スマホを買いに行きました
さかたいった
お知らせが届きました
『このケータイをお持ちの方を探しています』
ある日自宅のポストにそんな迷子の子犬でも探しているかのような文面のお知らせが入っていた。ケータイ契約会社の『ドコニイテモ』から届いた私宛てのものだ。
お知らせの中身を確認すると、現在私が所持しているケータイの機種写真とともに、
『
とあった。
私はかれこれ十年以上、今のケータイ、いわゆるガラケーと呼ばれる種類のものを使い続けている。その私が所持している機種の修理受付が終了したらしい。つまり、今後ケータイが故障しても修理してもらうことができないのだ。可哀想に。
私はとくにスマートフォン、いわゆるスマホを持つ必然性を感じていない。現に私は今所持しているケータイを連絡先として使用している他は、目覚ましの予備のアラームぐらいでしか使っていないのだ。スマホを活用するぐらいならパソコンのほうがパワーがあるし、使い勝手も良い。
そもそも私が今のケータイを購入した当初は、ガラケーなどという呼び名はなかった。私はただケータイを買ったのだ。それがのちのちスマホを持つようになったミーハーな連中が、まるで過去の遺物であるかのように「ガラケー」と呼んで揶揄し始めただけである。私の知ったことではない。
私はべつにスマホに対して敵がい心を持っているわけでもなければ、ガラケーにこだわりを持っているわけでもない。現に私は、ドコニイテモからのお知らせも届いたことだし、この際スマホに買い替えようかと考えた。私は近いうちに小説投稿サイトで作品を投稿し始めてみようかと考えているので、そのためにもスマホがあったほうが便利かもしれない。
というわけで、私は後日機種切り替えのためにドコニイテモのケータイショップに向かうことにした。
数日後。私は駅の近くにあるドコニイテモのケータイショップに向かった。
到着。どうやらショップはビルの中にあるらしい。私は入口から入って通路を進み、エレベーターに乗った。
二階に着き、エレベーターの扉が開くと、すぐ目の前がケータイショップで、中の入り口付近に立っているスーツ姿のガタイのいい男性店員とエレベーターの中で既に目が合った。どうせなら体育会系のムキムキ男性ではなく可愛らしい女性店員と目を合わせたかったと思わなくもなかった。
エレベーターを降り、ショップに入る。
「いらっしゃいませ」
「あの、機種変更をお願いしたいんですが」
いかがわしいマッサージをお願いしたいわけではない。
「はい。失礼ですが、お客様はご予約はされていますか?」
「いいえ。テレパシーではしましたが」
「えっ?」
「いえ、なんでも」
「ご予約のない場合、現在ですと一時間ほどお待ちいただくことになるのですが」
「そうですか。わかりました」
ガタイのいい店員は整理券を渡してきた。番号は「704」だ。
「一度外に出られますか?」
「はい」
私は一度ビルから出て、宇宙人との交信を試みたりして時間を潰した後(残念ながらUFOは現れなかった)、一時間後に再びショップを訪れた。
中に入ると、ガタイのいい店員はいなくなっていて、かわりに大学を出て二、三年といった感じの若い男性店員が対応してくれた。
それからまた十五分ほど待たされる。窓口の机はたくさん空いているし、手が空いている店員も複数いるのに、なぜか待たされる。どうやらまだ来てもいない予約の客で窓口を埋めているようだ。待っている間にアンケートのようなものを記入させられた。
私が椅子に座って待機していると、入り口からガラの悪い二人組のジジイが入ってきた。品性の欠片もない態度でわがまま放題言っている。店員が二人がかりで対応に追われた。まあ頑張ってくれ。私はわりと気の強いほうなので、下手に関わると喧嘩になってしまう。
店員が二人組のジジイをやんわりと帰らせてしばらく経った後、ようやく私の番が回ってきた。窓口に通される。先ほどの若い好青年が応対。
「今回スマホにお乗り換えされるということですね」
「はい。山手線に乗り換えるわけではありません」
「えっ?」
「いえ、なんでも」
「スマホにされるということですが、購入する機種のほうはお決まりですか?」
「いいえ。今晩の献立も決まっていません」
「……。では、こちらへどうぞ」
私はスマホの機種が並べられているエリアへ案内された。思っていたより、種類が少ない。選択肢はあまり多くなさそうだ。
いろいろ機能的な情報が表示されているが、私はそれを見ても何もわからない。私が気にするのは、見た目と値段ぐらい。スッキリしたデザイン、あとは色。そして手頃な値段。一度男性店員におすすめを尋ねたが、十万円以上する機種をおすすめされたので即却下。私はスマホを買ってもどうせパソコンをメインで使うので、そんな高性能な機種は必要ない。
「こちらなんていかがでしょう?」
「ふむ。それにはどんな機能が?」
「日本全国にいる六十五歳以上の老人が、一日に何回『まったく、近ごろの若いもんは』と言ったか教えてくれる機能があります」
「なるほど。それはとても便利ですね」
その後私は適当な機種を選択し、窓口に戻って料金設定も決めた。
男性店員は机の向こうでちょこちょこパソコンをいじりながら説明を続けている。退屈だ。なんかもう疲れてしまった。私はオフィス仕事には向かないだろう。もう早く帰りたい。
店員の作業中、私が他に視線を向けると、新卒っぽい女性スタッフを発見。まだお客様対応を任されていないのか、肩身の狭そうな様子でコロコロのようなものを使って店の床を掃除している。頑張るのだぞ、若人よ。きみの未来は希望で溢れている。
あらかた手続きが終わり、ようやく帰れると思ったが、最後にスマホの初期設定をするよう店員に指示された。
私は少し戸惑った。私は家に帰って一人になったところでスマホの操作をいろいろ試したいと思っていた。なのに店員は自分の見ている前で操作をしてみろと言ってくる。私はスマホはほぼ触ったことがないし、操作の仕方も知らない。だってボタンが無いんだぞ!
私が不器用にスマホを操作する様子を見て、男性店員がくすくす笑っていた。てめえこんにゃろー。
「ここを、こうですか?」
「違う、ここ」
「ここ?」
「そう、そこそこ!」
「こうですか?」
「ああ良い! そこそこ!」
「こーんなのはどうですかー?」
「あーだめ! やめてー!」
新卒の女性スタッフが軽蔑した視線を私たちに向けていた。
私は本はベッドで寝転がりながら読みたい人間だ。だからケータイがスマホになって助かっている。
私は小説投稿サイトの作品はスマホで読む。そして自分の作品を投稿したりコメントを書く作業は、全てパソコンで行っている。
全部パソコンでやっていたら、私はこんなに多くの作品を読むことはできなかっただろう。それがケータイをスマホにした一番のメリットだったかもしれない。私は長時間椅子に座っているとすぐ腰や頭が痛くなる。だから寝ながら作業できるのはとても助かる。
これは私の願いかもしれない。
その日、私のスマホが鳴った。誰かから電話がきたのだ。
私は電話に出た。
「おめでとうございます。
「えっ、ホントですか?」
私は夢を叶えた。その事実を伝えてくれたのは、このスマホだ。
私が書いた作品のタイトルは、『されどかっぱ巻き』。
スマホは、家族より先に吉報を知ったのだ。
そんな日がいつか来ることを願おう。
スマホを買いに行きました さかたいった @chocoblack
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