栗須純がスマホを叩き壊した日

nekotatu

スマホ

雀の鳴く声で目が覚める朝は爽快だ。

今日も平和な一日が送れますようにと祈りながら起き上がると、スマホに一通のメールが届いていた。

佐都か?あいつまた夜更かししたのか……とメールを開くと、発信者は知らないアドレスのようだ。

いかにも怪しいから開けない方がいいだろう。


『忘れるなお前は逃げられない忘れるな』


「うわぁぁぁ!!」


しまった。

メールがタップしていないのに勝手に開かれ、その文が赤文字でじわじわ大きくなっていくホラー感に動揺してついスマホを叩き割ってしまった。


「あーあ、粉々だ……」


朝から嫌なものを見た。

爽やかだった朝が一瞬でどんよりしたものに感じられ、ため息をつく。


何はともあれ、全ては朝ごはんを食べてから考えよう。

現実逃避しながらリビングに行くと、冷蔵庫から昨日の夜ご飯の残りを取り出した。

これは昨日仕事を手伝いに来てくれた須賀煌すがこうが作ってくれた筑前煮だ。


煌は見た目は不良のようだが根は優しく、観察眼が鋭い。煌とは中学からの付き合いであり、俺の二つ下の後輩だ。


「……ん?煌、あんなところにギター忘れてったな。知らせてやらないと……って、スマホが使えないんだったか」


これは困ったな。今日は上司に連絡したいことがあったんだが。

スマホを買い換える暇がない。


「スマホを貸してもらうか、直接足で伝えに行くしかないか……」


まずは佐都のスマホから上司へ連絡しよう。

ついでに佐都の家の近所にある神社でスマホをお祓いしてもらおうか。

佐都も連れていけば何かいいアイデアが浮かぶかもしれない。



「あははははは!それは災難だったね、純。いいねぇ神社。一度生お祓い見てみたかったんだよねー」


佐都春馬さとはるまに事情を話すと、爆笑しながらスマホを貸してくれた。


「全く心臓に悪い朝だ……」


「純昔からお化けとかに弱いもんね。遊園地のお化け屋敷も絶対入らないし。……廃病院や廃工場に取材にいきたいんだけど、どう?」


「絶対嫌だ。一人で行け」


「だよねー。ああ、でもそれ以外にいい取材先があったら誘うから!雪も砂漠もいいなぁ」


佐都は俺が担当している作家で、小学生の頃からの幼馴染みだ。

現在は超能力ものを執筆中だが、なかなか順調に進んでいるようで編集者としてはかなり嬉しい。

その前の雑誌に載せる書き下ろし小説はギリギリすぎて胃が痛くなったが。


「雑誌の件、よろしくお願いします。栗須純くりすじゅん……と。ありがとう、佐都。スマホ返すな」


「須賀くんにも連絡できるけど、いいの?」


「せっかくだから直接ギター届けに行こうかと思ってな」


「そういえば、煌くんの家あまり行ったことないもんね」


普段集まるのは俺の部屋になることが多く、佐都や煌の家はあまり使わない。

佐都の家は本ばかりで足の踏み場がないためだが、煌の家はまた別の理由があった。


「亡くなった家族と住んでいた家に無遠慮に上がり込むのはよくないように思えてな。……でもなんとなく懐かしいような気がするんだよなぁ」


「彼、部屋全部ご家族が生きてた頃のままで維持してるもんね。今でも寂しいのかな」


「家族についての話になるとあいつ、悲しそうだしな。いつか時間が解決してくれるもんかね」


「だといいねぇ」


「あまりのんびりしていると昼になってしまうし、そろそろ神社へ向かおう」


「りょーかい」



神社は佐都の家から徒歩10分ほどであり、森に囲まれ落ち着いた雰囲気は住民の憩いの場である。この山の麓ならではの澄んだ空気と風、流れる川の音は俺も佐都も気に入っている。

