スマホで陰陽師だなんて、ハイテクだなぁ。

黒銘菓(クロメイカ/kuromeika)

第1話

 陰陽師、安倍晴明。

 令和時代の現在でも、僕の名前は割と有名らしい。

 とある理由で泰山府君祭…平たく言えば死者蘇生や転生で令和に蘇った私、安倍晴明が驚いた事は二つ。

 一つは、自分の名前が後世に残っている事に驚いた。

 一介の陰陽師が一千年を超えて尚名前が残るなど誰が予想出来ようか?

 あんな二枚目の演者殿に演じて貰えるとは、いやはや面映い。


 そして、もう一つ驚いた事が有る。

 「怪異は未だ居たんだなぁ。」

 夜の闇の畏れと恐れは消え、怪異は科学によって退治されたと思っていたのだが、それは違うらしい。

 ネットというある種の強力な呪が怪異を強めた。

 平安の世の呪なぞ可愛い猫の様なものだ。人の妬みやそねみや噂なぞ、多くて数十から数百人に拡がるのが関の山。消えるのは七五日あれば事足りた。

 それが今の世では数千数万の人間の妬み嫉み噂が一言で集まり、消える事は無い。

 言葉の持つ呪の規模が一千年で変わった。

 故に、怪異も強くなった。

 ただ、怪異が居れば必ずそこに在る者が在る。

 そう、私が驚いたのは怪異が居た事では無く、『陰陽師が未だ居た』という事だ。

 そう、時代から取り残されたと思っていた陰陽師は未だ居たのだ。


 「清明、清明……清明!」

 ぼぅっと考え事をしていた僕に学生服の男が話しかける。

 あぁ…そうそう、忘れていた。泰山府君で友人の源博雅ひろまさも蘇っていたのだった……。

 「あぁ、博雅………、どうしたんだ?」

 「どうしたんだじゃない!君が現代の陰陽師を見たいというから来たんだろう?

 ほら、そろそろやって来るみたいだぞ。」


 今、僕と博雅は深夜の公園の茂みの中に居た。

 陰陽師が現代も居ると知った僕は、一目現代の陰陽師を見てみたいと博雅に言ったのだ。

 と言っても、何も無い時に陰陽師の姿を見ても解らない。

 怪異と相対している陰陽師が見たいと思って、怪異の現れそうな、陰陽師が見付けそうな場所をこの所毎晩っていた。

 ……無論、誰かが怪異に襲われかけたらその時は僕と博雅でちゃんと止める気だったから、そのつもりでね?



 「あれかい?」

 「あぁ、あれだ。」

 公園の茂みから外を覗く。

 公園には人は居ない。幾つかの街灯がチカチカと点滅しながら冷たい光を映していた。

 そんな光の中に、黒い何かが這いずっているのが見えた。

 泥の塊の様で、黒い煙の様で、形は在ると思えば見え、無いと思えば見えない、そんなもの。

 京の夜で幾度も見て来た、鬼が生まれ出でる瞬間だ。

 黒い塊がうず高く積もっていき、形を作り出す。

 二メートルを超える巨躯。

 太く、荒々しい腕と足。

 黒い靄の中でも蠢く二つの眼球。

 二つの鋭い角。

 禍々しい妖気を纏った


 『轟唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖!』


 点滅した街灯に照らされた鬼が咆哮した。

 「おぉ、鬼だ……やっぱり鬼はどの時代も変わらないなぁ。

 しかも、あれは中々強そうだな…………。」

 鬼が為りかけた段階で懐から呪符を取り出し、印を結んで博雅と自分を隠形の結界で覆う。これで当分は人にも怪異にも見付からない。

 「鬼が本当に人を襲おうとしたら、俺は出るからな。」

 そう言って博雅は学生服の内側から柄だけの刀を取り出す。

 博雅に上げた武器、不視刃怪異斬り。人は斬れず、見えず、怪異だけを斬る刃だ。

 そして、懐にはもう一つ。木の棒の様なものが顔を覗かせていた。

 「解っている。だが、その心配は無さそうだ。」

 そう言って僕が指差した先を博雅が追う。


 少女が居た。

 博雅の様に学生服に身を包み、細腕にカバンを携えた女学生。

 こんな真夜中で無ければ。

 明確に鬼を見て、そちらに足を向けていなければ。

 そして、体から放たれる呪力が無ければ。

 ただの女学生だっただろう。

 

 「陰陽師か?」

 呪力に疎い博雅が訊いてくる。

 「あぁ、しかも、手練れだ。」

 呪力。陰陽師が術を行使する際の力。彼女からはそれが淀み無く、大きな力として見える。

 「二角セカンド……。

 直ぐに退治……するね。」

 女学生は懐から何かを取り出すと、構えて鬼に向かっていった。


 『轟唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖!』


 鬼が呪力を感じ取って女学生に突進する。

 鬼。

 呪が集まって為る怪異。

 特別な呪を持つものも居るが、基本的に恐るべき怪力と狂暴性を持つ。

 人の胴体を捩じ切り、血を浴び、肉を貪る。

 そんな人の恐怖がつどった結果。

 あんな華奢な婦女子がその腕に捕まれば結果は明白。

 博雅がそれを見て結界から出ようとする。僕は止めた。

 多分今は問題無いだろう。


 懐から取り出していた何かに指を走らせて鬼に向ける。

 『金縛り止まって!』

 何かから呪力が指向性を持って鬼に向かう。

 それが鬼の腕や足を縛り付け、女学生の一歩手前で止まった。

 『轟唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖!』

 鬼が声を荒げて暴れるが、呪力は鬼の手足を縛りあげ、ビクともしない。


 「あぁ!あれが現代の陰陽師、陰陽術か!」

 少し興奮気味に博雅の顔を覗き込む。

 一千年の時の流れは面白い。夜に太陽が現れ、ネットと言う呪の術式が出来、そして…………。

 「なぁ、清明。俺にはアレが現代のスマートフォンに見えるのだが、アレは呪具なのか?」

 博雅は女学生の手の中を見てそう言った。

 女学生の手の中にはスマートフォン、スマホが握られていた。

 「あぁ、アレは呪符さ。

 ほら、僕も昔、使っていただろう?」

 「いや、アレがか?スマホだぞ?電子機器だぞ?ハイテク機器だぞ?

 俺はてっきり今の陰陽師も呪符や式神や言霊で怪異を相手にするものだとばっかり………。」

 「博雅、確かに僕は呪符を用い、式神を使い、言霊を放っていた。

 スマホは使っていなかったのは事実だ。

 だが、それは僕らの時代にそれが無かったから使っていなかっただけさ。

 墨と紙、木の板を使っていたのはそれが平安の世で最も便利で呪に近かったというだけで、あれが有れば僕も使っていただろう。」

 スマホの画面には鬼を縛る為の呪符が映っていた。


 呪力がある、鬼を縛る呪を形にして描き、目にした。


 呪としては十分な効力が在る。

 夜の闇に人々が恐怖を抱かない今の世に鬼が在るのは何故か?ネットの闇が夜の闇の代わりに怪異の依り代になっているからだ。

 ネットが怪異を形作るなら、スマホが怪異を縛っても何もおかしい事は無い。

 そこに人が在れば形が違っても呪は為り得るのだ。


 『轟唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖!』

 鬼の手足が脈打つかと思えば、次の瞬間、呪の縛りが千切れて鬼が解放された。

 「強い………ね。」

 『愚羅亞!』

 鬼が腕を振り回す。それを女学生は後ろにひらりと飛んで躱し、今度は鞄から何かを取り出した。

 「ドローン式神!」

 鬼へと小さな四角い箱を幾つも投げつけ、スマホの画面に何かを描く。

 小さな箱からそれぞれ細い四本の足が生えたかと思えば、ブンブンと音を立てて箱が鬼の周りを縦横無尽に飛び回り始めた。

 「せ?いめい?」

 唖然とする博雅。

 「落ち着け博雅、凄いじゃ無いか。絡繰りで式神を作るなんて誰もが考えられることじゃないぞ。」

 ドローンは鬼の周りを飛び回り、時にぶつかり、巧みに攪乱している。

 女学生はと言えば、距離を取ってスマホを操作していた。呪力の流れを見る限り、そろそろ決定打を打つつもりだろう。


 『轟唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖!』


 鬼が苛立ち、女学生が何かをしている事に感付いて再度襲い掛かろうとしたその時。

 「出来た……」

 女学生はスマホに触れた。

 次の瞬間。不規則に動いていたドローンが空中で静止して光を放つ。

 光は幾つもの線を描き、それぞれが他のドローンにぶつかり、方陣を描いていた。

 『轟唖!唖唖!唖唖!唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖唖!』

 鬼が動きを止めて藻搔き始める。

 「おぉ、あの式神、結界の類も作れるのか!」

 鬼が苦しみ、弱り、方陣が強く輝いていく。

 このまま行けば鬼は封印されるだろう。

 だが、

 『舐めるな、餓鬼!』

 「えっ?」

 ドローンの方陣内で妖気が弾け、余波でドローンと女学生が吹き飛んだ。

 手に持っていたスマホは吹き飛び、ドローンはそれまでの羽音は成りを潜めて大人しくなる。

 吹き飛んだ女学生は何が起きたのか未だ解っていない。

 『角二本だから雑魚。そう思っていたようだが、残念だな。

 鬼の強さは確かに角の数に比例する。が、角を隠す事だって出来るんだよ。』

 そう言って、自分の額を指差す。

 そこには、さっき迄二本だった角が五本に増えていた。


 鬼は呪で出来ている。

 そして、呪は人から生まれる。

 嘘を吐く人から…………だ。

 女学生は油断が過ぎた。

 人から生まれい出た呪は「清明、行こう!」

 博雅が我慢ならんとばかりに鬼に突進していく。

 「あぁ、博雅。行こう。」

 僕は博雅に続いて鬼へと向かっていった。



 甘かった。油断した。

 体は妖気にてられて動かない。

 スマホは落とした。式神も呪力が流れていないから動かない。

 鬼は強く、私はもう打つ手がない。

 「死ぬ……んだ。」

 悲しくなる事は無い。

 苦しくも無い。

 もう、いいや。


 「待て!」

 声が、聞こえた。

 『餓鬼?

 なんだ、もう一匹いるのか。』

 煩わしそうに鬼が振り返った途端。

 「ァ!」

 『グゥッ、何だ、お前!』

 掛け声と共に、声の主の男の人が手に持った何かで鬼を斬ったのが解った。

 鬼の声に苦痛が見える。

 鬼の背中に隠れて解らないが、誰かが、鬼と闘っている。

 「ヒロマサ!先走るな!」

 別の人の声が聞こえる。

 「セーメー!援護を頼む。」

 「無理はするなよヒロマサ!」

 二人の声が交差する中、鬼の気配が薄らいでいくのが解った…………

けど、


   私の、

  頭も、 ぼーっとしてきこえなくなって     き        た    。



 「五本角か………」

 倒された鬼の残滓を見て呟く。

 「令和の世にも鬼が、居るんだな。清明。」

 物悲しそうな声が夜の風に乗って来る。

 「あぁ………。」


 「清明、ところで、そこの女学生は如何する?」

 博雅が倒れている女学生を指差してそう言った。

 「取り敢えず、ウチで手当てをしよう。」

 「そうか…………」











 「行こう」「行こう」

 そういう事になった。

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スマホで陰陽師だなんて、ハイテクだなぁ。 黒銘菓(クロメイカ/kuromeika) @kuromeika

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