪神つくもがみじゃなくなるのだろうか?


 はからずも、その答えは下山して自転車まで戻った時に見つかった。

 丁度その時、神社の裏手の方から一台のトラックが走ってきたのだ。

 「廃品回収車」走り去るコンテナの側面にはそう書かれていた。


「おいおい、正体見たりとはこの事かよ。欲の皮が張ってんな」


 確かにスマホに使われているレアメタルは貴重なものだから、積極的に再利用すべきなのだけれど。あまりの俗っぽさに開いた口が塞がらなかった。











 その後、さんざん道に迷いながらも大介は自宅に帰り着くことができた。

 疲れからもう足が棒のようになっていた。

 まったく、ちょっとした好奇心からとんでもない目に遭ってしまったものだ。


 だが魔多き百鬼夜行の晩はまだ終わっていなかったのである。

 彼が玄関先で出くわしたのは、戸を開き、我が家から出ていこうとする走りスマホであった。


「あっ、コラ! 行くな」


 咄嗟とっさに声をかけると、走りスマホは手足を引っ込めて地面に転がった。

 ただのスマホに戻ったそれを拾い上げてみれば、どことなく見覚えがあるデザインだった。


「これ、姉ちゃんのスマホじゃないのかな?」


 ただいまを言い、両親の説教をのらりくらりとかわしながらも大介は姉の下へと急いだ。姉は大学二年であり、いくつものバイトをかけもちしてお金には困ってない人だった。つい先日も機種変で新しいスマホを手に入れたばかりだと自慢していた。

 走りスマホになったということは、コッチが古い方なのだろう。


「姉ちゃん、これ拾ったんだけど」

「あっ、前の携帯じゃーん。よかったー、失くしたのかと思った」

「え、でも機種変したんだろ? それもういらなくね? そもそも、店で古い方は下取りに出すとかそういう話でなかったの」

「もう、わかってないな大ちゃんは。チッチッチッ」


 立てた人差し指を左右に振りながら姉は舌打ちしてみせた。


「こっちの携帯には思い出が詰まってんのよ。彼氏と写真を撮ったり、メッセージをやり取りした思い出が、いーっぱいあるの。付き合ってくださいってメールもまだ中に残ってるし」

「はぁ、そういうもんですか」


 データ引き継ぎするとか、パソコンに移すとかすれば良いんじゃね。

 そうも思ったけれど、本体の裏側には今どきどこで撮ったのか彼氏とのプリクラ写真が貼られているのだった。あれはきっとデジタルでの代替が効かないオンリーワンに違いなかった。


 大切だとスマホ本体の前で言ったのが功をなしたのか、姉の古い機種はその後にげだすような真似はしなかったという。


 現在は大量消費社会。スマホですら定期的に買い替えられ、そんなものに愛着など持ちようもないはずであった。だが、この姉のように機種変更後も古いスマホを手元に残したがる者は案外と多いのだった。


 もしや貴方もそうなのでは?

 もしも、とっておいたはずの携帯がある日を境になくなっていたとしたら、それはきっと付喪神化してスマホ大明神の所へ行ってしまったのだ。


 それが嫌なら、一日に十回は胸に抱き「大切にしているよ」と言ってやればいい。

 きっと気持ちは通じるはずだから。



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