英雄スィーリーと端末相棒

七四六明

ヘイ、Siri。今日もよろしく

 異世界の魔法王国によって召喚された英雄アダムス・スィーリーは、七年の旅路と戦いを経て、世界を蔓延る恐怖の象徴たる魔王を討ち倒した。


 二年後には、五人いる王女の第三王女、エルデリーナと結婚。王国首都から離れ、王国領土内の片田舎に移り住んでいる。

 王都にいると、一人だけ王族の侍女から生まれた彼女の肩身が狭いからだ。


 魔王を倒すため、異世界から召還されたスィーリーこと東方とうほう白鷺はくろの身を絶えず案じ、支えてくれた彼女のため、英雄は王になる権利を捨てた。

 要望に応えて、魔王は倒してやったのだ。権力闘争やら権謀術数にまで、応えてやるつもりはない。他の王女と違って、彼女も女王の座より平穏を求めていたから、尚更良かった。


 そうして王国の辺境に移住し、八年。


「パパぁ!」

「グフゥッ――!」


 英雄と元王女の間には、二人の子供が生まれていた。

 誰に似たのか腕白な長男と、妻に似て清楚で可愛らしい長女。

 召喚された時には、まさか自分に子供が出来るだなんて思いもしなかったのだが。


「パパ! 今日は湖に釣りに行きましょう! 大きな魚を釣って、ママにパイを作って貰うの!」

「ダメだよ! 今日は猪を狩りに行くんだ! 姉上は明日、父上と買い物だろう?! ねぇ、父上! 狩りに行こうよ!」


 こんなにも慕われて、何て幸せな父親なのだろうか。

 二人して腹の上に乗り、弾まれるのは困りものだが、可愛い子供達を抱き寄せて、頬を擦りつけてやる。


「よぉし。じゃあ湖に猪を狩りに行くか!」

「「それってどっち?!」」

「どっちもだ」


 可愛い我が子の頼みならば、叶えてやりたいのが父の性。

 かれこれ八年も過ごしていれば、一七歳で異世界に投じられた青年にだって父性も芽生える。


「あなた、起きてますか? 朝ご飯の支度が出来ましたよ?」

「あぁ、ありがとう。じゃあみんなで食べようか。手を洗っておいで」

「「はぁい!」」


 子供達が駆け出して行ったのを見計らって、迎えに来た妻の頬に吸い付く。

 妻も頬に口付けを返して、最後に互いの愛を確かめる口付けを交わした。


「今日も綺麗だ」

「褒めても何も出ませんよ?」

「何かして欲しくて、言ってるんじゃない」

「……私は、後もう一人くらい欲しいです」

「王女様のご要望とあらば」

「もう王女じゃありません」

「あぁ、俺の奥さんだ。さ、俺達も行こう」


 幸せだ。


 七年掛けて手に入れた幸福。

 愛する妻。彼女との間に出来た子供達と送る幸せな日々。


 元の世界で惨めな生活を送っていたわけではないが、今となっては異世界に召喚されてよかったとさえ思っている。

 尤もこの幸福を手に入れられたのは、自分の功績ばかりでは無いが。


 そしてこの幸福を妬み、もしくは恨む者達は、十年経った今でも絶えない。

 故に秘密裏に、平和裏に駆除する。共に異世界よりやって来た神秘を用いて。


「ヘイ、Siri」


 朝食を終え、私室に戻ったスィーリーは呼び掛ける。

 部屋には誰もおらず、出てこない。その代わり、机の上に置かれた電子端末機器スマートフォンが、静かに起動した。


「マップを開いて敵の数と位置を示して」

『敵は、二〇名、です。家を、包囲しています』


 画面に映し出されたマップに、敵の位置を示す赤い旗が表示される。

 旗を一つだけ残して、他のすべてをタップ。命令した。


「ヘイ、Siri。今指定した敵の意識を奪って」

『雷撃魔法で迎撃します』


 青天より落ちた雷撃が、敵の意識を奪う。

 残された敵の一人が逃げ出し、端末の画面に映る旗も家から離れていく。


「ヘイ、Siri。今タップした旗を追跡して」

『十分以上滞在していた場所を表示します』


 スマートフォン。

 元の世界から共にやって来た端末機器だが、召喚の際に何かしらの力に触れたらしく、当世界に順応した機能を搭載している。

 端末に搭載された人工知能に語り掛ければ、魔法だって行使してくれるし、実際、魔王だってこれが倒したようなものである。


 まぁ、最後の最後で魔力バッテリーが切れたから、半死半生の魔王の喉に剣を突き立て、この手でとどめを刺したのは確かなのだけれども。


「パパ? どうかしたの? 変な音がしたような……」

「大丈夫だよ。さぁ、湖に行って魚と猪を獲りに行こう。準備して来なさい」

「うん!」


 Siriに敵の追跡は任せた。

 妻も連れて家族全員で出掛ければ、家に押し入られて袋のネズミ、なんて構図は避けられる。

 家族四人で近くの湖へ赴き、猪を捕まえるための罠を仕掛け、湖にボートを浮かべて釣りをして、その場で釣った魚を四人で焼いて食べる。

 この平穏を打ち壊そうとする輩への誅伐は、子供達が寝静まった後だ。


 そして、その時がやって来た。

 エルデリーナにだけは状況を伝えておき、扉と窓の施錠と子供達を任せ、黒い外套を羽織って闇に紛れる。

 街からは離れている辺境のため、周囲は暗い。地の利はこちらにある。

 何より、向こうがわざわざ戦力をくれた今、負ける通りはない。


「ヘイ、Siri。昼間意識を奪った奴らに暗示を掛けて」

『暗示魔法を、実行します』


 対象にだけ聞こえる超音波がバイブと共に放たれ、ずっと陰で倒れていた敵兵らが力なく、ゆらりと立ち上がる。

 暗示が掛かった証拠に赤い旗が青に変わると、青い旗をタップしてから、広げたマップに映る赤い旗の群れにかけてスライドした。


「ヘイ、Siri。暗示を掛けた奴らを赤い旗の奴らに向かわせて」

『牙を剥け、兵士達。すべては英雄スィーリーのために』


 単調な声とは裏腹に、なかなか過激な言葉が聞かれると、暗示の掛かった兵士らが、一斉に敵陣目掛けて駆け出した。


 暗示の掛かった奴らは、半分ゾンビみたいなものだ。

 斬られようが焼かれようが、命令を実行し続ける傀儡人形マリオネット。解術する以外に止める術は無く、掛けた暗示はそう簡単に解けるような低級魔法でもない。

 英雄は英雄らしく、超が付く程の上級魔法を操るのだ――端末が。


 故にこのまま放置して置いてもそのうち終わるだろうが、子供が起きて来てしまうかもしれないし、万が一もある。

 何より狙われたからには、皮肉も籠めて姿を見せねばなるまい。


「ヘイ、Siri。敵の戦力が半分片付いたところで、敵のところまで転移して」

『計算を終了しました。八分後に、転移の魔法を起動します』

「八分か……子供達の寝顔を見るくらいの時間はあるな」


 戦場に行くと、暗示の掛かった半ゾンビ兵が、敵陣営を圧倒していた。

 敵はどうやら、魔王軍の生き残りの様だった。一人だけ馬に乗った指揮官らしき魔族がいたのだが、どこか見覚えがあるような気がする。

 まぁ、これから死ぬ名前だ。覚える気は無く、履歴に残す必要も無い。


「! 貴様、英雄スィーリー!」

「バレたか。ま、さすがにここまで近付けばそうか」


 仮にも魔導師を相手にするのなら、決して入ってはいけない攻撃圏内。

 暗闇に紛れるよう黒の外套をまとっていたとはいえ、そこまで近付かれるまで気付けなかったなど、致命的な失態だ。

 興奮状態の魔族の将軍でさえ、それは理解したらしい。

 かといって撤退のために背を向ければ、自分か半ゾンビ化した仲間に殺される。

 最早状況から見て、詰んでいるも同然であった。


「もう十年も経ったんだ。魔族も平穏に暮らせば良いじゃないか」

「その平穏を、てめぇが奪ったんだろうが! 将軍だった俺の親父は、てめぇに殺された! これは魔王様だけじゃねぇ、親父のための弔い合戦でもあるのさ!」

「……そうか」


 その優しさを、人間にも向けられれば文句は無いのだが――残念ながら、人間を家畜同然に扱い、見る彼らにその思想は届かない。

 悲しい事だが、やるしかない。


「火矢を放て! あいつの家諸共、家族を焼き殺す!」


 乱戦の中、弓兵部隊が先端の燃える火矢を放つ。

 狙いは的確。弓なりの軌道を描く矢は、このまま行けば間違いなく家に届くだろう。無論、そんな事をさせるはずはない。

 向こうが親の仇討ちをしに来たように、こちらも家族を喪うつもりはない。


「ヘイ、Siri。火矢を消して」


 滅却の魔法が火矢を打ち消す。

 空で灰となって消えた火矢を見上げた将軍は、絶句した。

 彼の父も、かつて同じ光景を見て言葉を失ったのだが、やはり親子か。


「ヘイ、Siri。『降伏するなら武器をてよ』を魔王の言語で拡散して」

【■■■■、■■■■■■■■……!】

「我らが王の言葉を、精霊如きに使わせるな!」


 正確には精霊ですらないのだが、そこら辺の説明は時間の無駄だ。

 疾く、殲滅する。


「ヘイ、Siri。破壊の魔導書、三八ページを検索。スクショして日本語に翻訳して」

『炎熱破壊魔法“爆破滅却エクスプロージョン”。詠唱文言、『――』」


 日本語翻訳機能を使えば、自動的に翻訳した文章を読み上げてくれるので、そのまま魔法発動の詠唱が省ける。

 大量の魔力バッテリーを食うが、短期決戦にはこれが早い。


「俺も父親になった。弔い合戦をしたい気持ちはわからないでもない。だが今ここで死ぬのも殺されるのも、あの子達にはまだ早過ぎる。悪いけど、ここは抵抗させて貰うね」

「クソ、クソ、クソ! いつか貴様に、復活した魔王様が裁きを――!」

「ヘイ、Siri。“爆破滅却エクスプロージョン”を発動して」


 眩く輝き、爆ぜる炎熱が焼き焦がす。

 最後まで言葉を遺す暇すら与えられず、魔族の小隊は彼らと抗戦していた半ゾンビ諸共、滅却させられた。

 肉片一つどころか骨の欠片すら遺されず、丸々と空いた窪みから生物の焼ける独特な臭いが立ち籠める。


「村の警備網を強化するよう、言っておかないとな……ヘイ、Siri。家に転移して」


 家に帰り、ノックすると、妻が扉を開けた勢いのまま抱き着いてきた。

 自分の手で優しく抱き返し、口付けを返す。


「無事で何よりでした」

「あぁ、心配を掛けたね」

「……あなた」

「うん」


 妻も怖かったのだろう。恐怖を打ち消すかのように、求めてくる。

 この晩、妻は三人目の子供を身籠もった。


 翌朝、隣で眠る妻の額に口付けし、机の上の相棒に声を掛ける。


「ヘイ、英雄Siri。今日もよろしく」

『おはようございます、英雄スィーリー』


 今日も英雄とその相棒は、愛する家族を守る。

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英雄スィーリーと端末相棒 七四六明 @mumei

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