第2話 ギルド難民な俺だが 戦う時は戦う。

 勝負は一瞬のうちについてしまった。

 何のことかと言うと、マチアから貰ったスイーツ争奪戦だ。均等に分けようではないかと平和的に交渉を進めた俺だったが、圧倒的有利を誇る女子力を前に、俺達『男子チーム』一気に総崩れし、気が付けば大敗していた。数こそ均等だが、フィナンシェやらマドレーヌやらが男子チームに、女子チームはと言うとプリンやショートケーキといった明らかに大きさの違う強者勢をごっそり持っていった。

 まあ、じゃんけんで勝った者が好きなものを選ぶといった公平なルールの下に行ったので、文句のつけようがなかったのだが。でも奴らの勝負強さは半端ない。勝ちの上位三名は常に女子が占め、男どもは全く歯が立たなかったのだ。

 今、俺達がいるのは宿の一室。オーナーのおれの専用の部屋だが、家具そのものは他の部屋とは大きくは変わらない。ベッドとこじんまりしたテーブルに応接セット。テレビと冷蔵庫も小ぶりなものだ。ただ俺のわがままで寝室とリビングは別室になっている。

 そうそう、この世界でもテレビはある。チャンネル数は少ないが、各地方の様子や天候何かの情報もこれで収集出来るのだ。但し、先の戦いだけは詳細は流れていない。

 おれが関わっていたり、バグ・スレイヤーのスウィルが関わっていたりと、余り公に出来ない事案だと言う事で、さらっとしか触れられていない。

 創造神の配慮だと思ってくれ。

 おれの部屋で一番場所をとっているのは、リビングの長テーブルだろう。八人位は優に座れる広さで、宴会やら冒険の相談やらをするための物だ。

 但し今日は、冒険用の地図でも宴会用の酒でもなく、山の様なスイーツがテーブルを埋め尽くしていた。

「モーリ、話ってのは? 」

 結局、何だかよく分からないうちにそのスイーツの山の大半が女子達の胃袋に消えたのを見計らって、おれはモーリに声を掛けた。

 ギルドで酒を飲みながらくつろいでいた時、モーリがいつになく真顔で俺に「聞いて欲しいとがある」と囁いていたのだ。とんでもない告白でもされるのかと思ったが、隣にスウィルがいるにもかかわらず話し掛けてきたところをみると、そうでもなさそうだったのでほっとした。

