レーザースマホ

綿野 明

レーザースマホ




 初めて携帯電話というものが世に出回った時、それは本当にただの電話だった。ボタンを押して電話をかける、そしてよく使う番号をいくつか保存しておく、そういう当時の固定電話機にもできたくらいのことしかできないもの。


 そこにちょっとしたゲームなんかが追加されるようになって、写真が撮れるようになって、その画素数がどんどん上がり、テトリスしかできなかったゲームも複雑化し、画面が大きくなり、アプリなるものが生まれ、人工知能が搭載され──


 そうして「ケータイ」から「ガラケー」を経て「スマホ」に呼び名が変わるころには、携帯電話は薄い板状の物体に変わっていた。それからもスマホは進化を続け、画面は空中投影型が台頭し、後ろの景色が透けて見えにくいと人気は微妙なまま下火になり、頭にチップを埋め込むとかいうなかなか猟奇的な技術も出回りかけたが誰もやりたがらず、今はサークレット型ARスマホで落ち着いている。頭に一切メスを入れることなく被るだけで脳に電気信号を送り、今見えている景色に画面を重ねてくれるのだ。ちなみにゲームをするときにはVRに変わる。充電は昔の時計と同じで「ソーラー」と「自動巻き」の併用型らしい。外付け型の充電器は姿を消した。ここまでくるともう「電話」感は殆どないが、それでもどこか愛嬌のある「スマホ」という略称は使われ続けていた。


 そしスマートフォンが本格的に「電話フォン」から乖離かいりする、本当に革新的な新機能が搭載されたのはここ五年くらいのことだ。あの七年前の「襲来」以降、人間は銀河の果てからワープしてくる「川縁かわべり」の知的生命体──銀河の外側且つ近い宙域からやってくるのでそう呼ばれている。芥川賞作家か誰かが名付け親らしい──との交戦を余儀なくされた。一匹一匹はわりかし小さいが、結構たくさんくるのだ。そしてキモい。なんというか、妙に縦長で……とにかく気色が悪い。「それは地球環境とは全く異なる異星の生命体であるために起こる価値観の相違だ。人間は環境に適応せぬ生命体を奇形と見る本能が云々」と語っている学者もいたが、そんなことはどうでもいい。まず気持ち悪いし、人間の都市を侵略しようとするし、自然も破壊しようとする。「人間の開拓や戦争と何一つ変わらぬ」とか言う坊さんもいるらしいが、それなら余計、そんな生き物を何種類も増やしちゃならないだろう。とにかく、人類は宇宙人を掃討することで一致団結したのだ。


 スマホの話に戻る。ということで、スマホには新しく武器が搭載されることになった。高性能カメラとAIが地球外生命体を検知し、アラートを鳴らし、ARのガイドに従って対象に人差し指を向け「撃てファイア」と言えば、レーザーがそいつを焼き切ってくれるのだ。


 間違っても人に向けたりできないようにAIに制御されているし、そのAIには何重にもセキュリティがかかっているので、レーザー搭載型スマホを被っていても銃刀法違反にはならない。いまのところハッキングされたという話も聞かない。


 これに伴って、この四年くらいで人を指さす行為は「殺すぞ」という意味を持つようになった。これを先生の前とかでやらかすと、中指を立てるのよりずっとひどく怒られる。それゆえに、男子はしょっちゅうやってみせて女子に白い目で見られる。


 そうこうしている間にも、交差点に生命体が複数現れたというニュースが半径一キロ以内の全員の端末に送信された。今回のはでかいナメクジのようなやつらしい。そんなののどこに銀河の外から地球へやってくるだけの知能があるのか全然わからないし、もっとわからないのはワープポッドを作るだけの手先の器用さがどこにもなさそうなところだが、そんな川縁事情に興味のある人間はほとんどいない。意識高い系のやつか科学者だけだ。


 でもとにかくキモいし、自分の身を守りたいし、これが増えると大変になることくらいはみんなわかるので、今日もスマホは世界中で活躍しているのだ。





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