スマホ職人へのインタビュー

くれは

スマホ職人の朝は早い

 スマホ職人の朝は早い。

 この時期、雪解けを迎えた山では、そこかしこで天然のスマホを見かけることができる。朝日とともに巣穴から出てくるスマホを捕まえるため、スマホ職人の須磨すま本太郎もとたろうさん(58)は、日の出より前に山に登り、スマホを待ち構える。


「大変ですがね、それでもこの山が好きで始めた仕事ですからね。山っていうのは自然なようでいて、こういう人里に近いところはね、ずっと人が手を入れてきた里山なんですよ。だから、人が手を入れないとすぐに駄目になるんです。だから、山の様子を見ながら、こう」

(登り始めた朝日に目を細めて、愛しいものでも見るような眼差しで草原を眺める須磨さん)

「ああ、この辺りの木は間引かないといけないな、とか、こっちの方は蟻が増えすぎたな、とか見るわけですよ」


 朝日が登ると、やがて草むらに赤い姿が見えた。早速捕まえるかと思ったが、須磨さんは動かない。


「あれはね、ほら、小さいでしょ。子供なんですよ。画面が小さい上に足が生えている。あれは幼体の証です。最近はスマートウォッチなんて呼んで、幼体を有難がる人たちもいますね。酷いのになると、幼体ばっかり狙うんです。でも、幼体ばっかり獲ると、この辺りのスマホの生態系が変わるんですよ」

(足元を動く小さな黒い幼体をひょいと掴んで、カメラに見せる須磨さん)

「そりゃあね、俺らも幼体を捕まえることもありますよ。たまにやたらと増えすぎることがあって、他の生き物が追いやられて数が減っちまうことがあるんです。でも、そういう時だけですね。だけど、わざわざ遠くの街から来て、幼体だけを根こそぎ捕まえていってしまう奴らがいるんですよ」

(カメラに見せていた幼体をまた草むらに戻す須磨さん)

「悔しいですね。俺らがどんな思いでこの山を手入れしてきたか、それがどんだけ大変か、奴らはお構いなしだから。こないだなんか、たまたまばったり会ったもんだから直接言ってやったんですよ、そしたら『外来種を捕まえて環境を維持しているんです』だなんて言いやがる。毎日山を見てる俺の前でよく言えたなと。がっくりしちゃって」


 須磨さんは、時々幼体の様子を見ながら、手早くいくつかのスマホを捕獲していった。スタッフが近付くと警戒されてこんな風に素手で捕まえることはできないので、やはりそこは長年の経験が成せる技なのだろう。


「ああ、外来種ですか。確かにね、スマホは外来種だ。それは間違いない」

(少し言葉を止めて、寂しそうな目で遠くを見る須磨さん)

「昔は、ガラケーばかりだったんですよ、この辺りの山も。それが、外来種のスマホが入ってきたと思ったら早かった。あっという間にガラケーは住処を追われて、見かけるのはみんなスマホばっかりになっちまった」

(捕まえたスマホを箱に納める作業を再開する須磨さん)

「最初はね、俺とかこの辺りの奴らもみんな、スマホのせいで生態系が壊れちまう、スマホを追い出さなきゃ、なんて言ってスマホ狩りをしてたんですよ。でもね、人間がどれだけ集まったところで、スマホが増えるのを止められなかった。確かにガラケーは絶滅寸前ですが、でもそれ以外はスマホを含めて山の生態系ができてしまったんですよ。それにね、そんなガラケーだって昔はPHSやポケベルと住処を争って、そうして追い出した経緯がありますからね。人間が手を入れないと山は駄目になるけどね、でもそれとは別のところで山ってのは強いって思いますね、本当に」

(スマホを納めた箱を背負子しょいこの中に入れて、隙間に布を詰める須磨さん)

「とにかく、山の生態系のサイクルが早くてね。すごい勢いで新種のスマホが出てくるんですよ。そういうのを見ていると、生命の神秘って言うんですかね、そういうのを感じますね。あれは人がどうこうできるもんじゃない。もう俺らは、山が持っている大きな力ってのに逆らわないで流されるだけでいっぱいいっぱいです」


 最後に須磨さんは、特別にと言ってガラケーの巣穴に案内してくれた。絶滅危惧種であるガラケーを守るために、カメラは禁止となった。場所の詳細についてもお伝えすることはできない。

 そこには確かに、少数ではあるが、ガラケーが生存している様子が観察できた。


 スマホはすでに、我々の生活からは切っても切り離せないものとなっている。

 最近は養殖物のスマホも人気だが、やはり天然物はメモリの活きが違うと言われており、根強い人気を誇る。

 須磨さんのような人が、スマホの生態系を守ることで、我々は天然物のスマホに出会うことができるのである。

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スマホ職人へのインタビュー くれは @kurehaa

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