私のスマホを返して

うめもも さくら

このスマホは誰のもの?

 どうしてこうなっしまったの……!?


 今、私の目に映っている画面を私は知らない。

スマホを持っている手が震えてる。

「こ……の……スマホ、私のっ……じゃない……」

このスマホの中いっぱいに詰め込まれた罪は私のじゃない。

私の体は氷のように冷たく硬直していた。


 機種は少し前に発売されたもの。

当時流行っていた機種だから使っている人も少なくない。

色も別に派手なものではないし、奇抜なケースでもないからどこにでもありそうなスマホだ。

まるで自分の生き方を表してるかのように。

なるべく目立つことなく、人にとけこみたい。

髪型も服装も言葉づかいも生活スタイルも。

どこにでもいそうなものばかり。

私とそこらへんを歩いている誰か、間違えられてしまわれてもおかしくない。

私でなくてもいい生き方。

もともと私は派手な生き方ができる人間じゃなかった。

誰かがひいたレールの上を何も考えず歩いている方が楽だった。

世間では一様に『自分らしく』とか『自分の生き方を認めてほしい』とか『個性を遵守じゅんしゅして』とか言われているけれど正直よくわからなかった。

流行りの歌やマンガなんかでも『常識なんて壊してやる!』とか『自分の正義を貫く!』とか『自分らしく生きてやる!』なんて言葉があるけれどそのどれもが私には響かなかった。

ただ誰かの後ろにいて何か大役に選ばれることもなければ、何か責任を負わされることもない。

目立つこともなく、目をつけられることもない。

そんな生き方が楽だった。

そしてこの世の中に生きている人はみな、なんだかんだ言ってもそういう生き方が望ましいと心のどこかで絶対そう思ってる。

その生き方や考え方で今日まで何事もなく、目立つことなく生きてきたというのに。


今、私の手の中にあるスマホは私のじゃない。

さっき買い物の途中で人とぶつかった時に取り違えたんだ。

相手が先にスマホを持って行ってしまったから残されたスマホを私が持ってきた。

おそらく私のスマホは今、あの時ぶつかった人が持って行ってしまった。

どこにでもいそうな人だった。

このスマホもそうだ。

私のように目立たないどこにでもありふれてる見た目しているのに。

その中身はまるで違う。

ロック画面こそ普通だったけれど開いてみればその中身は目を疑うほどのものばかりだった。

写真、メールやSNSの内容など全部が自分の理解できないものだった。

思えばロックがかかってないところからおかしかった。

けれど何気なく開いたスマホは私のものではなく目に映ったのは誰かの性癖、誰かの異常行動、誰かの犯罪行為。

たくさん置かれた下着の写真、ストーカーのような文面、盗撮したであろう写真、脅迫メールや死体の写真の数々。

吐きそうになるほどのものばかり。

これの持ち主は相当ヤバイやつだ、あの人ヤバい人だったんだ。

頭から爪先、内臓や血の一滴さえも私に警戒するように伝えていた。


どうしたらいい?

落とし物だって誰かに預ける?

警察に届ける?

私が捕まることはないだろうか。

こんな事態を経験したことのない自分にはどうしたらいいのかわからない。

どうやりすごしたらいいのかもわからない。

どうしたら日常に戻れる?

放っておく?

捨ててしまう?

私のスマホは今どこにあるのだろうか。

こんな異常者の手に自分のスマホが渡っていることが気が気でなかった。

どうしたら解決するのかも考えつかない。


「あ、よかった!すみませ~ん!」

不意に後ろから声をかけられて心臓が跳ね上がる。

恐る恐る振り向けばさっきぶつかったこのスマホの持ち主だ。

「さっき私、スマホ間違えてしまったみたいで……すみませんでした。こちらあなたのですよね?ロック画面開かなくて気づきました〜」

人良さそうな顔で近づいてくる相手。

この動悸に気づかれないように相手に今持っているスマホを差し出した。

「えっと……なにか見ました?」

何気なく聞いてくる相手に全力で首を横に振る。

相手はほんの少し目を瞬かせてから困ったように笑いながら言った。

「もし見てしまって驚かせてしまっていたらすみません。私、警察の者でして捜査中で慌ててまして。スマホ間違えてしまって本当にすみませんでした。あの……捜査中にミスしたって怒られちゃうので出来れば誰にも言わないでいただけると助かります」

