ガラス越しで失礼します
狩込タゲト
少しヘンなモノとスマホと私
スマホの画面が割れた。
私のスマホではないから悲しくはないが、持ち上げた瞬間に割れるのは珍しいので驚いた。
私の持ち上げ方が悪かったのだろうかと一瞬気になったが、持ち上げ方に良いも悪いもないのにと、馬鹿らしい考えを頭を振ることで追い払う。
今日の私は寝不足気味で、頭がいつもより働いていない気がする。
落ちていたスマホを躊躇なく拾うというのも、考え無しの不用心な行動だ。
何かの犯罪に巻き込まれるかもしれないのだから。……今の妄想は最近読んだミステリー小説の影響だろう。そして、その妄想を止めるでもなくつらつらと考え続けてしまうのはきっと眠気のせいだ。
ただの一般人の私が犯罪に巻き込まれる可能性として考えられるのは、このスマホがただの落とし物ではなく盗まれたもので、拾っただけの私が盗んだと勘違いされるという展開だろう。
それを回避するにはどうするのが最善か?
最寄りの交番の電話番号を調べて、電話をかけて、スマホを届けたいという旨を伝えた。
おまわりさんが居てくれて良かった、パトロールに出る直前だったが待っていてくれるそうだ。もしも電話せず、交番に着いたときに誰もいなかったら途方に暮れてしまっただろう。私が前を通る時はいつも誰かしら居る交番だったので、そこに人がいないという想定を忘れていた。そういう意味でも連絡を取ったのは正解だった。
私の頭は冴えているのではないか?思ったよりも動き始めてきたのかもしれないと調子に乗る。
そんな風に期待したのに、スマホが鳴り出したらとっさに出ようとしてしまった。ぎりぎり思いとどまってよかった。私のではなく落とし物の方が鳴っていたのに、自分のスマホのつもりで出ようとしていた。
危ない、危ない。今の状態でうっかり出てしまっていたらまともな受け答えが出来なかっただろう。怪しい人、不審者に認定されてしまう。
鳴り続けるスマホ、出た方がいいのだろうか。もしかしたら落とし主が、知り合いに頼んで電話をかけてきたのかもしれない。そうじゃなかったとしても落とし物として拾ったとすぐに伝えればいい話だ。
深呼吸をしてから、通話をする。しようとした。できなかった。
画面が割れていたからだ。指でいくら触れても何の反応も無い。
慌てる私をよそに着信音は止んでしまった。電話を取れなかった無念さと、出ずに済んだ安堵とで胸の中がぐちゃぐちゃになっているときに画面が変わった。
ザザザザッ、唐突な電子音に心臓がはねる。
通話中になっているようだ。しかもカメラがオンになっているのか、黒い画面に明暗がところどころ生まれている。
光を反射する二つの物体が小さく映った。
それは人の目だと思った。
……たぶん。
ドキュメンタリー番組で野生動物を初めて見つけた瞬間の映像みたいな小ささだったし、画面が割れているのでよくわからない。交番に届けるために外に出てしまったため、明るさで反射してるのも原因の一つだろう。今日はとても天気がいい、睡眠が足りていない私の体にはこたえる。
スマホからザザザと金属がこすれるような音とは、別の音が聞こえてきた。
「……ど……くぉ……」
ど・こ?