また、この神社では毎年初詣と「俺の記憶が戻りますように」と祈願に行っているため、神主さんとも馴染みになっている。

今回もその神主さんにお祓いしてもらうべく探してみると、ちょうど境内の掃除をしているようなので声をかける。


「蓮司さん、おはようございます」


「おっ純久しぶりだなぁ!春馬は相変わらずもう少し肉食った方がよさそうだが。今日はどうしたんだ?」


風民蓮司かざたみれんじさんは記憶をなくした頃からの付き合いで、兄貴分みたいな人だ。

グレていた頃に、記憶が取り戻せますようにと祈願することを勧めてくれたのも蓮司さんだ。


「純のスマホが呪われたのでお祓いしてもらおうかってことになりまして」


「呪われてない。少しおかしな挙動をしただけだ。というか、むしろウイルスに侵入されたかもしれないな……」


「それは災難だったな……?まあ、お祓いしとけば少しは心の安寧が得られるだろうから。俺でよければすぐできるぜ」


「お願いします」



お祓いは50分ほどで終わり、粉々のスマホが俺の手に返ってきた。心なしか清いものに見える。


「じゃあ俺は用事があるからここでな。また何かあったら遠慮なく来いよ」


「蓮司さん、ありがとうございます。またお願いします」


「蓮司さん生お祓いごちそうさまでした!」


「生お祓いってなんだ生お祓いって。小説のネタには大歓迎だけどな」



蓮司さんと別れ、佐都も執筆に戻りたいようなので一人で煌の家に向かう。

煌の家は家族で住めるような一軒家で、庭もよく手入れされている。季節の花も植えられている辺り、マメだと思う。

インターホンを押すと、すぐに出てくれた。


「あれ?純さん珍しいっすね。ああ、僕昨日ギター忘れてったの届けに来てくれたんすか。ありがとうございます」


煌はギターを受けとると、中に招き入れてお茶を用意してくれた。


「言ってくれれば取りに行ったのに、わざわざ届けてくれるとは。何かあったんすか」


「うん、スマホを叩き壊しちゃって」


「それはまたどうして」


「今朝届いたメールがホラーだったんだよ……」


煌に詳しく話すと、「ただのイタズラだといいんすけどねぇ」と肩をすくめた。


「でも僕は、忘れていいことって多いと思いますよ。そのメールが指すことも、純さんの失った記憶も」


「メールはともかく、記憶もか……」


「記憶を失うってのは、アニメだと忘れないと耐えられないほどショックが大きかったとか、忘れた方がいいことを忘れさせられたとかじゃないすか。今の家族が幸せなら昔の家族なんて、忘れてもいいんじゃないすかね」


確かに理性的に判断すると煌の言うとおりだが、割りきれず少しムッとする。


「ずいぶん思いきったこと言うね。例えば君は自分の家族を忘れられる?忘れられてもいいのかい?」


「いいですよ。それが家族のためになるなら。忘れてください」


断言する煌は少し悲しげで、これ以上この話を続けない方がいい気がした。

気分を切り替えるべく庭の花について話を振る。


「ああ、あれは僕が好きな花なんです。名前は覚えてないんすけど、花屋で見かけたので植えてみました」


「植木も整えられてたけど、煌は園芸が得意なのか?」


「まあ、暇潰しに。いや、家事も園芸もできる僕って主夫力高いっすね」


「お嫁さんは見つかりそう?」


「その言葉そっくり返すっすよ」


「この話はやめようか」


そんな他愛もない雑談をしばらく交わし、気がつけば夕方だった。


「ああ、そろそろ俺は帰るよ。煌、いつもありがとうな」


「いえいえ、こちらこそ」



煌の家を出て、夜ご飯の材料を買って家に帰ると、義妹の柳圭衣やなぎけいが仁王立ちしていた。


「純さん、お帰りなさい」


「圭衣!?ただいまだけど、どうしてうちに?」


「メールを送ったのですが」


「ああ、ごめんスマホを壊しちゃって」


「佐都さんから聞きました。いえ、問い詰めました。それより、どうして一番に連絡してくれなかったんですか。佐都さんのスマホから教えてくれればよかったのに」


「あー、明日でいいかと思い……すまん……」


「もう!それ、今日の材料ですか?私が作るのでスマホショップまで走ってください!」


「今から!?いやもう夕方だし」


「走ってください」


「はい」


怒っている圭衣の圧力に勝てるわけがなかった。


確かに心配性の妹と、正義感の強い義父に囲まれ、グレながらもここまで生きてきた俺にはもう昔の家族なんて要らないかもしれない。

それでも捨てられない思い出がある。

一欠片の記憶が俺を引き留める。

あの優しい時間は、何にも変えがたい大切な記憶なんだ。



なお修理したあとのスマホは、圭衣の鬼メールでいっぱいになっていた。

次回は必ず圭衣に連絡することを誓った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

栗須純がスマホを叩き壊した日 nekotatu @nekotatu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説