終幕
これからも、ずっと
そして日を跨ぎ、月曜日。朝教室に入れば僕の机には何かしらの悪戯がされているのだが、今日は全くといいていいほどされていない。むしろ指一本も触れられていないようにも感じられた。
「おはよ」
机上にカバンを置いた時、どこからともなく現れた蒼空が僕の腕を軽く叩いて言った。
「ああ、おはよう」
そう小さく返すと彼女は「USB持ってきた? 喋る言葉考えてきた?」と制服の袖を引きながら聞いてくる。
「全部持ってきたよ。一体僕はいつから君の息子になったのかな?」
そう言って僕の袖をぎゅっと掴む彼女の腕を優しく払った。
「そういやさ、今日は机に悪戯されてないよね」
「そういえばそうだな」
「なんだろ、私が前に言ったことにビビってるのかな……?」
「多分そうかもしれないね」
そう奴らのことを話しているうちに数人しかおらず静かだった教室はいつの間にか室外にいた人や急ぎ足で駆け込んできた人達が教室に入り、いつものような活気を発する。
短学活が始まり、担任のどうでもいいような他愛のない家庭での話が始まる。少し前までは担任の話を面白く聞く側だったが、近頃話が単調になってきており少し暇に感じるようになった。
担任の話を聞き流しつつふと横に目をやると、海斗がこちらを見て恨めしそうにしている。恐らくだが蒼空の言葉のせいで悪戯なりが出来なくて残念がっているのだろう。
こちらを睨むことしか出来ない彼に対して少しの優越感を抱き、小さく鼻で笑いながらまた前を向く。そしてそれからは担任の話が終わるまでずっと彼の視線を背中に受け続けていた。
「この調子だと一日中睨み続けてきそうだから自分が授業に集中できるかどうか」と少し心配になったがそれも杞憂に終わり、短学活が終われば彼も先ほどの事なんか忘れたかのように取り巻き達と談笑している。遠くで下手なことをしてはいけないと思い関わらないようにしているのか、それとも単純に何かが吹っ切れたのかはわからないが、普段の海斗は僕を見つけるや否や襲い掛かってくるような人間だったのに今日は一転全くと言っていいほど何もしてこない。もはや僕や空に対して言葉すら発さない程だった。
終鈴が今日も一日の学校生活の休止を告げる。そして部活動に所属する生徒は更衣や準備をしに部室へと向かい、部活動の無い生徒は家路を辿る。僕は蒼空に手を引かれその雑踏の中をかき分けるようにしながら階段を下って職員室へと向かう。
ドアの前に立つと途端に心拍数が上昇して喉が渇いていくのがはっきりとわかる。
指の角で二度叩き、取っ手を横に引いて
「失礼します、二年三組の君嶋です。生徒指導担当の
そう言った。すると僕の斜め前から
「どうした」
と彼の声が聞こえてきた。
「あ、先生。少しお話したいことが……」
「ここで話せるか?」
「それは……できないです……」
「よし、じゃあ場所を移すか。指導室へ行こう」
彼は脇にノートパソコンを抱えて立ち上がり、そう言って歩き出した。そして僕と蒼空はその後ろから付いて行くような形で指導室へと向かう。また一階分階段を下り、たどり着いたのは『指導室』と無機質なゴシック体の文字が躍っているプレートが取り付けられたドアの前。
「さあ、入ってくれ」
「あ、蒼空も一緒でいいですか……?」
「別に構わんよ」
「ありがとうございます」
鍵を開け中に入った先生は僕たち二人をその中へと招き入れ、簡易的な応接室のようにされた一角のパイプ椅子に座るように促した。
「……で、『言いたいこと』とは何のことだ?」
「まずはこれを見ていただければ早いかと……動画と通話の記録が入っています」
なんの前置きもなく内容を問うてくる先生に僕はそう言いつつ胸ポケットからUSBメモリーを一本取り出して渡した。そして彼はそれをノートパソコンに接続すると慣れた手つきでそれを操作して、動画を開く。
――直後、彼の身体は硬直した。
「……これは酷いな……これ以外に何があったか教えてくれないか?」
「わかりました」
まるで地獄を見たかのような顔をした彼は言葉をところどころ詰まらせながら僕に訊いた。
「では、すべて話します。手始めに、この一連の事件の主犯は同じクラスの『
そして、僕は今までにあったことすべてを話した。初めて殴られた時の事、財布を強奪された時の事、首を絞められて死ぬ寸前までに行ったこと、自殺の『練習』をさせられたこと、そして映像にも記録されている金属バットで殴られたことも。
時折言葉が詰まることもあった。涙が零れそうになることもあった。それでも僕は言った。今までの苦痛を全て吐き出したかった。
「……これが、今まで受けてきたことです……」
僕が全て言い終えると、「ありがとう、もう帰っていいぞ。あと、これは職員会議に回す」そう先生は小さく呟いた。
「はい、では失礼します」
椅子から立ち上がって指導室を後にした。そして後者を出た僕は蒼空と一緒に帰路を辿る。二人横に並んで歩いているというのに一言すら発さず、電車に乗り、自宅の最寄り駅で降車して、いつしか二人の別れ道に差し掛かる。
「……そういやぁさ、前に言ってた『落とし前』ってのは何をすればいいの?」
何とか最後くらい話そうと思って絞り出した言葉がそれだった。すると彼女はくるりとこちらを振り向いたと思えばその無邪気で悪戯な笑顔を向けながら
「今日から一生私の傍で償ってもらうこと……かな?」
少し頬を赤くしてそう言う。
「うん、わかった」
そう頷きながら彼女に言うと、とすん、と小さな衝撃が胸元に響く。そこから
「一生離れないでよね……約束……だよ?」
そう言う彼女の声が聞こえた。
「ああ、約束だ」
そして僕は彼女をぎゅっと抱き寄せて答えた。
天国に一番近い駅〜死のうとした僕を救ってくれた人〜Remake 犬飼 拓海 @Takumi22119
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