放課後の教室でスマホを拾う話【KAC2021】

朝霧 陽月

第1話

 放課後のこと。

 俺はたまたま忘れ物をしたことを思い出して、ふらっと自分の教室に立ち寄ってみたところ。

 誰もいない教室の床に、落ちているスマホを発見した。


「まさか、誰が落として帰ったのか……?」


 見つけたからにはそのままにしておくことも出来ず、俺はそのスマホを拾った。

 ケースを見る限り女子のっぽいけど、一体誰のだろうか?


 持ち主はさぞかし困っていることだろうと思い、どうにか誰のものか分からないかと、俺は手帳型になっているケースを開き中身を確認した。


 …………うん、持ち主が分かるようなものは何もなさそうだな。

 もしかしから気付いて取りに来るかも知らないし、分かりやすい場所にでも置いて帰るか。


 そう思ったところ、丁度そのスマホにメッセージアプリのメッセージが届き、内容が画面に表示された。


「あっまずい」


 さすがに他人のやり取りを見てしまうのは良くないと思い、慌ててケースを閉じたのだが。だがそうするよりも先に、意図せず画面の文字が目に入ってしまったのだ。


「……え、冬美って?」


 チラッと単語が目に入っただけだったが、このスマホの持ち主は先程届いたメッセージで『冬美』と呼ばれてるようだった。

 このクラスで、冬美というのは一人だけ……雪村冬美さんだけだ。


「これ、雪村さんのスマホだったのか……」


 思いがけない事実に動揺した俺は、改めてもう一度そう呟いてしまった。

 ……なぜなら雪村さんは、自分が片思いしている相手だったから。


 まさか、好きな子のスマホを拾ってしまうとは……。

 どうしよう。


 せっかく持ち主が分かったのだし届けるか?

 いや、スマホをわざわざ届けるとか普通にキモい気が……!! というか、届けるっていってもどこに届けるんだよ。まず住所なんて知らないからな?

 それに急に家まで押しかけてくるクラスメイトって、本格的にキモいぞ!? 流石にそこは確信できる!!


 だってそもそも、どうやって持ち主が分かったって説明するんだよ。

 たまたまメッセージ見たとか言ったら、わざとじゃなくても嫌がられるのではなかろうか……?



 …………よし、余計なことは一切せず雪村さんの机に上に置いておこう。

 それもそれで若干キモい気がするが、俺だって特定されないから問題ない。

 さぁ、これが終わったら速やかに帰宅するんだ。


 誰にも見られないように迅速に……っとっっ!?


「いっっ」


 いや、なんでこんなところで転ぶんだよ俺。

 自分でいうのもなんだが、動揺し過ぎでは……?


 情けない気持ちになりながら顔をあげると、転んだ拍子に思わず手放してしまった雪村さんのスマホが目の前に落ちていた。

 そのスマホはまたケースが開いていて、また丁度メッセージが送られてきたタイミングだったのだろう、画面にはこんな文字が表示されていた。


《それでやっぱり告白するの?》


「は……?」


 待って、待って、待って……告白!? だ、誰に!? もうちょっと色々詳しくお願いします……!!

 俺が震えながら、そのスマホに手を伸ばしかけたところで……。


「あれ、竹田くん?」


 そんな声が、耳に届いて思わず動きを止めた。

 声のする方を見ると、そこには教室の入り口に立つ雪村さんの姿があった。


「どうしたの……その床で?」

「ああ、うん……ちょっとね……」


 俺が答えることができず思わずお茶を濁すと、優しい雪村さんはそれ以上聞くことはせず「そうそう」と喋り出した。


「実は私、スマホを落としちゃったんだけど竹田くん知らないかな?」

「ソウナンダ……ア!!」


 そう言いながら俺は、素早い動きで目の前スマホを拾いながら立ち上がり、雪村さんにそれを見せた。もちろん、しっかりケースは閉じて。


「丁度スマホを見つけたんだけど、もしかしてこれ?」

「あ、そうそうそれ!! 困ってたんだ、ありがとう……!!」

「いや、自分は別に何もしてないよ……」


 笑顔でお礼を言ってくる雪村さんに、申し訳なさを感じて俺はすっと彼女から視線をそらした。あと告白という単語が気になって、どんな顔をしていいか分からないし……。


「うんん、竹田くんがいてくれて本当に助かったよ」

「いや……」

「今日は用事があるからもう帰るけど、本当にありがとうね」

「いや……」


 俺が上手い返事もできず、死ぬほどテキトーな言葉だけを返していると、雪村さんは勝手に話を進めてそのまま帰ろうとしていたのだが……。

 教室の入り口間際で、急に立ち止まると背を向けたままこんなことを口にした。


「そう言えば、竹田くんには……その、好きな人とかいるのかな?」

「え?」

「いや、やっぱり今のなし!! 変なこと聞いてゴメンね、私もう行くから」


 しかし俺が何か言うよりも先に、雪村さんは慌てた様子でそういうとそのまま走るように立ち去ってしまった。



 え……いや、待って、今の質問の意味は……え、ちょ、雪村さん!?


 そうして完全に混乱した俺は、その日その教室で、戸締りのために見回りの先生がやってくる時間まで悩み続けることになったのだった。

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放課後の教室でスマホを拾う話【KAC2021】 朝霧 陽月 @asagiri-tuyu

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