スマホから始まる最悪な日々。
夕日ゆうや
過酷な人生の中で見いだした幸せ
スマホを買って二日。
「これで今日からお前も、蟹江バスターズの仲間いりだな」
「勝手におれを殺さすな」
「ははは。今は〝親友同盟〟って名前だもんな。はずいはずい」
笹原、蟹江、緑苑が楽しそうに談笑をしている。
「この中に俺も入っていいのかよ?」
俺は疑問を素直にもらす。
「なんだ? おれと親友になるのは嫌か?」
「そうじゃないけど……」
蟹江の言葉にうろたえる俺。
家に帰ると、スマホにメッセが届いていた。
蟹江『ちーす。お疲れちゃん』
笹原『おう。帰ったか。しばしまたれい』
緑苑『おつ~。( ^-^)_旦~』
俺『みんな早いね。俺はやっと帰ってきたところだぞ』
笹原『マジか。家遠いのか?』
俺『そんなところ』
こんな無意味な会話がいつまでも続く。
そんな生活をして一ヶ月が過ぎようとしていた。中間テストも終わり、返却されたテストを見ると、さっと血の気が引いていった。
――怒られる。
俺は背中に冷たいものを感じ、ぞわっとした。
家に帰り、テストの点を見せると、激怒した両親が俺の頬をひっぱたく。
「なんだ、これは……!」
「で、でも学年六位だし」
「誰が順位の話をしている! お前は一位じゃないといけないんだよ!」
烈火のごとく怒りを露わにする父。
腹に衝撃が加わり、俺は壁にぶつかる。
蹴られた。そう知覚する頃には腹に鈍痛が走っていた。
「ごめんなさい。ごめんなさい」
「ふん。スマホなど持たせるから成績が落ちるんだ。今後、スマホはわたさん」
俺の鞄からスマホを取り上げる父。
「今日から毎日勉強しろ」
「はい……」
次の日になり、勉強漬けになった俺は、身体を起こし学校へ向かう。
途中でネコをみつけ、撫でる。
「加藤くん?」
「うん?」
後ろを振り返ると、そこには
「あ、新井さん。どうしたの?」
「毎日、キミを見ていたから気になって……」
え。毎日見ていてくれた? それって……。
「ふふ。可愛いね」
「うん。ネコかわいい」
片言になってしまったが、にこやかに微笑む新井さんに安らぎを覚える。
「なあ。なんでおれたちを無視した?」
「え? なんのこと?」
「既読スルーしただろ? お前」
「あ……」
スマホを取り上げられていたのを説明しようとする。が……
「てめー。裏切りやがって!」
顔面に激痛が走る。
「いや、スマホは父さんに取り上げられていて」
「そんな嘘が通じるか。サイテーだな、お前」
笹原に続き、蟹江がしらけた目でこちらを蔑む。
「いってー」
校庭の蛇口をひねると、晴れた顔を冷やす。
「あいつ。本気で殴りやがって……」
俺の言葉なんて聞きもしない。ホントなんで友だちやってんだろ。
「ん。んんん!」
どこかで聞き覚えのある声が届く。
校庭の端、体育館裏だ。
そこには新井さんと複数の男が立っていた。新井さんが望まない暴行を受けていた。すぐにでも助けたい。
でも身体が震えて動けない。
「ああん? そこにいるのは誰だ!」
「ひっ」
短い悲鳴とともに、俺は大男に殴られた。
そこからどうやって下校したのかは記憶にない。
学校に居場所がなくなった。家にいる場所もない。
当てもなく、街中を歩いていると、俺は自然と川へと向かっていた。
スマホを買ってから最悪なことばかり起きていた。
もう誰か助けてくれ。
そう叫びたい衝動を抑え、川に飛び込む。
※※※
目を開けると、新井さんが立っていた。
『一緒に死のう?』
そうささやいた気がして、少し嬉しかった。
※※※
「ふたりで背負って生きていこう?」
新井さんはスマホを俺に渡してくれる。
「どうして、ここ、に……?」
久しぶりに声を出すと枯れていた。
「うん。ずっと目がさめるのを待っていたんだ」
「どのくらい寝ていたのかな」
ここが病院というのは認識できた。
「一年。あなたの両親は教育虐待として逮捕されたわ。そして私も。もういじめる人もいない。一緒に生きていこ?」
「……」
飲み込めない言葉が襲ってきた。
「ごめん。すぐに返事はできない」
「うん。それでもいい」
「新井さんは強いね」
「ありがと」
「これ新しいスマホ。わたし、待っているから」
そう言って病室を出ていく新井さん。
俺はホッとため息を吐く。
生きている。まだ生きたい。そう思わせてくれたのは間違いなく新井さんだ。
自然と涙が流れてきた。
そのあとは医者がやってきて大慌てだった。
※※※
スマホには一軒の電話番号が記録されていた。
「新井さん?」
『うん。待っていた』
「もう一度、会いたい」
『うん。わたしも』
「だから一緒に生きよう」
『わたしも一緒に生きたい』
スマホを静かに下ろした。
過酷な人生の中、俺はひとつの幸せを手にした。
スマホから始まる最悪な日々。 夕日ゆうや @PT03wing
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