その言葉に一瞬頭が真っ白になって力が抜けた。

「大丈夫ですか!?」

相手が慌てた様子で崩れかける自分を支えようと近づいてくる。

私は相手が触れてくる前に体勢をなんとか立て直そうと下を向いた時。

ドサリ

何か大きな荷物が崩れる音がした。

その音が自分の体が地面に倒れた音だとわかった。

頭が痛い。

まるで大きな石で殴られたみたい。

力の入らない体と回らない頭でなんとか何が起きたのか知ろうとした。

相手の顔を見た。

相手は微笑わらっていた。

嘲笑わらっていたのかもしれない。

「警察がロックしないわけないと思うよ?もう少しいろいろ考えるべきだったね。私みたいに」

相手は自信満々の表情で言う。

「この中身ね、私がやったわけじゃないんだ。こういう写真とか好きでいろいろ集めててさ。ハッキングってやつ?続けてやったらなんかバレそうになっちゃって!でもやめられないし、やめたくないし?どうしようかなぁって思ってた時にあなたに会ったの」

相手は悪戯いたずらした子供のように言っている。

「こんなどこにでもいそうな人もなかなかいないよね!基本みんな自己顕示欲じこけんじよくがあるものなのに!わざとどこにでもいそうな感じにしてんの?って感じ」

ケラケラと相手はあざけるようにわらう。

「まぁ、お礼を言わせてね。これで私、犯罪者じゃなくなったんだから」

どういう意味だろう。

私の声を出さなかったけれど相手は私の心を読んだかのように私に教えてくる。

「あなたがこのスマホの持ち主のままここで死んでくれればあなたが犯人ってことになるでしょ?そんな簡単じゃないって?大丈夫!ハッキングができるって言ったでしょ?このスマホ、あたし用に書き換えちゃったから!所有者のところとか全部ね!これでこのスマホは私のもの!」

相手は挑発するようにヘラヘラとしながらまるで演説でもしているかのようだ。

「頭痛いよねぇ?ごめんねー!よいしょっと。もう少しだからちょっとだけ待っててね」

相手は動かない私の体を背負うようにしてビルの屋上に来た。

おそらく私をここから突き落として殺すつもりなんだろう。

ハッキングがバレるより人殺しの方がかなりリスクがあると思ったけれど言わなかった。

「あとはそっちのスマホをあなた用に書き換えちゃうだけだか……ら」

相手の声は風に消されて聞こえなかった。

最期に見た相手の顔は笑いがこみ上げるほどの驚愕きょうがくした顔。

私はそのまま持っているスマホも相手のもとに返した。

強く吹く風が私の髪で遊んでいる。

私以外もうこのビルの屋上姿はない。

私が落としたものが大きな音をたてて地面に叩きつけられたことももう私は知らない。

ただ、私はもう自由だ。

今まで隠れて生きてきた甲斐かいがあったというものだと私は微笑った。

犯罪者もロックしないわけないと思うよ?

ハッキングできるならいろいろ中身見た方がよかったね。

私みたいに。

まぁ、お礼を言わせてね。

これで私、犯罪者じゃなくなったんだから。

「まず、スマホ買いに行かなくちゃ」

私はそのままその場をあとにした。


自分の名義めいぎになっているスマホが2つ地面に叩きつけられ壊れて落ちている。

自分といっしょに。

そのひとつを最期の力を振り絞って掴んだ。


どうしてこうなっしまったの……!?


 今、私の目に映っている画面を私は知らない。

スマホを持っている手が震えてる。

「こ……の……スマホ、私のっ……じゃない……」

このスマホの中いっぱいに詰め込まれた罪は私のじゃない。

私の体は氷のように冷たく硬直していた。











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