セーラー服の世界へようこそ(KAC20215)
つとむュー
セーラー服の世界へようこそ
街に出ると、見たことのない風景が広がっていた。
ほとんどの人がセーラー服を着ているのだ。
女子高生はもちろん、小学生、若者、そしておじさん、おばさん達まで。
「まるで、セーラー天国じゃねえか!?」
僕はあ然とした。
そのきっかけを語るために、時計を三十分ほど巻き戻してみよう。
◇
その日、いつものように目覚めると、机の上に謎のメモが置かれていた。
『二〇二一年の僕へ。ようやくお目覚めかな? ここは二〇二六年の僕の部屋だ』
何? このメモ?
わけわかんないんですけど……。
僕は慌てて周囲を見回す。が、そこはいつもの自分の部屋。
ということは、何者かが侵入したか、もしくは酔っぱらった自分がこれを書いたか……?
『とある実験で、意識だけ入れ替えさせてもらった。午前八時には元に戻るから、それまでの間、二〇二六年の世界を楽しんでくれ』
ま、まさかの入れ替わり? 近以来の自分と!?
とりあえず僕はスマホを手にする。
すると突然、壁に映像が映し出されたのだ。
『おはにゃんよう。わたしはスマホのAIマホにゃのです。二〇二六年の世界を案内しちゃうにゃん』
ネコミミの美少女アニメキャラが、可愛らしい声で僕に挨拶する。
どうやら、このスマホにはプロジェクター機能が付いているらしい。
AIを語るマホの声は完全に人間の声で、機械らしさは全くない。
もしかしたら……本当にここは未来の世界なのかもしれない。
試しに僕は、マホに訊いてみる。
「マホ。教えてくれ。二〇二六年というのを信じるとして、今は何時?」
『午前七時にゃん。入れ替わり終了まであと一時間にゃのだ』
なに? あと一時間!?
ていうか、このAI、容姿も声も完全に僕好みじゃねえか!!
なんて感心してる暇はねえ。
僕は着替えて、二〇二六年の街に出掛けたのだ。
◇
そこで目にしたのは、セーラー服の世界。
ほとんどの人がセーラー服を着ている。下はスカートだったり、水兵さんのようなパンツスタイルだったり様々だが。
オーソドックスな白、そして紺色。赤系や青系、緑やピンクのセーラー服を着ている人もいる。共通しているのは、背中に垂れ下がった大きな襟の部分が白色ということ。
「マホ。なんでみんなセーラー服を着てるんだ?」
『バス乗り場を見れば分かるにゃん、その理由が』
マホの言うとおりバス乗り場に視線を移す。
するとバス待ちの列の人は、皆同じ行動をしていた。
スマホからの画像を、前の人のセーラー服の襟の部分に投影する人々。
『二〇二六年の人々の背中は誰かのスクリーンにゃのだ。電車の中も同じ状況だにゃ。投影画像を使うことで、スマホのブラインドタッチも可能ににゃったにゃん』
人の背中にスマホの画面を投影するなんて……。
でも、見てるとなんか便利そう。
昼間でもくっきりと画像が映るよう、投影技術が進んだに違いない。
それにしても、スマホのブラインドタッチとは考えもしなかった。
だってスマホと言えば、画面を見るのが基本だから。
投影画面が使えてブラインドタッチが可能になれば、本当にPCの必要ない世界がやって来るかもしれない。
すると、一人の妙齢の男性の様子が目についた。
おじさんが紺色のセーラー服を着ていることも僕にとっては異様だったが、彼の背中を何人もの若い女性が追いかけているもまた謎だったから。
「あの人はなんで、あんなに人気なんだ?」
マホから返ってきた答えに、僕は自分の耳を疑う。
『おそらくあの人は、保健労働省のお役人さんにゃのだ。あの人の背中にスマホ画像を投影すると、お得なことが起こるのにゃ』
保健労働省!?
お得なことって何?
