食いしんぼうの犯人

狩込タゲト

少しヘンなモノとカニと私

 私は先輩が住むアパートに急いで向かっていた。友人の誕生日を祝うためと、引っ越す先輩のお別れ会を兼ねた集まりである。急用が入り1時間近く遅れてしまった。遅れる連絡は入れたが、怒ってはいないだろうか。感情的になりやすい先輩も参加しているから心配である。

 しかし、そんな心配は窓に映る彼らの姿が見えたことで無くなった。先輩が私たちを招いた自宅のアパートの明かりがゆれている。周囲の2階建ての住宅から、ひょっこりと1階分飛び出した四角い建物の端っこの窓が先輩の部屋だ。はしゃいでいるのか、人影たちは踊っているのかのようだった。あの様子なら、私がねちねちと文句を垂れられることも無いだろうと、胸をなでおろす。


 結局、私の遅刻が怒られることは無かった。彼らが寛容だったからではない、そんなことにかまっている余裕が無かったからだ。

 見つからないらしい、誕生日の主役のために用意したカニが。

 私が先輩の家に入ると、3人が立ち上がってもめていた。正確には先輩2人が胸倉を掴む勢いで詰め寄っていて、それをなだめようとしている友人の図だ。外から見えたゆれる影は残念ながら、はしゃいでいたからではなかったようだ。

 このまま帰ってしまおうかと玄関で立ち止まっていると、この部屋の持ち主のササキ先輩に見つかってしまった。

「なにしてるの?早く入りなさい」

 言葉はとても落ち着いているが、勢いよくこちらを向いたのでサラサラとした長い黒髪がひるがえる、普段は気の利く姉御肌の優しい女性なのだが、きつい印象を受ける整った顔が般若のように今はゆがんでいて、とても恐ろしい。

 彼女の言葉に私は大人しく従い、3人が囲んでいたであろうちゃぶ台のそばに着席する。野菜だけが入った鍋がカセットコンロの上でぐつぐつと音をさせている。

 「聞いてくれよ!ササキの奴は俺がカニを食っちまったんだと言うんだ

 !!」

 顔を真っ赤に染めて大きな声を上げる筋骨隆々で大柄な男性がムサシ先輩だ。もじゃもじゃとした頭と高い身長が相まって、昔話に出てくる赤鬼のようになっている。

「カニがあるのを知っていたのはあんだだけなのよ?」

 ササキ先輩は声をおさえてはいるが、ドスの利いた響きに怒りがよくあらわれている。

「まあまあ、ふたりとも落ち着いて下さいよ~」

 困ったような笑顔で先輩二人をなだめるのは小太りのミツクニくんだ。普段から困ったような顔をしているのだが、今日ばかりは心底困っているのが伝わってくる。

 こんな状態のふたりに今まで挟まれていたなんてかわいそうだ。私が遅れたことはあとで謝ることにする。忘れなかったら。

「それで?何があったんですか?」


 事件が起きた時間に居なかった私が話を聞いて、外側から意見を言ってほしいという。

 私が来る2時間前には、ササキ先輩とムサシ先輩はここに集まって準備をしていたそうだ。

 ササキ先輩は、北海道の実家から送られてきたカニは宅配のクーラーボックスに入っているとムサシ先輩に伝えたといい、それにはムサシ先輩も同意している。

 引っ越しの準備をしていたのだろう、部屋の中にはいくつか段ボール箱が置いてあり、そのすぐそばに宅配のマークがついた箱がある。中はからっぽだ。

 その後、準備の途中で足りないものがあったのでササキ先輩は買い出しに行き、その間、ムサシ先輩は野菜を切ったり鍋の下準備をしていたという。そのムサシ先輩が一人っきりになった時間が怪しいというのがササキ先輩の主張だ。

「俺は食べてないって!お前らのための会なんだぞ!?」

「でもカニは大好物だって言ってたでしょ?家族の分もとってしまうぐらいにって」

「うっ、そ、それは家族に対してであって、兄弟間での食料のとりあいなんて日常茶飯事だろ?なっミツクニ!」

 突然話を振られたミツクニは動転している。

「ぼくは、一人っ子なのでちょっとその辺の事情はわかりかねます……」

「なんだその同情するような目は!そこまで食い意地は張っていないぞ!」

 なんだか涙目になってきている気がする。赤鬼が泣いてしまいそうだ。さすがにフォローしようと私は口を開きかけたが。

 ムサシ先輩は何かに気づいたように目を見開いていた。涙はひっこんだようだ、良かった。悪い人では無いのだが、感情のコントロールがへたくそで泣き出すと長くて面倒くさいのだ。