 だが丁度そのタイミングでリイナやらマチアやらが登場したものだから、話が途切れてしまったのだ。

「ああ。実はさ、人を探しているんだ」

 モーリは静かに言葉を綴った。

「人? 」

「そう。リアルでは女性。大学2年。リアルのおれの近所に住んでる」

「へえええ。リアルじゃモーリとどんな関係なの? 」

 スウィルがニヤッと笑みを浮かべながら、モーリを見つめた。

 背筋にぞくぞくっと悪寒が走る。

 目が笑っていない。無理矢理口角を上げて笑みっぽく見せてはいるが、スウィルの表情には研ぎ澄まされた無数の刃の様な殺意すら感じられた。

「ただ近所に住んでいるってだけだよ」

 モーリもスウィルがただならぬ怒気を孕んでいるのに気付いたのか、表情を強張らせながら即答した。

「ひょっとして、そのお姉さんが闇に落ちて、この世界の暗黒界隈を彷徨っているとか? 」

「そうじゃないと思う。闇の界隈にも顔を出しているかもだけど、多分そこにはとどまってはいない」

 モーリは表情を曇らせた。

「何か訳がありそうだな」

 おれはモーリに問い掛けた。彼のただならぬ表情に、おれには何か察するものがあった。

 ただの現実逃避者リアルドロッパーの捜索ではなさそうだ。

「その人、おれの妹を探してるんだ。リアル世界での妹をな」

「妹? 」

「ああ、リアルのおれには中二の妹がいるんだけど、半年前に交通事故にあってさ。今、入院しているんだ。怪我とかは大したことなかったんだけど、意識がずっと戻らない」

 モーリは悲し気な笑みを浮かべた。余りにも重い話に、流石のリイナもケーキを一口かじったまま、呑み込まずに黙ってモーリを見つめていた。

「どちらかと言うと、妹の自爆だった。遅刻しそうになって家からチャリで慌てて飛び出して、走って来た車の助手席側に突っ込んだ」

「何とも言えない事故り方だな」

 おれは思わず唸った。

「その運転してたのが、近所の大学生のお姉さんだったんだ。ご両親と一緒にうちに謝罪に来たけど、反対にうちの親が恐縮がって頭下げてたよ。事故の瞬間を母親も見てたしね。玄関の防犯カメラにもしっかり映ってたし」

「でも、それでこの世界にモーリの妹を探しに来るってのがどうリンクするんだ? 」

「妹の奴、事故る前までこの世界ゲームにはまってたんだ。おれがやっているのを見て、私もやるって。それで、何か脳に刺激になるかと思って、病室にゲーム機を持ち込んでセットしたんだ。そうしたら、妹の瞼が時々動くようになったんだよ」

「この世界ゲームに反応しているって事か」

「ああ。おれはこちらの世界に来ては、妹を探し続けた。そうしているうちにギルやスウィル達と知り合ったって訳さ」

「初めて知ったぜ」

「まあ、誰にも言わなかったな。言いたくも無かったし。前に人に話したばっかりに、とんでもない事になったしな」

「どう言う事? 」

 おれはモーリの意味深な台詞回しに思わず身を乗り出した。

「そのお姉さん、妹の事心配してくれてさ。しょっちゅう見舞いに来てくれてて、たまたま病院でばったり会った時に、妹にセットしたゲーム機の事を聞かれたから、つい話してしまったんだ。この世界ゲームに妹が反応してるって。そしたらお姉さん、妹を探しに行くって置き手紙を残して、この世界ゲームにダイブしたまま帰って来なくなってしまった。もう、1か月になるかな。今、二人は同じ病室で眠っているよ」

 モーリの顔に、暗い翳りが浮かぶ。

 部屋が同室になったのは、偶然なのか、それとも事情を知る医師の計らいなのか。

 事実は分からないが、何とも皮肉な話だ。肉体同士はすぐそばにいるというのにに。

 部屋中が重い空気に包まれていた。いつも陽気なポーターも、へんな日本語で突っ込みを入れようともせず、黙ったまま眼を閉じていた。

 ぐう。

 何だこいつ、寝てたんかい! ついさっきまでスイーツにぱくついてたのに。

 だがポーターの鼾で、何となく張りつめていた空気が緩んだ気がする。いいキャラしてるわ、こいつ。

「その、リアルの妹って、こっちじゃどんなキャラ設定なんだ?」

「私じゃ」

「え―――っ! 」

 おれはぶっ飛んだ。ぶっ飛びながら、即答した声主をガン見した。

 龍の姫様だ。

 なんだよお。そうそうにネタバレしちゃっていいの?

 知らねえよ、おれ。

 愕然とする事実のストレートパンチに、おれの意識はぐらぐらと地に沈んだ。

「妹って・・・姫様、モーリの妹だったお? 」

 動揺したのか、リイナの語尾が変になっている。

「そうじゃ」 

 龍の姫様はこくりと頷くと、きっぱり言い切った。

「妹の方は、いきなり見つかってんじゃん。でもどこで見つけたんだ? 」

「召喚したら現れた」

 誰もが唖然とした。開いた口が塞がらないってこういう事か。

「でもさ、長時間は呼べなかったんだ。おれ自身も結構な力を使うんでな。せっかく呼び出すことに成功しても、おれの方はぶっ倒れちまうんで、会話何てろくに出来やしなかった。夢うつつの中で少し言葉を交わすくらいか。こうやって話せたり、長時間一緒に入れるようになったのは先の戦からだ」

