ショートケーキの甘さはそのまま
糸井翼
ショートケーキの甘さはそのまま
どんな気分のときでも、おいしいものはおいしい。
19歳の誕生日なので、普段は絶対買わないような、果物屋さんの1000円もするイチゴショートケーキを買った。特にイチゴが甘い。洗練された味。安いケーキとは違った…去年まで食べていたようなものとは。
去年までは誕生日となれば地元の友達と、安いスーパーマーケットのショートケーキを買ってささやかなパーティーをした。そのケーキはイチゴが酸っぱいし、スポンジもなんかイマイチ。でも、おいしかった。幸せな時間だった。
大学進学のために地元を離れてひとり暮らしをした。新幹線でないと来れない土地。でも、寂しいなんて思う余裕はほとんどなかった。講義もサークルも、新しい環境に慣れるために必死に食らいつき、周りに合わせるよう努めてきた。調整とかは苦手なのに日程を整えて、集まりがあれば参加した。大学生活は自由だけど、裏を返せば誰もフォローしてくれない。ぼんやりしていたら、流されてそのまま終わってしまう。
思えば、私は地元では、深いことを考えずにその場のノリみたいなもので友達と遊んだり笑ったりできた。日程を合わせて、なんてことはしないで、その日空いていたら会おうよ!って感じ。今の生活は社会人の第一歩、いや、当たり前のことなのかもしれない。なのに、なんでか、とても気疲れするし、悲しくなる。昔の子供の私のままではいられないし、それは当然のことなんだろうけど、その頃の私こそ本当の私のような気がするのに。本当の私を偽りながら、私は大人になっていくんだろうか。
大学生活も約一年が経ち、19歳の誕生日を一人でこの部屋で迎えた。スマホは地元の家族や友達からのメッセージがぽつぽつ来ている。スマホがあれば、離れていても繋がれる。それで繋がれていることに安心できる。
なのに、なんで今、こんな気持ちにならないといけないんだろう。
ケーキを食べ終わるとほとんど同時に、スマホのバイブレーションが鳴った。また地元の友達だろうか。
幼なじみの優からだ。
「今、何してる?家か?家だよな」
まずは誕生日を祝え。
「家だよ。ってか何の用」
返事をすると、既読がついても返事なし。本当に何の用だよ…
と思っていると、ドアのベルが鳴った。
「え、優、なんで?」
そこには優がいた。
「誕生日おめでとう」
だから、なんで?呆然としている私を無視して家に入ってくる。一応、ひとり暮らしの女子大生の部屋なんですけど。
「お前、もしかしてケーキ食べてた?買ってきちゃったじゃんか。お前、いつも誕生日はこれだからよお」
安いスーパーマーケットのショートケーキ。それもちょっと傾いている。
「だから、なんで、ここにいるの?」
「お前、誕生日だから、サプライズ。俺も春休みだし」
「事前に言ってくれたらさ…」
「それじゃサプライズにならないだろうが。それにスマホでおめでとう、って言ってもつまらないだろ」
確かに、スマホだけでは本当の繋がりの代わりにはならないと思うけど。
「年賀状もらってたって言っても住所だけで探すのまじで大変だったわ」
「だいたい私が家にいなかったらどうするつもりだったの」
「そのときはそのときだろ」
地元のノリだと思った。地元のノリでここまで来るか?こいつは馬鹿だ、本当に。思わず笑ってしまった。
でも、こういう馬鹿なことをする奴に会いたかった。私も本当はこういう馬鹿な人間だもの。馬鹿やって、大きな声で笑って。
「ケーキいただくわ」
「おう」
安いショートケーキは安っぽい、それでいてどこか子供っぽい味だった。でも、さっきのより私向きの味な気がした。こういう味がずっと好きでも、それでも良いよね?
「あ、そうだ」
食べかけの傾いているショートケーキをスマホで写真に収める。優も一緒に写した。
「俺を撮るなよ」
「良いじゃん」
スマホでは感じられない、直接の繋がり。でも、スマホで写真にすれば、その一部だけでもずっと手放さずに済むような気がする。
カメラ機能を切り替えて、私と優とのツーショットも撮った。優は変な顔をして写っている。馬鹿だなあと思う。そこに写っているのは、地元にいたときと何も変わらない、本来の馬鹿な二人だ。
ショートケーキの甘さはそのまま 糸井翼 @sname
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