年上の彼女と僕が出逢う。妙な怪異と……

玉椿 沢

第1話

 5歳年上の彼女、孝代たかよさんと僕の共通の友達の訃報ふほうが聞こえてきたのは、その日の昼過ぎだった。


 走り屋――違法競技型暴走族っていう趣味は兎も角として、冗談と好きが好きな気のいい人だった。


「市道で飛び出してきた子供を避けて、電柱にぶつかったんだって」


 通夜の会場へ向かう車の中で、孝代さんの声も気落ちしていた。


「僕は、あの人が死ぬなら、高速道路で180キロ超えのスピードの中かと思ってた」


 それが正直な感想だ。電柱にぶつかったとはいうけれど、時速40キロにも満たないなんて思ってなかった。


「そうね……」


 実家のある県外へ高速道路を走らせてる孝代さんのアクセルワークも、心なしかスローだ。高速道路なんだから時速110キロや120キロ出してもいいようなものだけど、100キロ丁度でキープしてる感じ。ミッドシップで二人乗りのMR2なんていうバリバリのスポーツカーに乗っているのに。


 それは前方を行く他の車も同じで、みんな自分の愛車がそれぞれにあるのに、分乗して最低限の台数で移動してる。


「県境に山に入ったからかな。やたら寂しいな」


 まだ7時前だというのに、薄暗い周囲は溜息を繰り返させられる。県境の山を貫いて建設された高速道路は、文字通り山の中だ。まだ夕方だけれど木々に遮られてるんだから夜が早く来る。



 ふと思えば、この時間をというのだった。



「え?」


 急に孝代さんがブレーキを踏んだ。


「ッ!」


 訊ねるまでもなく、僕も見えていた。


 前を走ってるセダンの前へ何かが飛び出していったんだ。


 ――ひいた!


 ブレーキランプが点灯しなかった事に、僕と孝代さんは顔を顰めさせられた。目の前に道路に嫌な染みを見る事になるだろうな、とも思ったけれど……、


「え?」


 孝代さんに素っ頓狂な声を上げさせたのは、運転しているから真っ直ぐ前を向いていたのに、何かが跳ね飛ばされたり、道路にへばりついたりしていなかった現実だった。


「薄暗いし、見間違った?」


 何だったんだと目を瞬かせる僕だけど、孝代さんはそんな事もなかった。


「いや、もっと……ヤバイ?」


「へ?」


 自信がなさそうな声に顔を向けた僕に対し、孝代さんはセダンを指差した。


「なんかいる!」



 孝代さんが指差しているセダンには、人の頭が人分あった!



 運転席と助手席に一人ずつ、後部座席に二人、その更に後ろに一人……って、これは有り得ない! 3列シートのセダンなんてないし、そこにあるのはスピーカーが乗ってる台だ。


「どうする!? あれ、人でしょ!? お婆さんだよ!」


 声を震わせてる僕は、薄暗いのにハッキリとそう分かってしまう。それも変な話だ。高速道路のマナーとして、車間距離は100メートル。それを孝代さんは守ってる。そんな距離なのに、ハッキリと分かるんだから。


「……どうしようもこうしようも……」


 孝代さんもどうしていいかわからないんだろう。高速道路上で停車させる訳にはいかない。


「電話……電話して、次で降りてもらえば!」


 鞄に手を伸ばす僕だけど、孝代さんが「いやいやいや」と慌てた声で止める。


「本当に大丈夫? これ、説明して通じる? パニック起こして酷い事にならない?」


 そりゃそうか!


 後ろにお婆さんがいるとか、説明して通じたとしても、至近距離にそんなのがいたらパニックになる!


「いざとなったら、追い抜いて減速させる。それで何とか……」


 苦しいけれど、孝代さんが出せたのは、そんな手だけ。



***



 ただ本当に不思議なのは、何もなかった事かも知れない。


 ――大丈夫だった!?


 斎場さいじょうについて真っ先に訊ねた僕に対し。セダンに乗ってた4人は揃って「何が?」としかいわなかった。


 お婆さんはいつの間にかいなくなっていて、特に4人におかしな所はない。


 お通夜のお経が終わっても、4人の内の誰かが発狂するだとか、体調を崩すだとか、そういう事も。


「何だったんだろ?」


 孝代さんと並んで歩きながら、僕は首を捻るばっかりだ。


「さぁ……?」


 孝代さんも同じ。


 そもそも考えて分かる事でもない。理由も原因も分からないし、あのお婆さんが誰なのかも知らないんだから。


 お互いに何もいわないまま、トボトボと廊下を歩いて出口に――、という風に歩いていると、別の会場の戸が開くと、品の良い留め袖を着た女の人が出て来た。


 その女の人が、僕と孝代さんに会釈えしゃくと一緒に微笑んでくれる。


「あ、どうも」


 軽く会釈を返す僕に、女の人は――、


「きっと、そのお婆さんは、お経が聞きたかったのよ。お経を聞けば、成仏できるかも知れないって思ったから」


「え?」


 孝代さんが足を止めて振り返るけれど、もう女の人はいなかった。


「ねェ……いつ、私たち、お婆さんなんていった?」


 孝代さんの声が震えてる。


「いってないよ」


 それどころか一言二言しか、この事を話してない。


「……」


 僕は女の人が出て来た会場の戸に手を掛けた。



 ……使われていない会場だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

年上の彼女と僕が出逢う。妙な怪異と…… 玉椿 沢 @zero-sum

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