もしかしたら場所を訪ねようとしているのかもしれない。
私はあわてて、このスマホを拾ったことと、どこの交番に届けようとしているかを話した。はたして、きちんと伝わっただろうか。また何か言っているようだがよく聞き取れない。こちらの声も届いているか不安だ。
もしも、こちらの様子も見えているのならと、スマホを周囲が良く見えるようにゆっくりと動かす。
「……い……く…ぉ…」
行くよ、と聞こえた気がする。
画像はちゃんと届いているみたいで嬉しくなり、画面を見ると、先ほどよりも近づいている。
人の目だと確信が持てるぐらいだ。うっすらと人の顔の輪郭もわかる。か細い女性的な印象を受けるが、スマホから聞こえてきた声は低くてザラザラと野太かった。通信の調子が悪いのだろう。こちらの声もそういう風に変換されて届いているのかと思うと少し愉快になって、笑い声が漏れてしまった。せきをして笑い声も顔もごまかす。向こうからしたら笑いごとではないはずだ。
笑ったことがバレていないことを祈りつつ、画面を確認する。今度は建物の影に入り、画面がよく見えるようにした。
さっきよりも、顔が近づいていた。
大きく見開かれた目。
白目の中の血走った血管がわかるほどに近い。
その中心の、黒い瞳の中には、私が、映っていて……。
なぜか私は目をそらした。
なぜだろう。……あまり見つめすぎるのも失礼にあたるからだな、きっとそうだ。
そういえば、ずいぶんと向こうの人は近づいていたが、どうしてだろう。目が悪いのかもしれない。それなら今までのもちゃんと見えていなかったのではないかと考え、目印になるようなものもきちんと映るように、今度は頭より上にスマホを掲げた。
「ぐぅっ」
苦しそうな声が一瞬、小さく聞こえた気がした。
まるで明るいところに突然出た、さっきの私のように。
「あっ、ヤバイ」
思いっきり太陽の方にスマホのカメラを向けてしまっていた。
「ごめんなさい、ごめんなさい!」
たくさん謝ったが聞こえていなさそうだ、画面は黒いし、雑音さえ聞こえなくなってしまった。
私が寝不足なばかりに!ごめん!
「直射日光は見ちゃいけません」という幼稚園の先生の言葉が頭の中でリフレインする。
申し訳ない気持ちのまま、交番に駆け込んだ。おまわりさんは、飛び込むようにして入ってきた私に驚いていたようだが、親切に対応してくれた。ありがたい。
混乱からやっと落ち着いた私は、さきほどの失敗を話した。おまわりさんは苦笑いをしていたが、やるべきことをやろうとしただけなんだからと慰めてくれた。優しい人である。
書類に名前などいくつか書き込むのは正直めんどくさかったが仕方ない。そういう仕組みなのだ。スマホを置いてそのまま立ち去りたかったが、優しいおまわりさんに余計な負担はかけられない。
「お気をつけて!」
元気に送り出してくれたおまわりさんに頭を軽く下げてあいさつをし、やっと自由の身となった。釈放された気分とはこんな感じだろうかと、やっと眠気が消えてきた頭でアホなことを考える。
落とし主が来るのであれば、あのままその場に留まるのが普通の人の対応だったかもしれないと、交番についてから気づいた。しかし、そのやり方はおすすめしないと、おまわりさんに否定された。受け取りに来るのが本当の持ち主かどうか、私には確認ができないのが理由だ。確かにその通りで、持ち主が渡したくない相手が取りに来る可能性があると知り、人間って怖いと思った。
そういえば、最初に目がスマホ画面に映ったときに違和感があった。見づらい画面そのものに意識を集中していたから、その時には気づけなかった。二つの目はとても小さく映っていたのだ。自撮りではありえない遠さで。
それに、聞こえてきた声が映っている人の声だと思い込んでいたが、画面外にいた人だったかもしれない。そんな簡単なことに気づけないなんて、ずいぶんと私はボーッとしていたようだ。
やはり、他にも人がいたのだ。
私が電話に出るのを渋っていたように、スマホの落とし主もかけるのを渋っていたのだ。だから、代わりのスマホを貸してくれた知り合いの人がしびれを切らして電話をかけてやったが、話すのは自分でしろと持ち主に押し付けたために、あんなに離れた位置からのスタートになったのだ。
交番という非日常空間にいた私の眠気の去った頭は冴えわたっている。
そういえば、あのとき「行くよ」と言ったと思ったけど、違う言葉だった気がしてきた。
「行こうよ」
どこに行こうと言いたかったのだろう。
私は頭をひねる。しかし、どういう文脈で出てきた言葉だったのか、考えつかない。今の私は冴えていると思ったが、全然そんなことはなかった。
きっと私の今までの予想もはずれているのだろう。とても残念である。
ガラス越しで失礼します 狩込タゲト @karikomitageto
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます