肉球スワイプ!
神山雪
肉球スワイプ!
ちっちゃいテーブルの上に、ご主人がいつも手に持ってる四角くて薄いやつが放置されていた。あたちはそれに四本の脚で近づいて、鼻をふんふん動かして匂いを確かめる。ううん、硬くってちょっと無機質な鉄の匂いがするわ。なんでご主人は好き好んでこんなの使ってるのかしら。謎だわ。
この部屋にご主人の匂いはない。どっか行ってるのね。あたちのためにチューるでも買ってきてくれないかしら。
あれを扱っているときのご主人と来たら、あたちのことなんてまるでみやしない。頭をこすりつけて、鳴いてみて、それでようやくあたちの存在に気がつくのよ。
別にあたちは、あんな四角いやつに嫉妬してるわけじゃないのよ。ご主人の膝はあたちだけのものだし、あたちにチューるをくれるのはご主人だけだから、まぁ信頼してあげてもいいってものよ。
でもたまにちょっとムッとくる時もあるもの。あたちが膝にいても、あたちに夢中にならないで、そればっかりみてる。抗議の意味も込めて甘噛みしたら、やんわりと怒られたわ。あたちを邪険にしてるのはご主人なのに。そういう時は不貞腐れて、ご主人の部屋の一番高いところでおねんねするの。一緒になんて寝てあげないわ。
だからたまに、四角いやつを前脚の肉キューでペタペタパンチしているの。肉キューでツルツルした表面をスルッと引っ掻いたこともあるわ。だんだん面白くなって何回も何回もペタペタツルツルさせるの。するとね、ご主人困った顔をするのよ。なんたって、その四角いやつはちょっとの間使えなくなるんだから。でもすぐに復活しちゃうから、ペタペタツルツルやりたくなっちゃう。
あたちは肉球をペタペタ貼り付けさせた。これでよし。ご主人は今度こそこいつから離れてあたちのところに来てくれるわ。最後に、もうひとおし。
『ご用件は何でしょうか?』
にゃ!
四角いやつが、いきなり喋った!
な、なんなのよ! 四角いやつが喋るって、あたち聞いてないわ! だって、あたちがこうやる時、いつもこんなの喋らないもの! ご主人だっていつも静かに使ってるもの!いつもと同じようにやってたはずよ!?
な、なんなのよこいつ!
怖っ!
あたちは四本の脚でそれから離れた。一目さんに向かうのは、一番あったかくてあたちを守ってくれる場所。ご主人の匂いが一番伝わる場所。
ご主人、そんな怖いやつ使うのをやめて、早く帰ってきて。
*
……パスワードが効かなくなっている。またか。あの飼い猫は。買い物に忘れていって、帰ってきたらこれだよ。油断も隙もありゃしない。
「さくらー」
呼んでみたけど、愛猫からの返事はない。トコトコと寄っても来ない。どっかに隠れてやがるな。台所とリビングにいないことを確認して、今は起動できないスマホを手に持って寝室に向かった。多分この中だ。少し扉が開いていたから、肉球でこじ開けたんだろう。ほんと、悪戯ばっかり覚えてくれる。スマホを肉球で動かして、起動させなくさせるのも覚えたいたずらの一つだ。
しかし部屋に入ってもさくらの姿は見当たらなかった。本棚にも、ベッドの上にも、キャットタワーの上にも、机の上にもいない。……ん?
ベットの中が妙に膨れ上がっている。私はそれをベリっと引き剥がした。
「なんだ、そこにいたの」
栗饅頭みたいに妙に丸くなっている。頭を前脚で抱えているので、顔は見えないけれど。……猫にこんなことをするなと言っても通じないのは重々承知している。だけどたまーに、だめよーと言いたくなるのだ。……甘やかしきった声音になってしまうのは、致し方ないのだが。
だってかわいいじゃん。スマホをいじって使えなくさせる猫なんて。可愛すぎるに決まってる。まぁいっか、ちょっとぐらい。許しちゃうし抱っこしちゃうし、なんだったらチューるでもあげちゃう! ……そう思った時。
『ご要件はなんでしょうか?』
……ずっと起動ボタンを親指で押していたのに気がつかなかった。そういえばこれ、長押しするとSiriが勝手に発動するんだっけ。もう一回起動ボタンを押して、パスワードが正常につ合えることを確認する。このSiriにビビったってことは……あるんだろうか?
ないと思うけど。
あるんだろうか?
私はベッドの下の丸まった猫を見た。
スマホのカメラを起動させる。パシャっと小気味いい音が響いて……。
さくらの耳が、ピンと立つ。
「全く、かわいいなぁもう」
愛猫のまんまるの瞳がびっくりしたまま固まっているのが、スマホの画面に映った。
肉球スワイプ! 神山雪 @chiyokoraito
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。肉球スワイプ!の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
めしの備忘録/神山雪
★12 エッセイ・ノンフィクション 完結済 41話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます