廃墟巡り
スズヤ ケイ
廃墟巡り
やあ。
今回はまた、趣向を変えたものだね。
なんでもスマートフォン、略してスマホにちなんだ話をご所望だとか。
ふーむ、そうだな。
では、こんな話はどうだろう。
廃墟巡り、というものを趣味にしている人達がいるのを知っているかい?
私の知人に。人が住まなくなって久しい、朽ち果てた家屋へ訪れるのが好きだと言う人がいてね。
なんでも、建築物が風雨に晒された歳月に思いを馳せる事で、もののあはれ、を感じているのだとか。
随分あちこちへと足を伸ばして、古民家やら計画倒れになって放棄されたマンションやら、様々な廃墟を回っては写真を撮って悦に浸っているんだ。
まあ写真と言っても、彼はカメラにこだわりがあるタイプじゃない。
しっかりとした一眼レフや三脚などを揃えると、どうしてもかさばってしまうものだからね。
山中の廃村などへもよく行く彼にしてみれば、荷物は軽い方がいい。
そこでスマホの出番という訳だ。
最近では、スマホのカメラと言えども馬鹿にできない性能だし、一台あれば電話にメール、ネットに支払い等々、何でもござれときた。
フットワークを最重視する彼にとって、スマホは廃墟巡りのお供として最適解なのさ。
さてさて。
そんな彼が巡る廃墟の中には、時折、肝試しの舞台となるような曰く付きの物件も含まれる。
御多分に漏れず、彼もそうした禁忌とされる場所にもずかずか入り込んでいく強気な性格でね。
その中でも、特によく覚えている話をしようか。
ある時彼は山に登って、その筋では有名な「出る」とされる、破棄された神社へ行ったんだ。
神社と言ってもそれほど立派なものじゃない。
一応人が潜り抜けられるかどうかの小さな鳥居に、犬小屋かと思う程の貧相な社がちょこんとあるだけだった。
その割に境内は広く、小学校のプールくらいはあったらしい。
とは言え手入れがされていない山中だ。ほとんどが枯れ葉や倒木に埋もれて、まともに歩ける場所は少なかったそうだけど。
彼はその神社の情報を得る際に、色々な噂を耳にしていた。
曰く、管理を怠った宮司を神様が祟っただの、神様が呆れてどこかへ行ってしまった結果、よくないものの住処になってしまっただの。
それらに付随して、
行けば必ず罰が当たる。
化け物に追い回される。
真っ黒な大勢の人型に囲まれる。
等々。
管理人がいないものだから、言いたい放題されていた訳だ。
しかし彼は、自分の目で見たものしか信じない上、ならば自分で確かめてやろうと言い出す豪の者でもあってね。
結果、実際に訪れても、朽ちた社と荒れ果てた広い境内しかなく、怪異の欠片の一つもない。
全くの拍子抜けだったと。
お目当ての社も、彼のお眼鏡に適うものではなかったようでね。
来て損をしたとばかりに、つい社の前で舌打ちしてしまったと言っていた。
せめて記念にと、社とその周囲を一回りしながらパシャパシャと撮影した後、日の高いうちにさっさと引き上げたそうだ。
山を下りる際に妙な気配に追いかけられたとか、麓に止めていた車の窓に手形があっただとか、帰りに事故に遭ったなんて事は一切ない。
異変を感じたのは家に戻ってからだ。
自室でくつろぎながら、戦利品である写真のチェックをしている時、撮った覚えのないものが紛れ込んでいた。
ああ、一目でそれと分かるようなものが写っていた、という訳ではないよ。
写っているもの自体は全て尋常なものだ。
社とその周辺の風景や、自分の姿。
それだけさ。
ただ一点。
そもそも彼は自撮りなどはしないから、その身が写っている事がおかしいんだけど。
服装や体形、髪の色などから、どこをどう見ても自分だと分かる。
その人物がスマホを構えている所を、すぐ後ろから撮った構図の写真が混ざっていたと言うんだ。
妙な話だよ。
その時、神社周辺にいたのは彼一人だったはずなんだからね。
先に話した通り、境内は広くて見晴らしがよかった。
誰かがいれば嫌でも気付く。
仮に誰かが撮ったのだとしても、何故そのデータが手元にあるのかが謎だ。
流石にこれは何事かと、彼が困惑している所に、ピコンとメールの着信がきた。
悲しい事に、人はそんな時でも律儀に反応してしまうものなんだね。
思わず開いたメールボックスには新着メールが一件。
見知らぬアドレスからだ。
常ならばさっさと削除していただろうけど、混乱していた彼はついそのまま内容を確認してしまった。
件名も本文もなし。
添付ファイルがあるばかり。
流れ作業でそれを開いたところ、下山中の自分の後ろ姿が目に飛び込んできた。
先程面食らった構図と、そっくりそのままだ。
驚く間もなくもう一件届いた。
さっきとは違うアドレスからだ。
見れば今度は、車に乗り込もうとする自分の姿。
ああ。
彼自身は気配を感じなかったのだろうけど、何かに尾行されてしまっていたんだね。
ただその何者かは、車に便乗するまでには至らなかったようだ。
その後も続々と写真付きのメールが送られてくるも、彼自身や車は写っていなかった。
何でもない田舎道や街並みを写しただけの、つまらない写真ばかりだ。
しかし、彼はそのどれもに見覚えがあった。
そう。
彼が帰りに通ってきた道の風景だったんだ。
彼もその頃になって、ようやく自分が怪異に見舞われているらしい事を自覚した。
このメールの発信者は、どうやら自分の居場所を目指して進んでいる。
しかし車に追いつく程の速度は出せないようだ。
なのに何故、正確に自分のいる方へと向かって来れるのか?
なんて、そこに至っても沈着な思案をするあたりは、流石に豪胆だと感心してしまったよ。
そして、現状を分析した彼が導き出した推測が、相手は自分のスマホの位置情報を頼りに進んできているのではないか、という事だった。
彼は普段からGPS機能を切っていたと言うから、それはそれで不思議なんだけどね。
そうこうしている間にも、着信音をオフにしたスマホはずっと震えっぱなし。
メールが送られる度に送り主は近寄っているのだろう。その間隔は早まる一方だ。
このままでは、得体の知れない者が家へ辿り着いてしまう。
追い込まれた彼はどうしたと思う?
捨てたのさ。スマホを。
決断するなり家から少し離れた川へ走り、中身を初期化した上で叩き壊し、水面へ思い切り投げ込むという徹底ぶりだ。
それが功を奏したのか、以降おかしな目には遭っていないとの事だよ。
では、迫ってきていた者はどうなったのだろうね?
そう尋ねると、自分の所まで来ないなら知った事じゃない、と彼はどこ吹く風で言っていたよ。
そうそう。
結局彼は、最後までこの件を怖いものとしては認識しなかった。
ただ単に迷惑なだけだった、と断言したよ。
その後も懲りずに廃墟巡りは続けているらしい。
私としては、怪異が電子機器を使いこなしている点に驚きを隠せなかったのだけど。
新調したスマホの代金と、大量の迷惑メールのせいで、膨れ上がった通信費が加算されたクレジットカードの請求書を見た時の方が、よほど肝が冷えたと語っていた。
ああ、冷えたのは懐もだろうね。
スマホは便利とはいえ、通信プランはよくよく考えて選ぶ必要がありそうだ。
おや。
いつの間にか、お化けよりも従量制料金の方が怖いという話になってしまったね。
語りが落ちる場所というのも、存外ままならないものだ。
でもまあ、ちゃんとスマホの話だっただろう?
それで良しとしてくれないか。
うん。
改めてみると、私の知人には愉快な人が多そうだ。また何か思い出せば、追々話す事にしよう。
それじゃあ、またね。
廃墟巡り スズヤ ケイ @suzuya_kei
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます