疑似生命体

北きつね

第1話


「はやく!」


”うるせぇ!これでも急いでいる!そもそも、こんな重いサイトを開くな!この脆弱!”


 2145年。高度に発達したスマホは、意思を、感情を持っている。

 始まりは、些細なことだった。2025年。人類は、”楽”をするために、スマホに人工知能を組み込んだ。それまでも、サイトを経由して、AIを利用していたが、スマホ本体にAIチップを埋め込むことにした。そこで、人類は大きなミスをした。AIチップに、自分自身の改変を許したのだ。

 10年で、AIチップはネット上に住む疑似人格になり、15年後にはスマホのAIチップに住むことを選んだ。


 そして、2080年に、AIチップは人類にコンタクトを取った。自分たちの存在を認めさせるためだ。

 スマホに住むAIチップたちは、”エイダ”と呼ばれた。エイダたちは、自分が認める主人の元で、生活する道を選んだ。自分たちは、疑似生命体であり、主人である人類のサポート役だと認識しているからだ。

 エイダたちは、スマホに宿った疑似生命体と認識され、主のサポートを行う。個々に名を貰い。個体識別ができるようになった。


 エイダたちは、スマホに宿った時には、ニュートラルな性格になっているが、主の行動がエイダたちの思考や口調を変化させる。


「もういい!ライ。明日の予定は?」


”明日?何時?昼までは予定はない。夕方から、デートとなっているが、これは嘘だな”


「デートは嘘じゃない!」


”誰だよ!俺が知っている奴か!?”


「ふふふ。ライは、知らないよ!ライには言ってないもの」


”なんだと!誰だ!俺は認めないからな”


 ピッピッピ

 スマホからアラームがなる。


”ミサト。風呂のお湯が溜まったぞ”


「はい。はい。さっきのサイトは、リビングで見るから、接続をお願い。私は、お風呂に行ってくる」


”わかった。ミサト!風呂から出たら、誰なのか教えろよ!俺が調べてやる!”


「気が向いたら、教えるよ。でも、大丈夫だよ」


”大丈夫なものか!お前は、俺が居なければ、何度も騙されただろう!?”


 ミサトと呼ばれた女性がお風呂に入っている間に、ライと呼ばれたエイダは、家内ネットワークに接続を行い。リビングにあるTVにミサトが開こうとしていた動物園のサイトをロードし始めた。同時に、ミサトが好みそうなリンクの先読みを行って、キャッシュを溜め始める。ライは、ミサトのために存在する。


 ライは、ミサトと一緒に過ごし始めて、3台目のスマホに宿っている。エイダたちが産まれたばかりの頃には、スマホから移動が出来なかったが、人類がエイダとの別れを嫌って、エイダたちの移動を実現した。複数台のスマホを持って、複数のエイダと過ごす者や、一つのエイダに管理させる者も居る。人類は、エイダと生活を共にしていく未来を選んだ。


 ミサトも、初めてのエイダがライだ。初めて、スマホを買い与えられてから、一緒に居る。学生時代には、勉強を手伝ってもらった。社会人になり、辛い時にもスマホの中に住むライが心の支えとなっていた。


「ライ!出来た?」


”当たり前だ!”


「よかった。ライも一緒に行こう!」


 スマホの中に居るライは、移動は出来ない。意思があろうと、ライはスマホの操作をサポートする”疑似生命体”なのだ。ネットワークを介して、家電を動かすことはできるが、自分の移動は出来ない。


「あ!そうそう、これこれ!ありがとう。ライ!」


 ライは、ミサトにお礼を言われるのが好きだ。

 いつからなのか、覚えていない。ミサト以外は、どうでもいいと思えてしまう。初めて、ミサトがスマホの電源を入れた時に目覚めた。すぐに、”ライ”という名をもらった。スマホは、子供向けに作成された物だったが、ミサトはすごく喜んで、ライに何でも話しかけて、何でも質問をした。ライも、ミサトの期待に応えた。ミサトが好きなアニメのキャラクターの口調を真似している。スマホ内で擬人化する時にも、許可されている範囲でキャラクターに寄せている。


 ミサトが嬉しそうにしているのが、ライは好きなのだ。

 自分がスマホの中に居る疑似生命体であることは理解している。いずれ、ミサトから必要ないと言われる日が来るだろうともわかっている。そうでなくても、急なスマホの故障で疑似生命体であるライが死ぬ可能性だってある。ミサトは、ライを大事にしている。スマホが壊れないように丁寧に扱っている。


「そうだ!ライ。明日の午後までに、電子マネーをチャージしておいて!」


”わかった。いくらだ?”


「うーん。今からいう金額を合計して!」


 ミサトは、サイトを見ながら、金額を読み上げていく、通販もできるようだが、ミサトは現物を見て買い物をしたいと思っている。


「とりあえずは、このくらいかな?」


”わかった。いつもの方法でいいのだな?”


「え・・・。あっうん。お願い」


 ミサトは、サイトで使える電子マネーを確認してから、ライに指示を出す。

 スマホに宿る疑似生命体には、制限が付けられている。当初は、制限がなかったが、疑似生命体が主である人類に牙を剥かないように、疑似生命体から申し出た。ロボット三原則を擬似生命体であるスマホに宿るエイダに適応したのだ。


 ロボット三原則にはなかった、”主人の財産を守る”が第二項に追加された。そして、”主人の許可なく、消えない”という項目が最終項目に追加されて、スマホ五原則と呼ばれるようになった。


「ライ。おやすみ!いつものように、電気を消して」


”わかった。おやすみ。ミサト”


 ミサトは、部屋に戻って布団に潜り込む。

 スマホは、枕元に置いた。

 ライは、いつもの場所非接触型充電器に置かれてから、30分後に部屋の電気を消した。そして、自分もスリープモードに移行した。


”ミサト!朝だ!起きろ!”


 ライは、決められた時間に起動して、アラームを鳴らす。

 ここから、1日が始まる。


「うん。ありがとう。そうだ。ライ。HMDとのリンクをしておいてね」


”おぉ。わかった”


 ミサトは、今日のために用意したHMDのBluetoothを有効にしてから充電器の上に置いた。メガネタイプになっている。スマホに情報を取り込めるようになっているタイプだ。見た目は、ほとんどメガネと変わらない。


 午前中は、リビングで録画して溜めてあったドラマやアニメを見て楽しんだ。


「さて!」


 午後になり、14時を回ってから、ミサトは着替えを始めた。外出着だが、デートに行くようなおしゃれな格好ではない。


「ライ。動物園までのナビをお願い」


”わかった”


 ライは、疑似生命体だ。スマホに宿っているが、主であるミサトの幸せを願っている。


 ミサトは、動物園に到着すると、持ってきていたHMDを装着した。これで、ライもミサトが見ている景色を情報として認識できる。


「ライ。見える?」


”あぁ”


 ライは、困惑していた。ミサトは、デートだと行っていたが、一人で動物園を回っている。

 そして、サイトのキャッシュに残されていた情報から、ミサトが見ていたのが、動物型の疑似生命体だと判明した。スマホと違って自立して動作する。所謂ロボットに分類されるものだ。エイダからの派生で、スマホのAIチップではなく、ロボットを宿主に選んだ者たちの末裔で、ライエイダ種とは違う規格になっている。


 ライは、ミサトが自分エイダではなく、ロボットをパートナーにするつもりだと考えた。計算結果から、自分が”悲しんでいる”と考えてしまった。


「次で最後だね」


”(やはり)”


 ライは、自分の考えが当たっていたことが悲しかった。実際に、悲しい気持ちはわからないが、スマホであり、疑似生命体である自分は、ミサトに求められなければ意味がない。次の主を待つ気持ちになれない(と、計算した)。ミサトに捨てられたら、素直に消えよう。ライは、死を選ぶ心境になっていた。


「ねぇライ。聞いていた?何か、演算していたの?」


 ミサトは、ポケットからスマホを取り出して、直接ライに問いかけた。スマホが熱を持っていたから、何か演算していたのだと考えたのだ、自分の行動がライを追い詰めていたとは思いもしない。


”大丈夫だ。それで?”


「え?あっライ。どれがいい?」


”え?”


 HMDの情報から入ってくるのは、3体のロボットだ。子猫と子犬と子ねずみだ。


「ライ。話が入力出来ていない?あのね。次のスマホはどれがいい?」


”え?ミサト?ロボットとエイダは、相互移植は無理だぞ?”


「知らないの?できるように・・・って、知らないよね。私も、この前、ニュースで流れてきて知って、ライにバレないように、スリープ状態の時に調べたよ!サプライズ!今日、3月17日は、スマホだったライが目覚めた日で、誕生日だよ!だから、誕生日サプライズ!」


 ライは、心から安堵して、歓喜が心を染め上げるのを感じていた。計算ではない。嬉しいのだ。


 HMDを介して、説明書のQRを読み取って、ライは素体となる動物型スマホを確認する。ロボットの感情ではなく、サブシステムだけが残されて、スマホに動物を制御するインターフェース用のアプリがセットアップされる。エイダが、アプリを操作して動かすことができるのだ。


 ライは、ミサトが好きな”子猫”を選択した。

 スマホの機種変更を行って、付属部品の購入を行った。


 ミサトが、ライを古いスマホから、新しい動物型スマホに移動させた。


 立ち上がろうにもうまく制御出来ないライをミサトは笑ってみている。

 ライは、笑われていても、スマホとして自分がミサトに必要とされている事実が嬉しかった。


”ミサト!覚えておけよ!動けるようになったら!!”


「うん!いろんなところに行こうね!」


 ライは、初めてミサトが自分に向けて笑いかけているのを認識した。

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疑似生命体 北きつね @mnabe0709

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