事故案件

人生

 ついに重い腰を上げた神々によるテコ入れ




 ――大変恐縮ではございますが――


 ――貴殿の今後のご活躍をお祈り申し上げます――



「誰に祈ってんだよこの野郎が……!」



 思わずスマホをぶん投げていた。


 就職活動を始めて半年、今日もまた先日受けた面接の結果がメールで届いた。

 いわゆるお祈りメール。もう何度目とも知れないそれに、いいかげん俺の我慢も限界に達しつつあった。


「何なんだよお前らみんなして宗教法人でもバックについてんのか……? うちの実家が神社だから異教徒は受け入れられませんってか……? くそう……」


 スマホが鳴っている。着信だ。空しい気持ちに襲われながら、放り投げたそれを渋々回収する。


 ……非通知。


「……なんだよ今度は電話で不採用ですか……? ご苦労なこって……。お前ら何教だよ、俺は永遠の14歳教だよこんちくしょう……」


 一通り愚痴を吐き出してから深呼吸し――なおも鳴り続ける着信に出た。


「……もしもし」


『儂じゃよ』


「……?」


 誰だよ。

 ついさっきお祈りメールが着たのもあって、この電話もその類だと――会社からの不採用の連絡はたいてい非通知で来ると聞いていたのもあって――しかし、よくよく冷静になってみれば、非通知からかかってくる電話なんて政府の調査とか詐欺くらいのものではないか。

 新手のおれおれ詐欺――息子や孫のふりをするのではなく、逆に親や祖父母のふりをする感じのやつか?



『儂じゃ、神じゃ』



 …………。


『お前はスマホを投げようとする』


「この――!」


 思わずスマホをぶん投げそうになり、直前に聞こえた言葉にふと俺は固まった。


『お前はスマホの画面を確認する』


「…………」


 声とほぼ同時に、俺はスマホの画面に目をやっていた。


『分かったじゃろう、神じゃ。お前の面接先がお祈りしている、就職を司る神じゃ』


「オーマイゴッド……」


『そう、ユアゴッド』


「……まさか自分が就職浪人になるとは思わず、その現実を前に俺はついに気が狂ってしまったのか……」


 これまで順調な人生だった。高校も大学も順調に卒業し、そのままどこかの会社に就職できるものだと、漠然と思っていた俺の人生――


『聞くのじゃ。これから言うアパートに引っ越しなさい。そうすることでお前の道は開けるじゃろう――』


「…………」


 呆然とする俺の耳に告げられる、どこかの住所。ほとんど頭に入ってこなかったが、それなりに記憶力の高い俺はそのじいさんの言葉を完璧に暗記していた。


『せいぜい精進するのじゃ。お前には、これからたくさん働いてもらうことになる』




 ――自称ゴッドに促された転居先は、不自然なほどに家賃の安いボロアパートだった。


 いわゆる、事故物件……。

 いろいろと調べてみたところ、この近所で殺人やら強盗事件などがあったようだが、その物件に関する具体的なニュース等は見当たらなかった。しかし、たぶん何かあったのだろうことをにおわせる大家の反応に俺は追及をやめにした。


 引っ越してすぐに俺がその部屋で行ったのは、どこかにお札やら何やら、そういう証拠がないか探すことだった。

 これといって不審な魔除けグッズは見当たらなかったのだが……部屋の壁紙のなかに巧妙に隠されたベニヤ板を発見した。

 それをどかすと、なんと――恐らくは隣室だろう、押し入れの中に繋がっていたのである。


 明らかに訳アリだったが――正直気乗りはしなかったのだが、もはや藁にも縋る想いだったのだ。




 そのアパートに引っ越して、数日。

 バイトの面接などを受けたりしたが、未だなんの連絡もないまま、部屋で暇を持て余していた時のことだ。


「……が――」


「で……――」


 何やら、人の話し声が聞こえてくる。

 隣室の住人だろう。このアパートは壁が薄く、時折隣の声や生活音が届くのだ。

 隣の住人は男で、一度だけ見かけたことがある。男の生活音などまるで興味もないのだが、今日ばかりは少し様子が違った。


「次はあそこの質屋を狙おう」


 ……!?