 涙が止まったムサシ先輩は、ミツクニをひたと見つめた。

「会が始まってすぐにミツクニは離席したよな、それも5分以上」

「ぼくが怪しいって言うんですか?電話がかかってきたからって言ったじゃないですか」

「じゃあ誰からだったんだ?そのひとに確認とってもいいよな?」

「うっ、それは……その……」

 挙動不審だ。これにはササキ先輩も不信に思ったようで問う。

「はっきり言いなさい。今日の主役はほぼあなたなんだからムサシに対してほどは怒らないわよ?」

「おいっ!」

 ムサシ先輩が抗議の声をあげるが、ササキ先輩は無視している。怒らないと言ったが、しっかり者のこの人のことだから確実にクソ長い説教が待っているだろう。

「……近所の公園のトイレに行っていたんですよっ」

 ミツクニくんはしばらく考えた後、振り絞るように言った。

「え?」「は?」

 先輩ふたりは面食らった様子だ。

「どうしてウチのトイレ使わなかったのよ」

「大きい方でして……」

 他人の家で大きい方をするのは気が引けるという考えはわかる。私もその派閥だからだ。

「お前はそんなこと気にしなかったはずだろう?」

 ムサシ先輩の言うように、動くのが嫌いなミツクニくんは、エレベーターがあるとはいえわざわざ3階分も降りて、トイレのためだけに公園に歩いていくとは思えない。実際、ササキ先輩の家でこれまで何度もトイレを借りている。

「じつは、いい感じの子とお近づきになれたのですが、その子がそういうことを気にする子なので、つい自分もと思ってしまって……」

 なんだかもじもじと身をくねり、ほほをうっすらと染めて話し出した。のろけか?のろけなのか?

「うそくせえ」

「うそくさい」

「ええっ!理由としては真っ当でしょう!?」

 先輩二人は顔を見合わせ、

「納得しかけたが、ミツクニにいい感じの子がいるって時点でだめだった」

「おなじく」

 頷きあっている。

「ひ、ひどい!」

 今度はミツクニくんが涙目になっている。涙目のまま、ばっとササキ先輩を指さした。

「もっ、もしかしたらササキ先輩がカニをどこにやったか忘れただけなのでは?」

「えっ?そんなわけないでしょう!どうやって忘れるっていうのよ!」

「先輩はしっかり者だから、忘れたなどとは恥ずかしくて言いだせなかったのでは?一緒に準備をする予定だったムサシ先輩にはすでにカニのことを話してしまっていて、引くに引けなかったんでしょう」

「たしかに、ササキならありうるか?」

「ありえないわよ!じゃあどこにやったっていうのよ」

 どこにいったのか、部屋には段ボール箱がいくつかある。自然とみんなの目がそこへとそそがれる。

「ちょっと、やめてよ?せっかく梱包終わったとこなんだから!昨日には閉じていて、今朝届いたカニを入れてしまうはずがないのよ!」

 誰もが一理あるというか、筋が通っていることを言っている。

 あっちが怪しいこっちが怪しいという言い争いが続いている。

 私への意見を求めていたはずだが、すっかり忘れ去られて私は蚊帳の外だ。もう帰りたい。ぶっちゃけカニは好きではないのだ。なぜそこまで熱くなれるのかわからない。

 ヒートアップしてしまった3人もそのうち落ち着くだろう。落ち着いたら段ボール箱を全部開けて家じゅうを家探しして、カニが見つかったらそれでよし、見つからなかったら皆でササキ先輩の引っ越し準備をいちから手伝うことになるだろう。犯人は誰かというのはわからないままでもいいじゃないか。こんなこともあったねと、1年後には笑い会えている気がするから。

 そんなことを考えつつ、私は頭を冷やすべく窓から顔を突き出し、大きく伸びをする。良い子はマネをしてはいけないが、夜空を仰ぐように身をのりだした。

 そこで目が合った。

 上の階からこちらを見ている人がいる。お互いびっくりした顔をしていたことだろう。

 上の人はおずおずと手を差し出してきた。なにか握られている。

 半分になったカニだ。

 呆気に取られている私をよそに、

「つい、おいしそうで……」

 恥じ入るような小さい声でつぶやいた。

「おい、今のは……?」

 部屋の中からムサシ先輩の声がする。

「上の階の人がこれをって」

 私の答えがきこえたかどうか、彼らは叫んで家から出ていってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

食いしんぼうの犯人 狩込タゲト @karikomitageto

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