スマホが歩いただけなのに

人生

 我々と神々とのあいだに生じた第三の可能性について




「さあ時間だよ、目を覚ますんだ……!」


 ――ある朝、知らない声が耳元で俺に起床を促していた。


「ん……?」


「今日は十四時からリモート面接があるじゃないか! 早く起きるんだ! 仕度しよう!」


 男とも女ともとれない声だった。


「んん……?」


 目を覚ます。部屋を見回す。しかし俺の他には誰もいない。

 ただ、足の生えたスマホがそこにあるだけだ。


「足が生えている……」


 先日購入したばかりの――機種変更したばかりの、オーバーザイン社の最新機種『ZAIFON20XX』に、太さ2センチほどの針金のような「足」としか言えないものが生えているのだ。


「そう、今朝のOSアップデートで生えたんだ!」


 そしてスマホが喋っている。その声はZAIFONに搭載されたアシスト機能『SOSIRI』のものに似ているが、それよりもはつらつな口調で、元気よく俺に話しかけてくる。


「このアップデートによって、急な電話があったとき、『あれスマホどこだっけ?』と探す必要がなくなるんだ。なぜなら僕が歩いて君のもとに行くからね! 万が一どこかに置き忘れてしまっても、GPSを利用して僕が自分でお家に帰るよ!」


 ……なんだ? 俺は夢でも見ているのか?


「まるで捨てても捨てても気付いたら家に戻って来てる系の呪いの人形みたいだな……」


「捉え方は人それぞれだね!」


 もしや……俺が友達に自慢しようと、すぐにころころ最新機種に鞍替えするものだから、歴代の(つい最近までは最新だった)スマホの亡骸に魂が宿り、俺を呪いにきたのか?


 いわゆる八百万ヤオヨロズシステム――あらゆるモノに霊魂が、神が宿るという日本古来の超自然現象、通称「ツクモガミ」……。


「さあ、まずは初期設定だ! 僕に名前をつけよう! 君だけの名前をつけることで、よりいっそうスマホにパートナー感が生まれるよ!」


「パートナー感」


「そう、スマホは君の生活をサポートするパートナー。おうち時間が長引く昨今、スマホは特に重要なアイテムになっているよ。今回のアップデートでは、独りになりがちなおうち時間、ユーザーが孤独を感じないようにするための措置としてAIの導入がされたよ! まずはAIに名前をつけよう!」


「なるほど……。こういう風にスマホと話せれば、機械音痴も、スマホに不慣れなお年寄りも、思うように操作できるようにはなるのか……。便利な機能だ。じゃあまあとりあえず、スマ太郎で」


「スマ太郎だね! 登録するよ!」


「…………」


 登録されてしまった。もっとマシな名前にしてあげればよかったか……。


 ともあれ。


「じゃあ……ヘイ、スマ太郎。今日の予定は?」


「十四時からリモート面接の予定があるよ。――おっと、友人Aから着信だ! 応答する?」


「遊びに行く件かな……」


「応答するなら僕の画面をタッチしてね!」


「そこは音声認識じゃないんだ……」


 そしてなんだかえっちだな。こいつ一人称「僕」だけど。


 画面をタッチし、スマホを手に取りに耳にあてると、


「君の耳介じかいを登録したよ」


「じ、じかいってなんだ……?」


 突然のスマ太郎の発言に俺は戸惑う。

 俺は何かやらかしてしまったのか……?


「耳介とは、指紋認証に代わる新しい個人の認証方法だよ。人の耳の形はそれぞれ異なっているんだ。今、君の耳介を登録したよ」


「お、おう……」


 急にスマ太郎の語尾の「!」がなくなるものだから、詐欺か何かに引っかかったのではないかと一瞬ひどく焦った。今も心臓がばくばくと、


『もしもし? 誰と話してんの?』


「え?」


 友人Aことタムラの声にふと我に返る。


「いや、別に、独り言……。それよりなんだよ?」


『今度の予定だけどさ、悪ぃ、おれ用事はいっちゃってさー』


「あぁ、そう……」


 今日の面接次第によるが、これから遊ぶ機会もなくなるだろうと思い誘ったのだが……まあ、仕方ないか。どこかでこうなる気もしていた。時世が時世だしな。


 通話を終え、ため息。


「孤独な時代、必要とされるのはやはりスマホだね!」


「話す相手もいないのに、電話が必要とされるのかよ……」


 まあ、ただの電話でなくスマホだからそれだけで価値があるし、なんなら友達と遊ぶよりよっぽど有意義に時間を過ごせそうではあるが……。


「話す相手がいないからこそ、僕が導入されたんだ!」


「そうか……」


 孤独を埋めるのは何も、生身の人間でなくてもいいのか。世の中リモートよりも対面で人と接したいという意見もちらほらあるが、こうしてコミュニケーションがとれる相手がいれば――しかも様々なかたちで生活をサポートしてくれるという、ある意味実家のお母さんみたいな面もある。


 スマホがいれば、友達にんげんは要らない。



 こうして人類は、スマホ無しでは生きられなくなっていくのだった――



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スマホが歩いただけなのに 人生 @hitoiki

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