 モーリがしみじみ語り、姫様はしみじみ頷いた。

「姫様のキャラ像って、リアルも近いのお? 」

 スウィルが身を乗り出して姫様に問い掛けた。

「まあ近いか。実像をそのまま取り込んで創ったからな」

 姫様はぽつりと答えると、チーズケーキをむしゃむしゃと頬張った。

 リアルのモーリを知っているだけに、その女形版を想像していたのだが、そうではないらしい。良かったな、姫様。

「じゃあ、こうやってモーリが姫様を肩にのっけて歩けば、お姉さん気が付くんじゃない? 」

 リイナが眼を輝かせながら言った。

「でも、お姉さんのレベルがそこそこじゃないと見えないしねえ」

 スウィルが何故か申し訳なさそうに呟いた。得意気にぶっ放したリイナへの配慮なのだろう。

「こっちとしてはお姉さんのキャラ設定も分からないしな」

 モーリが苦悶に顔を顰めた。

「まんまかもしれないぜ。姫様が気付くように」

 あくまでもおれの推測に過ぎない。でも、決して相手との関係が悪くないのなら、見覚えのある容姿だったら声を掛けてくる可能性が十分にある。

「成程、そうかもな」

 モーリの表情が少し明るくなる。

「せめてお姉さんのリアルの容姿が分かればねえ」

 スウィルが珍しくアンニュイな表情で吐息をついた。

「写真があればいいんだけど。残念だな、こっちの世界にリアルのデータベースは持ち込めないから。リアルに戻ってから、頭ん中に叩きこむしかない」

 モーリが口惜し気に言った。

 この世界ゲームでは個人情報秘密守秘義務のルールがあり、リアル世界の個人につながる情報は持ち込めない事になっている。但し、稀ではあるが、意識的にリアルの姿を見透かす能力――『神の眼』を持つ者もいるが、その辺りはグレイゾーンだったりする。俺が知る限りでは、今のところシオン唯一人だが。何故そんな稀な力を有するの物がいるのかは理由は分からない。これは一説だが、「神の気まぐれ」ではないかと言われている。一般的には、自然界でごく稀に発生する変異体がそれに当たるののだが、創造神はそれなりに何か目的があってリリースしているのだろう。本当に気まぐれでこの世界の秩序を乱す様な事はしないはずだ。

 但し、これにはもう一つ説がある。リアルで特殊な能力スペックの保持していた場合、異世界でも発現する可能性があると言う事。シオンはリアルでは人のオーラや霊が見えたりする人だから、恐らくそれが反映したのだろう。因みにおれはその類のものを一切見た事が無い。

「ギル殿、紙とペンを貸して下さらぬか。似顔絵を描く」

 不意に、姫様が俺に声を掛けて来た。

 似顔絵って・・・言ってもなあ。

「これでいいか? 」

 A4サイズの白紙の紙と鉛筆を彼女に手渡す。

 姫様はモーリの膝の上に降り立つと、テーブルの上で紙にさらさらとペンを走らせた。

「こんな感じ」

 姫様は紙を俺達の前に置いた。

「おおっ! 」

 おれは唸った。問題のお姉さんの似顔絵、もはや似顔絵のレベルを超えていた。

 モノクロの写真――一瞬そう見間違える程の超リアルな描写だったのだ。

「姫様凄いわあ・・・」

 スウィルの喉がごくりとなった。

「妹は昔から絵がうまくてさ。部活も美術部に入っているし、色々と賞も取ってるし、おれとは大違いなんだよな」

 モーリは照れ笑いを浮かべる。その横で『確かに』とスウィルが頷いたのをおれは見逃さない。

「その絵、わいにおくんなまし。データを取り込んで検索しますでね」

 寝ていたと思っていたポーターが急にテーブルの上に飛び乗った。相変わらず無茶苦茶な混成日本語で話すと、ぺろりとその絵を呑み込む。

「はいどもーっ」

 ポーターは似顔絵をした先にのっけてリバース。不思議なのだが、紙は全く濡れていない。

「これで検索できるのか? 」

 おれは訝し気にポーターを見た。

「大丈夫でい。一旦はあっしの記憶を遡ってみますで。後は視界に捉えた通行人を片っ端から照合掛けるので。車の四方についているカメラとリンク出来るから、走行中もばっちりでさあ」

 ポーターはどんと胸を叩いた。

「じゃあ、早速出かける準備をするか」

 おれは椅子から立ち上がった。

「手伝ってくれるのか? 」

 モーリが嬉しそうに笑みを浮かべた。

「勿論だ」

 おれの返事に、龍の姫様はぺこりとお辞儀をすると、再びモーリの肩の上に乘った。どうやら、そこが一番落ち着くらしい。

 早速おれ達は部屋を後にすると、出発準備の為にギルドに向かった。

 ギルドはさっきまでの異様な光景が嘘の様に閑散としていた。おれは受付カウンターに向かい、奥の支配人席で事務処理に明け暮れているゴウドに声を掛けた。

「さっきはありがとう。奴らを術で足止めしてくれたんだろ? 」

「なあに、礼にはおよばんよ。あのままじゃ暴動が起きかねんかったからな」

 ゴウドは愉快そうに肩を揺らして笑った。マチアのギャラリー達をあのまま自由にしていたら、多分俺達はギルド前で暴徒化した冒険者達と一戦交える事になっていただろう。まあ負ける気はしなかったが、ギルドは巻き添え喰らって間違いなくボロボロになっていた。

「どうやらお前さん達、冒険に出るようだな」

 ゴウドは眼を細めた。

「ああ、パーティ―組んで出るのは久し振りだな」

「獲物は何だ? 」

 ゴウドは興味津々に尋ねて来る。

「人探しさ」

「人探し? 」

「ああ。だが見当がつかん。とりあえず、ポーターのデータが頼りだ」

「そうか・・・当所も無い旅になりそうだな」

「まあな」

「じゃあどうだ、こちらからの依頼も請け負ってくれないか。実はいわくつきの事案でな」

「どんな依頼だ? 辺境の地に薬草を届けるとか? 」

「それの方が厄介だろう。だか、あいにく、その手の依頼は即完売なんだな。『ギル効果』ってやつよ」

 ゴウドは苦笑を浮かべた。

 前に猫目の受付嬢が言ってた事は本当だったらしい。

妖獣モンスター絡みか? 」

「残念だがそうじゃない。もっと厄介な輩だ」

「冒険者崩れの野盗か? 」

「それに近い。お前さんが追っかけまわしている連中と同族のようなものだが、もはや人じゃない」

人妖あやかしか・・・」

「のようだ、としか言いようがない。他のギルドでハイレベルの冒険者が討伐に向かったんだが、一線を交えるまでに至っていない」

「とにかく頭が切れる奴で、力が及ばないと察するや、痕跡も残さず消え失せるらしい。その反面、自分より弱いと分かると、容赦無く叩き潰す。妖獣モンスターも人もお構いなしにな」

異世界民ネイティブにも手を出すのか? 」

「この前、来訪者ヴィジター異世界民ネイティブの混成パーティーが、東部の山中に、狂暴化した長脚虫ロングレッグ討伐に向かったんだがな」

「その話はちらっと耳にしたことがある。獲物が特異体らしくて通常の倍くらいの大きさだったってな」

 まあ、おれが倒した奴に比べりゃお子様サイズだが。

「他に知っている事は? 」

「そいつが結構強くてパーティーが壊滅状態になってしまい、生き残った一人がたまたま出くわした他のパーティーに助け出されたって事位か」

「世間一般には、そこまでの情報しか出ておらん」

 ゴウドは表情が硬く強張った。

「ここからは、生き残った一人の名誉の為に、封印された話だ」

 ゴウドは声を押し殺すと、おれの耳元で囁いた。

「犯されたんだ。奴に」

「奴って? 」

人妖あやかしだ」

 おれは眼を見開いた。

 ゴウドは吐息をつくと、話しを続けた。

異世界民ネイティヴの女の魔導士で、まだ駆け出しだったが、既にいくつもの秘文を取得し、将来を有望視されていた。一緒に組んだパーティーは中級クラス。そこそこの手練れが揃っていた。だが獲物は想定外に強く、苦戦し、攻撃どころか守備に徹するのがやっとだったらしい。そんな彼らの前に、奴が現れた」

 喉が、ごくりとなった。おれが掴んでいた情報とはずいぶん違う内容だったが、ゴウドがおれに偽情報ガセネタを掴ませる訳がない。

「奴は圧倒的な強さで長脚虫ロングレッグを瞬殺した。パーティ―を率いていた冒険者の騎士が、窮地を救ってくれた奴に礼を述べた。その瞬間、奴は騎士の首を刎ねたらしい。他の仲間も惨殺され、唯一生き残った魔導士を手籠めにした。その後、奴に殺されかけたところを、偶然通りかかったハイレベルのパーティーが救った。お前とも交流のある、赤毛の剣士達だ」

「ああ、あいつらか。そいつと手合わせしたのか? 」

「一瞬だけな。救援に向かった剣士に一太刀浴びせようとしたが、難無くかわしたのを見て技量を悟ったらしく、即座に退散したらしい」

「胸糞悪い話だな」

 おれは顔を顰めた。異世界ではよくある話だった。己の欲望を満たすべく、本来の目的とは違う行動に走る来訪者ヴィジターが後を絶たず、社会問題になっているのは確かだ。無論、こちらの世界でも警察の様な組織はあるが、その手の輩は手練れや狂戦士化した厄介な連中が多いので、スウィルの様なバグ・スレイヤーやおれが対処する事になる。捕えたら最後、そいつらはこの世界で命を絶たれ、リアルでは出禁をくらう事になる。その手の欲望を満たしたい奴は、その手の異世界ゲームで楽しんでくれればいいのだが。

「そのパーティーの話じゃ、相手は全身黒ずくめでフードをすっぽり被っており、顔は見えなかったそうだ。武器は片刃の長剣一本で、防具らしいものは何もつけていなかった」

「それだけ技に自信があるのか? それだけじゃないな。敏捷性を活かすためにか」

「だろうと思う。なんせ動きが異常に敏捷で、特に跳躍力が半端ないらしい。脚が異様に太かったそうだ」

「俊敏なでぶか」

「何とも言えんがな」

「助け出された魔導士はどうしてる? 」

「今はギルドで管理している薬草園で働きながら静養しているよ。時々あの時の事を思い出すのか、突然泣き出したり悲鳴を上げたりしているするんでな。医療師が

時々来て診てくれているが、まだ落ち着かないようだ。恐らくはもう二度と冒険に出る事は無いだろう」

「そうか・・・」

 おれは吐息をついた。心を病んでしまったらしい。これではまず本人から情報を得るのはまず無理な感じだ。

「他のギルドにも問い合わせてみたら、同様の事件があちらこちらで頻発しているらしい。数少ない目撃者の話を聞くと、加害者の容姿は全て共通しているんだ」

「全世界を股にかけているのか。笑えない話だな」

「まさにその通りだ。どうだ、受けてくれるか? つかみどころの無い話で申し訳ないんだが」

「承知した」

 おれは迷わず返答した。

 迷う余地など無かった。

 これは間違いなくおれのヤマだ。

 いくら異世界とは言え、躊躇せずに残忍な行為に走る連中は、リアルでも何かしらしでかしている奴らが圧倒的に多い。

 大抵の者は理性のリミッターが働いて押し留まるのだ。

「ありがとう。恩に着る。報酬はギルド連合会から出るから期待して良いぞ」

「期待に応えられるよう、尽力を尽くすよ」

「頼むぞ。実はその魔導士、わしの愛弟子でな・・・全滅したパーティ―が魔導士を探していると聞き、わしが紹介したんだ。悔やんでも悔やみきれん」

 ゴウドの声が、くぐもった鼻声になる。彼の眼に、うっすらと涙が浮かんでいた。

「魔導士に伝えておいてくれ。ギルが必ず仇を打つって言っていたってな」

「すまぬ」

 深々と頭を下げるゴウドの足元には、一つ、また一つと涙が零れ落ちていた。

「じゃあ、いって来るわ」

 おれは彼に声を掛けるとカウンターを離れた。

 彼は顔を上げなかった。恐らくは涙に濡れた面をおれに見せたくなかったのだろう。付き合いは長いが、彼が身に涙するのは初めて見た光景だった。

「ギルさあああん」

 カウンターから猫目の受付嬢が駆け寄って来る。

「これ、契約書です。サインお願いします」

「ああ」

 おれは彼女から書類を受け取るとさっと目を通し、サインした。

「荷物の積み込みはもう少しで終わるそうです。お気をつけて」

「ありがとう」

「あのう・・・ゴウドから聞きましたか? 魔導士の事」

「ああ。大丈夫だ、他言はしない」

 おれの返事に、受付嬢はほっとしたような笑みを浮かべた。

「私の・・・妹なんです」

「えっ! 」

 おれは小さく呻いた。

 何も言えなかった。下が蝋の様に固まり、言葉を紡ぎだせない。

 驚愕の余りに言葉を失うって言うのは、こういうことを言うのだろう。

「よろしくお願いします」

 彼女は深々と頭を下げた。書類を持つ手が小刻みに震えているのを、おれは見逃さなかった。

「了解した。妹さんによろしく伝えてくれ」

 おれは彼女の肩をポンポンと叩くと、ギルドを後にした。

 宿の車庫に向かうと、小柄でぽっちゃり体系の甫弥人ホビットのご婦人が若い五人の甫弥人ホビット達に指示を飛ばしてランドポーターに荷物を運び入れている。ゴウドの奥さんとその息子達だ。

「マアサさん、申し訳ないです。急に準備を頼んじゃって」

 おれはゴウドの奥さんに声を掛けた。淡い浅黄色のワンピースに皮のブーツ。濃い紫色のショートヘアーは染めたのだろう、確か元々は淡いグリーンだったと思う。。

「あ、ギル! こちらこそありがとう! 旦那からさっき聞いたわ。例の件、受けてくれたんだって? 」

「ええ。うまく出くわせばいいんだけど」

「そうよね。結構警戒心の強い奴だそうだから、ギルぐらいの技量の持ち主だったら近寄って来ないかも・・・」

「大丈夫ですよ、見掛け弱そうに見えるから」

「そうよねえ――あ、嘘よ嘘、気を悪くしないでえ」

 慌てて釈明するマアサのリアクションに、おれは苦笑を浮かべた。まあ、正直当たってるし。見た目は軟弱そうに見えるんだろう。時折変な奴に絡まれたりするし。まあ、その時は百パーセント返り討ちにしているが。

「おーい、ギル! 荷物の積み込み終わったぞ」

 モーリが額の汗を拭いながら走って来る。

「了解! すまねえな、みんなに準備を任せちまって」

「いいってことよ。個人的に積み込みたいものもあったからな」

「そうよお、気にしないでえ」

 モーリとスウィルはニヤニヤ笑みを浮かべた。あああ何だか想像ついちまったよ。

「旦那、残念ですが収穫ゼロでさあ。過去データに引っ掛かりやせんでした」

 リイナに抱っこされたポーターが残念そうに言った。

「OK、ポーター。大丈夫」

 おれはポーターの頭をぐりぐりと撫でた。

 行先は決まっている。

 モーリの事案ではないものの、ゴウドの事案では一つ手掛かりの窓口となりそうなものがある。

 幕は上がった。

 とりあえず一歩踏み出すしかないのだ。

 そうしなければ、何も始まらない。

 


 

 







 

 

 

 

 

 

 








 

 

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ギルド難民なおれだが、暇ではない しろめしめじ @shiromeshimeji

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