僕はマホから、その経緯について聞くことになった。
◇
『スマホ老眼って知ってるかにゃ? 十年前、つまり二〇一六年ごろから問題ににゃってきた症状にゃ』
そんな言葉、知らなかった。
聞くとところによると、スマホばかり見てると目の中の毛様体筋が疲弊し、ピントを合わせにくくなってしまう症状なんだそうだ。
『スマホ老眼が若年層に広がる状況を問題視した保健労働省が、スマホにプロジェクターを取り付けることを推奨したのにゃ。だからその普及のために、職員が率先してセーラー服を着ることににゃったにゃん』
そんな背景があったのか。
でも、その職員が若い女性に追いかけられているのはどういう訳なのだろう?
そんなにもてそうな感じには見えなかったが。
『保健労働省の職員の背中にスマホの画像を投影すると、その頻度に応じて健康保険の自己負担率が下がるのにゃ。マイナンバーカードと保険証が一緒になったことと、接触確認アプリのノウハウが活かされてるにゃん』
すごいカラクリだな。
接触確認アプリで保健労働省の職員との接触を判定して、自己負担率に反映させるという仕組みなのか。
確かにそうすればマイナンバーカードも普及するし、セーラー服への投影も広まるかもしれない。
『接触確認アプリといえば、五年前に保健労働省はやらかしたのにゃ。スマホOSのアップデートにアプリが対応してにゃかったにゃん。その反省を活かして、今では省庁デジタル化の先頭を走ってるにゃ』
そういえば、そういうことがあったような気がする。
スマホOSなんてどんどんアップデートされるのに、それに対応してないなんて全くのお役所仕事だと思ったっけ。
でもそれを糧に成長を遂げたなんて、やるじゃん保健労働省。
しかも率先して職員がセーラー服を着て、こんなにも世の中にセーラー服を普及させちゃうなんてすごいじゃないか。
『みんなが投影画像を見ることで、スマホ老眼率もだんだんと下がってきてるにゃん。だからわたしのご主人様は、スマホ・プロジェクター・プロジェクトのために二〇二一年に意識を飛ばしたんにゃ』
なんだか良く分からないが、未来の自分はちょっとは社会の役に立っているようだ。
コロナ禍にうんざりしていた僕は、大学に通っても意味がないと思い始めていた。
が、コロナに関わらず技術は確実に進歩するらしい。
それを見届けるまでは、いやそんな技術の進歩に自分も関わってみたい。そのためには今の大学にちゃんと通い続ける必要がある。だって自分が所属するのは工学部なのだから。
『瞳が輝いてきたのにゃ。これで一安心なのにゃ。もう午前八時、お別れなのにゃ』
マホの声がだんだんかすれてきた。
最後は可愛らしい姿にお別れしたいと、僕はバス待ちの列まで走る。そして最後尾の人のセーラー服の襟に彼女の姿を投影した。
人がいるところにスクリーンがある。慣れてしまえばとても便利そうだと、僕は実感していた。
『バイバイ。また会える日を楽しみにしてるにゃ……』
手を振りながら消えゆく可愛いマホの姿。
同時に、僕の意識も遠のいていった。
◇
目が覚めると、やっぱりそこは自分の部屋だった。
しかし大きく違っているものが一つだけある。
スマホのメモに、スマホ・プロジェクターの設計図が詳しく書かれていたのだ。
「これがあれば、大学の卒論も楽勝じゃないか!?」
いや卒論だけじゃない。
先ほど見てきた世界のように、この技術はスマホ老眼を低減させる可能性を秘めているのだ。
そして僕は、ネットショップで水兵仕様のセーラー服を注文する。
だってプロジェクターの投影は、やっぱりセーラー服で試してみたいから。
それが成功したら、ネコミミAIにも挑戦してみよう。
なんだか僕ならできそうな気がする。
「待っててね、マホ。また会えるように頑張るから」
ありがとう、未来の自分。
彼のおかげで根拠のない自信が湧いてくるような、そんなパワーを僕は感じていた。
了
セーラー服の世界へようこそ(KAC20215) つとむュー @tsutomyu
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