 まさか、何かの聞き間違いだろうと思っていたのだが――後日、地元の地方紙の片隅に、市内の質屋が強盗に襲われたという記事が載っていた。

 そして、強盗があったという日の夜、隣室の住人は押し入れに何かを隠したようだった。

 俺は隣室の住人が出かけたのを見計らい、ベニヤ板に隠された穴からその押し入れを確認し――宝石や貴金属類のごっそり入ったバッグを見つけたのである。


 俺は悟ったね。これが「道が開ける」ということなのだと――


 この宝石があれば……。




 ――もしもし、ポリスメン?


 俺は警察に通報した。ちょうど隣室の男たちが新たな計画を話し合っていたから、それを直接警察に――スマホを通して伝えようと考えた。


 失敗だった。


 隣室に警察が訪ねてきて、男たちはなんと、それをうまくやり過ごした。当然である。彼らは計画を打ち合わせていただけで、まだ何も行動に起こしていないのだから。

 にもかかわらず、警察がやってきた――そうなると、どこから情報が漏れたのかという話になるだろう。

 そして男たちの疑惑の目は、通報主である俺に向けられることになった。


 こちらが向こうの会話を盗み聞けるように、向こうもこちらの様子を探ることが出来る――なにせ、壁が薄い。警察が通報主について教えなくても、自然と俺がそうだということが彼らには分かったのだろう。


 ……おのれ警察役立たず。善良な一市民を危険にさらしやがって……。


 ドン、ドン。


 部屋のドアがノックされている。覗き窓から外を確認すれば、隣室の住人だろう大柄な男と目が合った。向こうにはこちらが見えていないとしても、目が合っただけ俺ではブルってしまう。相手はそんなヤバ気な男だった。マジでほんとなぜこんなヤツを見過ごしたんだ。


 ……一縷の望みをかけて、今一度警察に通報する。


 強盗犯が部屋に来ている。助けてくれ――声を抑えて必死に経緯と現状を説明するのだが、電話を受けた相手にはどうにも緊張感がない。


 ドン! ドン! ――いるんだろ、出てこい。ドスのきいたそんな声がした。


 こちらが通報していることがバレたのか。今にもドアをぶち壊しそうな勢いだ。


 通話を繋げたまま、俺はとっさに隣室へと続く穴に飛び込んだ。バッグがある。これを持って外に逃げようか――現物を持っていけばいくら間抜けな連中だって俺の話を聞くだろう。ヘタすると俺が捕まる恐れもあるが――


「おい、ほっとけよ」


「……!」


 隣室――押し入れの扉一枚挟んだむこうで、別の男の声がした。


「それよりズラかるぞ。警察がガサ入れにくるかもしれない――」


 とっさのことで、対応できなかった。


 ズザザザ! ――と開かれる押し入れの扉。バッグを抱えた俺は、目の前の男と視線がぶつかった。


「んなっ……!?」


「ひ……っ!」


 ヤバい、死んだかもしれない。俺は慌てて身体を引っ込めるが、自分の部屋には既に別の男の魔の手が――オーマイ、ゴッド――


 俺が口封じされる様はきっと、通話を通して警察に伝わるだろう。

 しかし彼らが駆けつけた時にはもう、俺は――




 ――後日。


 その男の名前は地方紙の片隅にひっそりと載っていた。


 最初の通報で駆け付けた警官たちがアパートを張っていたことで彼は無事、難を逃れ、連続強盗犯の逮捕に貢献したとして、警察から表彰を受けた。


 それが彼の就職活動に大いに役立ったことはあえて語るまでもない。


 しかし、彼はなぜ自分がそのアパートに引っ越そうと思ったのか――そのきっかけとなった神々の存在をいずれ忘れてしまうだろう。


 人々と神々の繋がりは今や薄れ、ここまで記憶に残る体験をした彼でさえ、その忘却は避けられない。それはこれまで人々とのかかわりを断ってきた神々の招いた結果である。


 だが、神々はそれで構わないと考える。人々が自らの意思で世界を、文明を発展させることをこそ望むからだ。


 男は正しい選択をした。そのように優れた心を持つものが、腐っていてはならない。


 神々は今日もどこかに電話をかける。いまやそうすることでしか、神々は人々と繋がることが出来ないためだ。


 世界は少しずつでもより良くなるだろう、人々の手によって。

 そう、あなたがその電話を取ったなら。



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