生かされている……!

いすみ 静江

UKI―000の使命

 ここは、棺なのだろうと思っていた。

 しかし、不敬な輩がいる。

 蓋が音を立てて軋み、開いた。

 じわじわと外の世界の声を拾う。

 今までの静けさは消えた。

 私は、繭に入っていたようだ。


「大きくシールドが開き、充満していたAKガスが外へと染み出した。ガスは危険だ。触るなよ、メインヒ」


 離れた所から聞こえて来た。

 メインヒを呼ぶ低い声は、誰であろうか。


「ランネット、もうそろそろ、AKガスが抜け切ります」


「ライトを構えろ。メインヒ」


「はい」


 冷たい床を踏み鳴らす音が聞こえる。

 私の目に向けて、ライトをチカチカと点滅させられた。

 こうまでされては、感覚が戻って行く。

 ロウで固まったようだった手足も自由になり、首も動かせそうだ。

 思い出した。

 私は、コールドスリープから、目を覚ましたのだ!


「――生かされている。私は生かされているのか?」


 今日がいつだかさえ分からない。

 自分の名も身分も不明だ。

 それに、私は亡くなっていたものだとばかり信じていた。


「動けるのならば……。腰を上げてみよう」


 手をついてカプセルの中で座ってみる。

 覚束なくも自由に動けた。

 間違いなく、私の体だ。


「よくぞお目覚めだね、UKIユキ000ゼロゼロゼロ


 私は自身の両手を見詰める。

 確かに目覚めたと、現状を飲み込もうとした。


「ようこそ、こちらは、ランネット。僕は、メインヒだよ」


 声が遠い訳が分かった。

 彼らが、完全防護服を着ているからだろう。

 背の高い方がランネットで男性らしさがある。

 メインヒは小柄だ。

 自分を僕と呼んでいるけれども、女性のようだ。


「これより、UKI―000に使命を与える」


「まずは、身なりを整えよ」


 ランネットの指示で、メインヒが箱を持って来た。

 真っ白な服やロウを落とす石鹸まで入っている。


「僕が案内するよ」


 メインヒについて行くと、見たこともない、黄色いお風呂が待っていた。

 恐らく、このホースで石鹸を流したら寝るような形で入浴するのだろう。

 どんどんロウ化した体から、桃色の二つの房が現れ、甘くしなやかな体躯へと変わって行く。

 何て綺麗な姿なんだ。

 この房から推察するに、まだ十五歳位だろう。


「私は、少女だったのか。気分は老齢だが」


 脱衣所にカメラが設置してあるのに気付いた。

 撮影されるのは、怖くない。

 だが、私の考えなどは盗まれたくない。

 思っていることを口にするのは、よろしくないだろう。


「お仕度が済みましたか」


「メインヒ、私の名前を教えてくれないか」


「UKI―000だよ」


 私は食い下がる。


「そちらでなくて、元の本名をだ」


「それは教えられない決まりなんだ」


 次に、イグサのくんっとした強い香りが、鼻を擽った。

 懐かしさを覚える。

 私の幼い日々。

 あれは、三月三日か。

 お雛様と私は、パパのカメラに収まった。


「確か、その直後に何かあった筈だ」


「あまり、勘ぐらない方がいいよ」


 メインヒはそう言ったが、気になって来た。


「ここの主様にお会いできる姿になったか。UKI―000」


 ランネットが、イグサの部屋に近づいて来た。

 そして、こうも告げた。


「さて、UKI―000。これが、我らが神とし、お守りしているものだ。丁重に扱うように」


「随分と鈍った黒い塊だな」


 ランネットから平手が届いた。


「神様の御前で失敬ぞ」


「かみ? これが、神様だとでもいうのか。おかしいだろう」


 そのとき、ランネットから突き飛ばされた。


「フフフ、UKI―000。使命を果たしていれば、餌はくれてやる。メインヒ、説明せよ」


「はい。この神様は、現在不安定な糸で吊られて支えられています。それを一日一食、十分間の飲食トイレタイム以外、お守り続けろということです」


 重装備の二人とも勝手ばかりだ。


「分かった。抱きついていればいいのだな」


 私も何か意見したいが、この程度か。


「方法はお任せするが、万が一のことがあれば。――この世は消える」


「この世が……」


 私は、固唾を呑むしかなかった。


「了解した。時計を置いてくれないか。毎日それを楽しみにしている」


「メインヒ、支度してやれ。食事の時間を知りたいのだろう。愚か者よの」


「はい」


 ◇◇◇


 そうして、私はイグサとサビの香りが入り混じった部屋で、時計の二十三時五十分まで、秒針が刻むのに耳を澄まして過ごす。


「食事だ」


 見たこともない赤と黄と青の果物が三つとコップ一杯のお茶らしきものを毎食いただく。

 段々と体重がなくなって行くようだ。

 コールドスリープのときよりも軽くなるなんて、おかしい。

 恐怖が迫ってきた。


「体重がしっかりしないせいか、この黒い物体をバランスよく持てなくなって来た」


 くらっ。


「お! だ、大丈夫だったか」


 軽く意識が飛んでいたり、眩暈がすることがある。

 二十三時を過ぎた。

 あと五十分で今夜の食事だ。

 チチチチチチ……。

 ピ。


「時間だ」


 十五体のコールドスリープ安置所へ、イグサの上をにじりよる。


「神様も六百秒なら、耐えてくれるようだ」


「UKI―000、メインヒだ。ここに置く」


 いつもの果物だ。

 私は本当に生きて行けるのだろうか?

 いや、あの棺桶に入っていた位だから、一旦は亡くなったのか?

 それとも、医学の発展を望んで、未来にいるとか。


「今は、何年なんだろうね」


「余計なことを考えるな。果物が解凍されるぞ」


 メインヒはただ従うだけの者。

 主を何とかしないと。


「ありがとうございます。ランネットは?」


「ああ、次に開けるコールドスリープの機器をチェックしている」


 恐ろしい予感がした。


「何かを企んでいるのか」


「失敬な。守り人は、解剖と同じだ。スリープの期限を過ぎたものは、永遠の使命を交代で行う」


 私は、どうしても納得が行かない。

 赤い果物をやっと一齧りした。


「ならば、力の出る物を食べさせないと、次々と倒れて行くぞ」


「どの道、お亡くなりになっている。幽霊には、餌などない」


 一刺しの一言を聞く為に、六百一秒の警告音が鳴った。

 ジリ……!

 その刹那、もの凄い爆発音とともに、私は、吹き飛ばされた。

 神のお怒りなどではない。

 あれは、非常用の爆弾だろう。

 コールドスリープの皆もあの二人もさようならだ。


 そして、私も本当にさようならだ。

 は!

 思い出した。

 私の名前。


「私の名は、雪子ゆきこ……」


 そう、パパもママも雪子と呼んでくれていた――。


「あったかくて美味しいご飯! 一生、パパとママといたいの」



 私の名は……。












Fin.

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生かされている……! いすみ 静江 @uhi_cna

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